第237話 伝説と後輩ちゃん

 

 学校に登校中から、同じ制服を着た生徒たちにジロジロと見られ、ボソボソと囁かれた。囁いて話し合う声が幾度となく聞こえる。


 後輩ちゃんは全く気にせず、一晩経ってもまだ俺から離れたくないようで、むぎゅっと腕を抱きしめていた。胸の柔らかさがとても心地よかったです。


 学校に到着すると、もっとジロジロコソコソとされ、正直鬱陶しかった。


 教室に入ると、クラスメイト達が一斉に振り返って、ニヤニヤ笑いを浮かべていた。



「伝説のカップルの登場よー!」


「夫婦だってば! 伝説の夫婦!」


「朝からイッパツヤッてきた? ねぇねぇ教えて教えて!」



 朝からテンションが高ぇ。特に女子のテンションが限界を突破している。


 俺たちの周囲に群がり、キャーキャー騒いでいる。


 って、触るな! 俺の身体を触るな! 今日はなんかボディタッチが激しすぎる! ちょっと服の中に手を入れようとするな!



「こらぁー! 私の先輩に何してるのぉー!」


「「「きゃー! 正妻様のお怒りよー!」」」


「私は正妻じゃなーい! ここは日本! 一夫多妻制はとっくの昔に滅んだの!」



 俺の腕に抱きついている後輩ちゃんが、がるるるる、と唸り声を上げてクラスの女子たちを威嚇している。でも、ウチのクラスの女子たちは全然怯まない。普段から見慣れたやり取りだ。みんなで楽しんで遊んでいるらしい。


 女子たちが道をあけてくれたので、自分の席に向かうが、俺の席には先客が座っていた。


 無駄に格好良く脚を組んでいるイケメンが、白い歯を輝かせながら笑顔を浮かべ、絵になるくらい気障っぽく片手をあげた。



「おっす、伝説レジェンド! ……どわぁっ!? いきなり荷物でぶん殴ろうとすんなよ!」



 ちっ! 避けられてしまったか。あのイケメンの顔にぶつけてやりたかったのに。


 俺はクラスも学年も違うはずの裕也を上から睨みつける。



「朝から何の用だ?」


「そりゃ、伝説になった昨日のことを揶揄いに来たに決まってんだろ! ……うおぉっ!? 危ねぇな!」



 ちっ! またもや避けられてしまったか。


 ニヤニヤ笑いもかっこいいのがムカつく。イケメン死すべし!


 俺は裕也に手でシッシッと追い払う仕草をする。



「帰れ!」


「酷いぜ、義兄弟ブラザー!」



 そう言いつつも、裕也は席から立ちあがって、ちゃんと譲ってくれた。


 椅子に座って荷物を置き、教科書を机の引き出しに入れ始める。いろいろしながら、顔すら見ずに裕也に問いかけた。



「んで? 揶揄いたいのは昨日のことか?」


「いえーす。おふこーす。まさか惚屋が惚れたのがお前だったとはな。ご愁傷様。そして、サンキュー」


「うっさい。でも、裕也も大変だったな。今度何か奢ってやる」


「マジか! ラッキー」



 喜んだ裕也が俺の肩に手を回してきた。そんな仕草もイケメンだからムカつく。滅べ!



「いやぁー、颯と義姉ねえさんは本当にすごいぜ。公衆の面前で濃厚なキスとか、流石に俺と楓ちゃんでも出来ないわ。よっ! 伝説レジェンド! バカ夫婦!」


「黙れ!」


「ぐふっ!?」



 丁度いいところに裕也の鳩尾があったので、肘を打ち込んでみました。


 裕也は鳩尾を押さえ、よろよろと床に蹲る。そんなに力は入れていなかったんだが、丁度いいところに入ってしまったようだ。後悔も反省もしていない。


 俺は裕也を見下ろし、ちょっと威圧感を漂わせて、冷たく睨む。



「次言ったら、楓にあることないことバラすからな」


「マジすんませんでした! 颯を揶揄うのは楓ちゃんが担当だよな!」


「担当とかいないから!」


「わかったわかった。でも、いいのか? 後ろ、すごいことになってるぞ」



 後ろ? 裕也が指さした俺の背後を振り返ると、異様な雰囲気を放っている肉食獣…じゃなくて、女子たちがいた。


 みんな頬を朱に染めて、熱っぽい瞳を潤ませ、トロ~ンと陶酔した表情をしている。


 なのに、近寄ってはいけない雰囲気を感じる。猛烈な危機感を感じる。俺の直感が危険だと警告を発している。



「せぇ~んぱぁ~い」


「こ、後輩ちゃん!? どうした?」



 お隣の席の後輩ちゃんがニッコリと微笑んでゆらりと立ちあがった。


 なんか怖い。笑顔なのに超怖い。今にも襲い掛かってきそうな危険を感じる。



「ちょぉ~っと敏感になっている女の子の前で、誘うような真似をしないでくれませんか? 抑えられなくなりそうなので。食べちゃいますよ? じゅるり」



 後輩ちゃんが瞳をぎらつかせながら口元を拭う。他の女子たちもゴクリと喉を鳴らしたり、はぁはぁと息を荒げている。


 ちょっとした出来事で肉食獣たちの緊張感と抑制が解かれ、襲ってくるのを本能的に悟ってしまった。俺は言葉を発することもせず、この絶妙なバランスの維持に努める。


 しかし、ここには俺を揶揄って遊びたい馬鹿なイケメンがいた。



「そう言えば、あの後惚屋は慰めてもらった男子に惚れて、『私には貴方しかいないの!』って突撃して、昨日のうちに付き合い始めたんだって。もうあれは尊敬の域に達しているよな。逆に清々しい」


「ちょっ! とても気になる話だったけど、今はして欲しくなかったな」



 絶妙なバランスが崩壊してしまった。俺は元凶の裕也を睨もうとするが、もう既に裕也の姿は俺の背後から消えている。遠く離れたところでニヤニヤと笑い、ムカつくイケメンスマイルでサムズアップしている。


 あいつ後で殴る。そして、楓にあることないこと通報してやる。



「せぇ~んぱぁ~い」


「あっ…お、お腹が痛くなってきたなぁ~」


「そうですか。では、私が治療してあげますね。ほらほら、先輩のお腹ぽんぽんを見せてください」



 後輩ちゃんがじりじりと近寄ってくる。瞳がキラリと光り、手はワキワキと動かしている。



「私、保健委員だから手伝うね」


「部活で怪我の応急処置を学んだからあたしも!」


「わ、私は、丁度昨日腹痛の医療ドラマを見たから手伝えるかも」


「あたしはナース服のコスプレが趣味だから」



 女子たちも、訳がわからない理由をつけて、にじり寄ってくる。


 ひぃっ!? 怖い! 恐怖だ! ホラーだ! 誰か助けて!


 俺は咄嗟に逃げ出そうとする。しかし、俺の心を読んだ後輩ちゃんに簡単に捕まってしまう。



「逃がしませんよ~」


「せ、せめて優しくして…」



 女子たちが美しい笑顔でニッコリと微笑む。俺の顔は真っ青になる。



「先輩。覚悟!」


「うきゃぁぁあああああああああああああああ!」



 俺の悲鳴が教室に響き渡る。


 学校の教室にもかかわらず、俺は女性陣から揉みくちゃにされた。



 後輩ちゃんが怖い。肉食系女子が怖い。ガクガクブルブル……。






 ハーレム野郎。


 バカ夫婦の伝説に続いて、二つ目の伝説が出来上がってしまったとさ。



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