第233話 大人な後輩ちゃん

 

 瞳から光が失われ、ヤンデレと化した後輩ちゃん。俺の肩を食い込むように握り、ガクガクと揺さぶる。



「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる」



 後輩ちゃんが機械のように一切息継ぎをすることなくブツブツと呟いている。


 いつの間にか、結んでいた髪が解けている。セミロングの髪をファサッと広げ、不気味に顔を隠している。


 その髪の奥から少し血ばらせ、ギラリと黒く光る瞳。


 怖い。滅茶苦茶怖い。眠れなくなりそうだ。というか、どうやって喋ってるんだ!?



「お、弟くん! どうしたらいいの!? 妹ちゃんが…妹ちゃんがぁ~!」



 桜先生がヤンデレモードの後輩ちゃんに抱きつき、ポロポロと大粒の涙を流し始めた。どうすればいいのかわからないらしい。


 俺もそろそろ限界だ。揺さぶられてちょっと気分が悪くなってきた。それに、怖くて俺も泣きそう。



「後輩ちゃん。いい加減にしろー! 演技終了!」


「あ、バレてました?」



 ヤンデレモードの後輩ちゃんは一瞬で普通の顔に戻り、悪戯っぽくチロリと舌を出して、あざと可愛く微笑んだ。ムカつくくらい綺麗で可愛い笑顔だった。



「ふぇっ!? え、演技?」



 驚愕して変な声が出た桜先生が、俺と後輩ちゃんの顔を何度も何度も交互に見る。混乱して理解できていない様子だ。涙の跡がキラリと光る。


 あれは後輩ちゃんの演技だ。俺はすぐにわかった。全然危険を感じなかったから。


 本当にヤンデレモードになったら俺が即座に対応している。心が危ない状態だからな。


 というか、後輩ちゃんはヤンデレではない。俺に精神を依存しているだけであって、俺がいれば周りなんかどうでもいいのだ。


 だから、後輩ちゃんが危害を加えることなどありえない。せいぜい俺に抱きついて、可愛く唸りながら離れなくなるだけだ。


 ヤンデレモードになった時点で、明らかにおかしい。


 桜先生は後輩ちゃんにすっかり騙されたらしい。


 得意げに胸を張った後輩ちゃんがドヤ顔をする。平均よりも大きな胸がポヨンと跳ねた。



「エッヘン! 一回やってみたかったんですよね、こういう状況でのヤンデレモード! 先輩が騙されなかったのは残念ですが、お姉ちゃんがナイスリアクションをしたので良しとしましょう!」


「ふぇ…? 妹ちゃん大丈夫なの?」


「大丈夫だよ~!」



 後輩ちゃんがニコッと笑う。安堵した桜先生の綺麗な瞳から再びポロポロと大粒の涙が零れ落ち、嗚咽を漏らしながら大号泣し始める。



「うわぁ~ん! いもうどぢゃ~ん! びっぐりじだよぉ~」


「ごめんね。あぁ~よしよし」



 抱きついて号泣する桜先生を後輩ちゃんが優しくナデナデする。


 少ししたら桜先生も落ち着いてきた。しゃっくりを上げ、鼻をすすりながら目元を拭う。



「グスッ……妹ちゃん…本当に大丈夫?」


「大丈夫だいじょーぶ! 先輩がモテるのはわかってたから、別に気にしていませーん! 先輩はかっこいいんですから、モテるのは当たり前です!」


「おぉ! それもそうね!」



 瞳をウルウルさせたままの桜先生がポムっと手を打った。


 いやいや! 納得するの!? 俺ってフツメンだよ! クラスの女子からは若干好意を向けられていると思うけど、モテたりはしないよ! 後輩ちゃん以外から告白されたことなんかないし。



「それに先輩を奪おうとしても、私たちのイチャイチャを盛大に見せつけて、相手の心を修復不可能になるくらいボコボコにすればいいんですよ。うふふふふ…」


「妹ちゃん? 本当にヤンデレじゃないのよね? 怖いんだけど! 妹ちゃんの顔と笑い声が怖いんですけど!」



 桜先生の気持ちはよくわかる。後輩ちゃんが悪に堕ちた。悪女になっている。口から漏れる低い笑い声が不気味だ。



「でも、俺はちょっと予想外だったな。てっきり、後輩ちゃんが拗ねて抱きついてくると思ったんだけど」


「ふっふっふ。私を嘗めないでくださいよ、先輩。私も日々成長しているのです」



 後輩ちゃんがとてもとても綺麗で輝くキメ顔を作る。ブワッと妖艶な大人の雰囲気が迸り、白い歯がキラーンと輝いた。



「フッ…これが大人の女の余裕ってやつですかね」


「きゃー! 妹ちゃんかっこいいー!」


「でしょでしょ!」



 一瞬で元に戻った後輩ちゃんが桜先生とハイタッチしながら、キャッキャッと盛り上がっている。


 折角綺麗だったのに一瞬だった。実に勿体ない。もっと見たかった。後輩ちゃんが妖艶になった瞬間、俺の心臓がビクンと飛び跳ね、見惚れてしまった。


 あの姿で誘惑されたら俺は理性が崩壊するかも。



「お姉ちゃんも偶には大人の女になろうかしら?」


「ということは、ポンコツだった自覚があったんだ」


「酷い! お姉ちゃんはそこまでポンコツじゃないわ! こうなったら弟くんを誘惑してやるー! えいっ! うふふ。これでどうかしら、弟くん?」



 可愛らしい掛け声と共に、桜先生の雰囲気が一変した。ポンコツ残念臭が消え去り、見た目と雰囲気が絶世の美女となる。男を誘惑して狂わせる傾国の美女のよう。


 見慣れているから大丈夫だと思ったけれど、普段とのギャップが凄くてボーっと見惚れてしまう。普段からこうしていればいいのに。でも、その場合は理性が崩壊するかも。


 おっとりと微笑む桜先生に後輩ちゃんが抱きつく。



「うわぁお! 流石お姉ちゃん!」


「うふふ。弟くんもいらっしゃ~い♡」



 妖艶に微笑まれて手招きされた。頭がボーっとしている俺の身体が無意識に動いて桜先生に近づいていく。そして、後輩ちゃんと一緒に優しく抱きしめられた。甘い香りで脳が蕩け、胸の柔らかさが理性を溶かす。



「先輩が珍しく静かです。お姉ちゃんのギャップにやられちゃいましたか?」


「それなら嬉しいわね。ほらほら~お姉ちゃんに甘えていいのよ~。お姉ちゃんのおっぱいで癒してあげるわ~」



 桜先生が優しく頭も撫でてくれる。今日はそれがとても気持ちよくて癒される。偶には姉に甘えるのもいいかな…。



「おっぱいと言えば先輩、今日の昼休みに胸の話をしていませんでしたか?」


「そうよ! 弟くんに問い詰めたいと思っていたのよ! お姉ちゃんのおっぱいを凶器と貶したわよね?」


「な、なぜそれを…」



 何故二人が知っている!? 俺に盗聴器でも付けているのか?



「いいえ。盗聴器なんか付けていませんよ。先輩レーダーです」


「お姉ちゃんには弟くんレーダーが搭載されているの。弟くんのことなら何でもわかるの」



 なんだその怖いレーダーは。レーダーによって二人に心の声まで読まれている。盗聴器よりも遙かに高性能ではないか。



「お姉ちゃんのことをポンコツって言ったり、おっぱいのことを凶器と言った弟くんにはお仕置きが必要ね。弟くんが凶器と言ったお姉ちゃんの豊満なおっぱいでぎゅ~ってしてあげるわ!」



 桜先生が顔に腕を回され、ぎゅ~っと抱きしめてくる。顔が桜先生の胸に押し付けられて息ができない。柔らかくて温かいけれど、苦しい。死んでしまう。



「もがもが!」


「うふふ。どうかしら?」


「お姉ちゃん。せめて息はさせてあげたら?」


「それもそうね」


「ぷはっ! 死ぬかと思った…」



 深く深呼吸をして酸素を肺に送り込む。空気が美味しい。桜先生の香りがしてとても甘い。



「うふふ。お仕置きとして、お姉ちゃんに抱きしめられるのだ~!」


「うおっ! 解放してくれ~!」


「イヤ~♪」


「お姉ちゃん、私も!」


「いいわよ」


「「むぎゅ~!」」



 もう既にポンコツに戻っている桜先生が俺と後輩ちゃんをまとめて抱きしめてくる。


 柔らかい身体と心地よい温もりと甘い香りが俺の理性をガリガリと削る。でも、何故かとても癒される。ずっとこうしていたい。


 今日くらい甘えるのもいいかな。


 俺は後輩ちゃんを巻き込んで、ポンコツで残念臭が漂う桜先生に、罰じゃない罰を執行され続けるのだった。

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