第231話 惚れられた俺

 

 よっしゃー! 今日も学校が終わったー!


 今日は日直だった。黒板を消したり、教室に何人か残っているクラスメイトに帰る時は戸締りするようにお願いしたり、学級日誌を書いて職員室の先生に届けたりしたら、少し遅くなってしまった。


 疲れていたが、もう帰れるんだと思ったら、ウキウキ気分になってきた。帰る準備を整えて靴箱に向かう。


 今日は日直で遅くなるため、後輩ちゃんには先に家に帰ってもらっている。


 待ってるって言ってくれるかなぁと思ったけど、即座に『帰ります!』と宣言され、放課後になった直後、真っ先に教室を飛び出していった。光の速さで飛び出していった。


 時折見る光景だ。クラスメイト達も、もはや気にすることもない。


 ………うん。こうなるんじゃないかとわかってたけどね。今頃、制服を脱ぎ散らかしてベッドにダイブしているだろう。後輩ちゃんらしいとは思うのだが、何だろう、この寂しくて悲しい気持ちは。


 まあ、いいや。帰ったら後輩ちゃんを甘やかして可愛がって、俺も甘えよう。


 楽しみにしながら、靴箱で室内靴から外靴に履き替える。


 靴を入れ替えていたところで、ふと視線を感じた。


 周りを見渡すと、靴箱の出入り口のところに少女が一人立っていた。どこかで見た覚えのある女子生徒だ。


 誰かと待ち合わせをしているのかなぁ、とわずかに思ったけど、別に気にすることもなく靴を履き替えようとする。



「見つけた! ダーリン!」



 突然、女子生徒が大声を上げた。本当に突然のことだったから、周りの下校する生徒も俺も、その少女を凝視する。


 女子生徒は俺のほうをじっと見て、駆け寄ってきていた。


 その見覚えのある少女の顔と、ダーリンと言う言葉を聞いて俺は昨日のことを思い出した。この女子生徒は、昨日、危うく交通事故に巻き込まれそうだったところを俺が助けた子だ。確か彼氏との約束があったはず。昨日は間に合ったのかなぁ。


 女子生徒が俺のほうを見ているので、背後にその彼氏ダーリンがいるのだろうと思って振り返るが、そこには誰もいなかった。


 何度か瞬きをするが誰もいない。目をゴシゴシと擦るが、やっぱり誰もいない。


 もしかして、この女子生徒は人には視えない存在が視える子だったりする? 霊感少女だったりする? 事故に巻き込まれそうになったのも、その視えない存在のせいだったり…。


 嫌ぁー! 身体がゾクゾクする! 幽霊怖い! ホラー嫌い!



「顔が青いけど、どうしたの、ダーリン?」


「ひぃっ!?」



 霊感少女が俺の腕に抱きつき、心配そうに顔を覗き込んできた。


 突然触れられたことに驚いて、思わず飛び上がってしまった。


 なになに!? 俺に幽霊でも憑りついてるの!? 嫌! 誰か祓って!



「そんなに驚かないでもいいじゃない。ダーリン酷い!」



 あざとく拗ねた女子生徒が頬を膨らませてプンプン怒っている。


 俺は訳がわからない。少女が俺の腕に抱きついている理由もわからないし、幽霊がここにいるのかもわからないし、何より、少女が俺のことをダーリンと呼んだのかもわからない。



「ダ、ダーリン? 俺が?」


「そうだよ、ダーリン! 私はダーリンのハニーだよ♪」



 俺はダーリンで女子生徒はハニー。訳がわからない。



「何かの間違いじゃないか? 君には他にダーリンがいたはずじゃ…。昨日そう言ってたよね?」



 俺はさりげなく彼女の拘束を解いて、ごくごく自然な動作で靴を履く。女子生徒は気づいていない。



「昨日…? あぁ! 別にあの人のことはどうでもいいの! 私は昨日気づいちゃったの。私の運命の人はダーリン、君なんだって。だからダーリン、一緒に帰ろ?」



 女子生徒がニッコリと微笑み、俺の手を握りろうとするから、スゥっと避けた。


 うわぁー。わかっちゃった。もう既に理解しちゃった。この女子はヤバい。人の話を聞かず、思い込みが激しくて傍迷惑な、脳内お花畑の自己満足系のヤバい人だ。俺の苦手な人!


 女子が繰り出す攻撃を、俺は避けて避けて避けまくる。



「人違いだから!」


「違わなくない! 昨日、私の命を救ってくれた王子様だもん!」


「俺、他人に触られるのは嫌いなんだ!」


「私は他人じゃないよ? ダーリンの彼女、お嫁さん、家族だよ! それに、嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃん!」


「俺には可愛い彼女いる!」


「突然何言うの! 可愛いだなんて…嬉しい! もう、ダーリンったら!」



 くっ! 話が通じない! やはり人の話を聞かず、思い込みが激しいタイプだ。


 女子生徒は嬉しそうに、いやんいやん、と体をくねらせている。


 もう既に嫌だ。この女子は絶対にストーカーしそうだ。………んっ? ストーカー? なんかどこかで聞いたことがあるような…。


 もしかして、裕也に付きまとってたのはこの子? 名前は確か…。



惚屋ほれや すい…?」


「ダーリン!? 私の名前を知ってるの!? ありがとぉ~! 私、超嬉し~! あれっ? そういえば、私はダーリンの名前を知らない。ダーリンの名前は何て言うの?」


「名無しの権兵衛」


「権兵衛くんって言うんだね! ゴンちゃんって呼んでもいい? やっぱりダーリンのほうがいい? う~ん…時々ゴンちゃんって呼ぶね!」



 バカだ。超絶のバカがいる。それに、自己完結しちゃったよ。


 惚屋は嬉しそうに『ゴンちゃん、ダーリン、ゴンちゃん、ダーリン』と呟いている。



「ゴンちゃん! 一緒に帰ろ!」


「断る。俺は登下校するときは一人じゃないと嫌なんだ」


「そうなの!? ごめんね、知らなくて」



 だろうね。全部嘘だから、知るはずないよ。知ってたら驚きだよ。



「だったら……」


「ついて来るのも無しな。俺、プライベートに踏み込んでくる人は嫌いなんだ」


「わかった!」



 危ない危ない。危うく付きまとわれるところだった。


 こういう系の人は、好きになった人に合わせようとすると、裕也から何度も聞かされていたし、ネット小説で学んでいたんだ。対処法を知っていて良かった。


 これからどうしようかなぁ。取り敢えず、今日は急いで帰ろう。未来の俺に全てを託す。現実逃避だ!



「俺は帰る」


「うん! ダーリン、また明日!」



 惚屋が笑顔で手を振ってくれる。でも、俺は無視してダッシュする。


 普段ならこんなに冷たい反応はしないんだけど、流石に俺もこの子は無理! はっきり言って迷惑です! ……今は心の中でしか言わないけど。


 背中に惚屋の手を振る気配と熱い眼差しと声が伝わってくる。


 振り返ることなく、滅多に出さない本気を出して走る。


 俺は、一応遠回りをしたり、複雑に走り回って、ストーキングされていないことを何度も確認し、安全だと判明したところで、やっと家に帰った。


 笑顔で出迎えてくれた後輩ちゃんを見て、涙が出そうになるほど安心感を覚えるのだった。


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