第230話 バカなイケメンと俺

 

 学校の昼休み。今日も昨日と同じ静かな校舎裏へと来ている。


 昼休みになって、後輩ちゃんと一緒にご飯を食べようと思っていたら、裕也から急に呼び出されたのだ。昨日一緒に食べられなかったから楽しみにしてたのに…。


 後輩ちゃんの一瞬浮かべた残念そうな顔が頭から離れない。思いっきり心に突き刺さった。


 家に帰ったらたくさん甘やかして可愛がってあげよう。そして、裕也はぶん殴る!


 心の中でメラメラと怒りの炎を燃やし、裕也を殴るイメージトレーニングを行う。俺と後輩ちゃんの分、二発殴ろう。



「うーっす! お待たせ!」



 ターゲットがヘラヘラしながらやってきた。ヘラヘラしててもイケメンなのがムカつく。イケメン死すべし! 滅べ!


 全く警戒することなく裕也は俺の隣に座った。俺は殴りやすいようにスクっと立ち上がる。


 裕也は訳がわからずキョトンと俺を見上げた。今だ!


 拳を固く握って、裕也の頭に二発拳骨を落とす。ゴンッゴンッと鈍い音が二発も響き渡った。



「くぉー!」



 持っていたパンを放り出し、頭を押さえて蹲る裕也。あまりの痛みに身体が動かせないらしい。のたうち回ることもない。


 ふぅ~。スッキリした。後輩ちゃん、元凶を制裁しておいたぞ! 家に帰ったらたっぷりとナデナデしてハグをしてキスしてやるからな!


 涙目の裕也が恨みがましく睨みつけてくる。



「なにすんだよ! いてぇじゃねーか!」


「俺と後輩ちゃんのお弁当タイムを奪った罰だ」


「それは悪かったけど…殴ることないだろ?」


「殴るほどだったんだ! あの後輩ちゃんの寂しそうで悲しそうな顔…。くっ! 思い出すだけで辛い!」



 裕也が俺に殴られた頭を撫で、たんこぶができていないか確認し、パンの袋を開けて食べ始める。


 口をモグモグさせながら、何故か残念なものを見る目で俺を見てくる。



「お前って義姉ねえさんが絡むと本当にバカになるよな。最近は更に酷くなったぞ。お互いにラブラブでバカップルなのはわかるけどさ。まぁ、俺と楓ちゃんほどじゃないがな!」


「ドヤ顔するのを止めろ!」


「あいたっ!」



 ドヤ顔をするイケメンにムカついたから、思わず拳骨を落としてしまった。身体が勝手に動いたぞ。無意識って怖いなぁ。


 俺も涙目の裕也の隣に座り直してお弁当を食べ始める。


 さてさて、今日も愚痴を聞くとしますか。何か進展はあったのかな?



「颯…」



 とても真剣な顔と声の裕也がいた。これくらい真面目な顔つきになったのは、楓に告白したい、と申し出たとき以来かな。


 あの時は、まずは兄の俺の許可がいるだろって土下座してきたなぁ。意外とこいつは義理堅いんだから。


 定番通り、お前に妹はやらん!、と言ってやったけど。あの時のショックを受けた裕也の顔はとても笑えた。思わず吹き出して、腹を抱えた爆笑してしまった。懐かしい過去だ。


 俺は一旦食べるのを止めて、真剣に裕也に向き合うことにする。



「颯……美緒ちゃん先生の巨乳の感想を教えろ」


「はぁ?」



 俺の口から間抜けな声が出てしまった。ちょっと言葉の意味が分からない。


 最近ストーカーっぽいことをされているから、その相談や愚痴だと思っていたし、真剣な顔だったから余程深刻なことだと思ってたら、桜先生の胸の感想を教えろだって? コイツは馬鹿か?



「いやーずっと聞きたかったんだよね! 美緒ちゃん先生の巨乳はどんな感じなのか。前に聞いたときはいろいろあって聞けなかったから。でも、今なら大丈夫だろ? ………大丈夫だよな?」



 大丈夫か聞かれても、俺は知らん! 女性って勘が良いから! 盗聴器を仕掛けているんじゃないかって程勘が良いのがウチの女性陣なんです。



「裕也? 俺は昨日のストーカーについての相談とか愚痴だと思ってたんだが?」


「あっそれ、なんか解決した」


「はぁ!?」



 あっけらかんと答える裕也。俺は再び間抜けな声が出て、開いた口が塞がらない。



「今日恐る恐る登校したら、なんか俺に興味がなくなったみたいでさ。白馬の王子様が現れたとか、運命の人を見つけたの、って周りに言いふらしてた。俺はもう眼中にないらしい。その白馬の王子様とやらナイス!」


「へぇー。よかったな」


「ああ。よかった。マジでよかった」



 心底安堵した裕也が、ふぅっと深く息を吐いた。


 そっか。ストーカー被害は無事に解決したのか。対象が別に移っただけなんだが、それでもよかった。親友がそういう目に遭うのは俺も嫌だからな。安心した。


 嬉しそうな裕也がパンをかじってモグモグしながら、瞳を輝かせて俺に詰め寄る。



「んで? 美緒ちゃん先生の巨乳はどうなんだ?」


「………そんなに胸が好きなのか?」


「当たり前だ! 男は皆、女性の胸が大好きだろ! まあ、俺は楓ちゃんの胸が一番好きなんだけど! でも、やっぱり興味あるじゃん?」



 否定はしない。俺も男だ。それなりに欲もあるし興味もある。俺だって女性の胸は好きだ。でも、身近に警戒心が全くない超絶可愛い美少女と絶世の美女がいるから、他の女性には興味が湧かないな。



「なぁなぁ! 教えてくれよ~、義兄にいさぁ~ん!」


「うっさい! 離れろ! ああもう! わかったから!」



 気持ち悪い猫なで声で絡んでくる裕也がうざい。あまりのウザさに俺は諦めた。ペイっと引き剥がし、正直に言うことにする。女性陣に勘付かれそうだなぁ。



「姉さんの胸か。一言で言えば『凶器』だな。あれは人を殺せるぞ」


「息ができないって奴か?」


「そう。柔らかかったり、温かかったり、いい香りがするけど、とても苦しい。以上だ!」


「ちっ! 羨ましいぞ、この野郎!」


「暑苦しい! 抱きつくな!」



 俺は裕也を乱暴に引き剥がす。あぁんっと変な声を上げないで欲しい。



「さてと。そろそろ謝罪の準備をしておいたほうがいいぞ」


「へっ? 謝罪?」



 キョトンとイケメンがかっこよく首をかしげた直後、ピロリンと軽やかな音か聞こえてきた。もちろん、音の発生源は裕也のスマホだ。


 メッセージを確認した裕也の顔が一瞬で青ざめて凍り付く。



「………『死刑』………マジすんませんでした! ただの学術的見地に基づく知的好奇心だったんです! 本当にただの好奇心だったんです! 許して楓ちゃん!」



 裕也は楓が通う学校の方角に向かって即座に土下座をした。


 あ~あ。やっぱりこうなるよなぁ。裕也はバカだな。全然学ばないんだから。


 俺は土下座するイケメンの横で、憐みの視線を送りながら、お弁当をパクパクと食べるのであった。


 お弁当が美味しい~!





 でも、俺もバカだった。勘が鋭いのは楓だけじゃないことを、この時の俺はすっかり忘れていたのだった。


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