第228話 助ける俺

 

 昼休みに裕也とご飯を食べて相談に乗り、愚痴を聞かされた日の放課後。俺は学校の裏門で待ち合わせをしていた。


 相手はもちろん後輩ちゃん。恋人らしく待ち合わせをしたいというお互いの意見の一致により、時々こうやって校門前で待ち合わせをして下校している。今日は裏門だ。


 ストーカー被害に遭いかけている裕也と帰ろうかと思っていたのだが、あいつは車で帰るらしい。流石お金持ちのお坊ちゃま。イケメン死すべし!


 というわけで、俺は楽しげにお喋りをして下校する生徒たちを眺めながら後輩ちゃんを待つ。


 ウチの学校の裏門は、正門と違ってすぐに道路に繋がっている。歩道もない。


 この時間帯は、帰宅する生徒が多くて危険なため、滅多に車は通らない。だから、ちょっとはしゃいだ生徒が飛び出すこともある。


 実際、何度か事故が起こっているようで、『飛び出し禁止!』、『車注意!』と書かれた看板がでかでかと設置されている。


 車は通らないがバイクは通ることはあるので、その度にヒヤヒヤする。


 今日は初めて裏門で待ち合わせをしてみたが、やっぱり危険すぎるな。もう二度とここで待ち合わせをするのは止めよう。俺も後輩ちゃんに見惚れて車に気づかないかもしれない…。


 裏門から帰宅する生徒は意外と多い。次から次へと人の波が押し寄せ、学校外へと出て行く。



「あっ…車…」



 細い道を軽自動車が走ってくるのが見えた。多くの生徒が道を歩いているにもかかわらず、猛スピードで爆走している。とても危険な運転だ。桜先生の安全運転とは大違い。


 事故が起きないかハラハラしていたら、丁度校舎のほうからパタパタと足音を響かせながらダッシュしている女子生徒がいた。顔も全然知らない女子生徒。余程急ぐ用事があるのか、全力疾走だ。



「あの子……ちっ! まずい!」



 思わず舌打ちをして俺は全力で走る。


 女子生徒はスピードを落とすことなく門から飛び出そうとする。しかし、そこにはタイミングよく猛スピードで走る軽自動車の姿が…。


 普段は出さない本気を出すと、全力で女子生徒の背後に駆け付け、制服の首根っこをむんずと掴む。



「うげぇっ!?」



 女子生徒の首が締まり、変な声が出たが、それを気にする余裕はない。女子生徒と俺の数歩前を爆走する軽自動車が過ぎ去っていった。



「ふぅー。危なかった」



 まさに危機一髪。額に浮かんだ冷や汗を拭う。


 幸い、交通事故には発展しなかった。このままだと目の前でこの女子生徒が車に轢かれるところだった。


 締まった首を押さえて、地面でのたうち回って倒れているけど、事故に遭うよりマシだよね。


 女子生徒が恨みがましそうに涙目で俺を睨みつけながら立ち上がった。



「ちょっと! 何してくれるの! 死ぬかと思ったじゃん!」



 えっ? 俺、助けたよね? 命の恩人だよ? もしかして、全然車に気づいていなかった? でも、面倒だから謝ることにする。



「えーっと、すいません?」


「もう! 私には大切な用事があったのに! 君のせいでダーリンとの約束に遅れるじゃない! どうしてくれるの!」



 ダーリンねぇ。彼氏のことをダーリン何て呼んでる人を初めて見た。アニメや漫画の中だけじゃないんだなぁ。


 急ぐ気持ちはわかるけど、事故に遭ったら意味ないぞ。本当に気をつけて欲しい。



「それはすいません。でも、車に轢かれそうだったのに気づいてます?」


「………えっ?」


「気をつけてくださいね」


「えっ、あっ、うん」



 女子生徒はよくわかっていないらしい。目をパチクリと瞬かせている。


 よく見ると、女子生徒は可愛らしい顔立ちをしていた。普通にモテそうな女子生徒だ。彼氏がいても納得できる。


 でも、普段から超絶可愛い美少女と絶世の美女を見慣れているから、俺は何とも思わない。


 困惑した女子生徒は何気に腕時計を見てギョッと目を見開く。



「うわっヤバッ! 急がなきゃ!」



 女子生徒は再び慌てて駆け出し、門から飛び出そうとする。


 そこにちょうど良く通りかかるバイクが…。



「だから気をつけろって!」


「ぐぎゃっ!?」



 俺は再び女子生徒の制服の首根っこを掴んで助けた。目の前をバイクが通り過ぎていく。


 本当に危ない子だなぁ。首が締まって魂が抜けかかっているけど、事故に遭うことに比べたら些細なことだよな。


 ペイっと地面に放り投げたら、女子生徒はペタンと座り込んだままハッと我に返った。



「………えっ? 今、私、轢かれそうだった? もしかして、助けてくれたの?」


「これで二度目です。気をつけてください!」


「二度目……命の恩人……」



 なんか熱っぽくキラキラした瞳で見られている気がする。


 もしかして、惚れられた?


 いやいやまさかな! あり得ないあり得ない。彼氏がいる女子がそう簡単に俺に惚れるわけないし、そもそも俺なんかを好きになるわけがない。ただ恐怖が過ぎ去って安堵しているだけだ。全部俺の気のせいだ。


 俺って自意識過剰だなぁ。気をつけよ。


 その時、背後から聞きなれた愛しい人の声がした。



「せんぱぁ~い! お待たせしましたぁ~!」


「おーう! 後輩ちゃん!」



 俺の傍に駆け寄ってきた後輩ちゃんは至近距離で立ち止まる。上目遣いで無言のおねだりをしてきたから、ご要望通り頭をナデナデしてあげる。サラサラで気持ちいい。


 後輩ちゃんが気持ちよさそうに目を細めた。



「じゃあ、帰るか」



 名残惜しいけど、周りの視線も痛いからナデナデを止めて、後輩ちゃんに帰宅を促す。


 予想通り、後輩ちゃんはぷくーっと頬を膨らませて拗ねた。俺の手を握ってブラ~ンブラ~ンと揺らす。



「えぇー! もっと撫でて欲しいです!」


「家に帰ったらな」


「今すぐ帰りますよ!」



 後輩ちゃんが俺の腕に抱きついて強く引っ張る。なでなでを早くしてほしいようだ。


 そんなに引っ張らなくても歩けるから!



「でも、買い物に寄らないと」


「彼女の私とお買い物、どっちが大事なんですか!」


「買い物」


「酷い! 先輩が酷いです!」



 よよよ、と泣き崩れて縋りつく演技をする後輩ちゃん。俺たちのちょっとしたふざけ合いだ。


 実際、買い物のほうが重要だったりする。今日の夕食の分はあるけど、明日の夕食の分はない。もしかしたら、お弁当の材料も足りないかも。


 お弁当がないとぶつくさ文句を言う女性が二人もいるから、今は買い物のほうが重要なのだ!



「私の繊細な心が傷つきました。これはナデナデの他にもぎゅ~が必要ですね」


「それくらいなら喜んで! キスも必要か?」


「………必要です」



 後輩ちゃんが恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。とても可愛い。しっかりと記憶に保存して愛でることにする。


 あっ! 俺の腕に擦り付けて顔を隠した。恥ずかしがる顔が見えないじゃないか! まあ、これはこれで可愛いのでありです!


 俺は助けた女子生徒のことなんかすっかりと忘れ、後輩ちゃんとイチャイチャしながらスーパーに寄って帰宅するのだった。

























「命の恩人……白馬に乗った王子様……私の運命の相手…!」


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