第227話 相談される俺

 

 シルバーウイークはあっさりと終わってしまった。


 泊りがけで動物園に行ったり楽しめたのだが、俺は楓の襲来と後輩ちゃんとの鼻血事件が印象的過ぎたというか、今も疲れを引きずっている。


 何となく頭がボーっとして、休みボケをしている。学校に行きたくなかった…。後輩ちゃんに無理やり連れて行かれたけど。


 今日は連休明け初日の学校で、俺と同じくやる気が出ていない生徒が多い。ようやく昼休みの時間になり、活気が出て来たところだ。


 いつのなら後輩ちゃんと一緒にご飯を食べるのだが、今日は別々に食べる予定だ。俺が知り合いに呼び出されているのだ。


 人がほとんど通らない静かな校舎裏でその相手を待つ。待つのが面倒だから先日ご飯を食べ始める。今日のお弁当も美味しいなぁ。流石俺だ。


 俺が自画自賛していると、後ろから甲高い声がして目が塞がれた。



「だぁ~れだっ♡」


「キモイ。ぶっ飛ばすぞ!」


「おぉー怖っ!」



 裏声を出していた裕也が普通の声に戻して俺の横に座った。ニヤニヤしているが、イケメンなのがムカつく。イケメン死すべし!


 俺の殺意に気づかない裕也は、手に持ったパンの袋を破って齧り始める。


 俺を校舎裏に呼び出したのはコイツ。告白でも何でもない。男二人っきりで話したいんだとさ。



「んで? 呼び出した理由は何だ?」


「ラブホに行ったんだってな」


「やっぱりそれか…」



 楓めっ! あっさりと暴露しやがって! 今度お仕置きしてやる!


 裕也のニヤニヤ顔がうざい。今飲んでいる紙のパックのジュースを潰してやりたくなる。制服が汚れるからしないけど。裕也にもお仕置き決定!



「俺たちのアイドル美緒ちゃんも一緒だったんだって? 三人でお風呂に入ったんだって? 羨ましいぞ、この野郎!」


「それが用事なら俺は帰るぞ! 楓から詳しく聞いてるだろ! 俺は何も言わん!」


「待て待て落ち着け! 聞きたいのはラブホのことじゃなくて、鼻血事件のことだから!」


「帰る!」


「ごめん冗談! 冗談だからマジで帰んないで!」



 立ち上がって教室に帰りかけた俺の脚に裕也が縋りついてくる。本当に用事は違うようだ。嘘は言っていない。


 はぁ、とため息をついて諦め、ペイっと引き剥がす。



「本当の用事は何だ?」



 ニヤニヤしていたイケメンが、真面目な顔つきのイケメンになる。滅べ!



「ちょっと相談があってさ。相談というか悩み事と言うか……」


「珍しいな」


「お前にしか話せないんだよ。内容は恋バナ?」


「………楓となんかあったか? デキたのか?」



 まさかな。襲撃してきたときは全然妊娠しているようには見えなかった。大丈夫だよな……たぶん。


 真面目だった裕也は、すぐにいつものヘラヘラした感じに戻った。



「違うぞ! ちゃんと避妊してる! おっ? 颯に言ってたっけ? DT卒業したこと」


「聞いてない。というか聞きたくない。もうこれ以上言うな」


「おーっす。了解」



 実の妹とその彼氏の性事情なんか聞きたくもない。


 逆に楓は俺たちに興味津々だけど。アイツがおかしいだけだ。



「楓ちゃんとの仲は良好なんだが、最近、ちょっとストーカーみたいなことをされてるんだよね」


「楓が?」


「いや、俺が」


「ふぅ~ん」


「薄いっ! 反応が薄い! もっと親友のことを心配して! 未来の義弟のことを心配してくれよ、義兄にいさん!」



 うっさい! 誰が義兄さんだ! まだ違うわ!


 反応が薄いって言われても、ストーカーの相談はこれで何度目? 流石に慣れたわ! 俺が今ここで盛大に驚いても何の解決にもならないだろ。これからどう対処するかが大切なんだ。


 一応、これでも心配しているほうなんだ。感謝するんだな。



「心当たりは?」


「二学期になって二年に編入してきた女子。ちょっと日直の仕事を手伝ったら惚れられちゃったみたいで、アピールが物凄いというか、彼女面してくるというか…」


「なるほどなぁ。何度かそのパターンあったな」


「だよなぁ。『俺には愛しい彼女がいるんだ!』って言っても、『それは私のことなんだね!』みたいに受け取られて、散々説明したんだけど、なんか楓ちゃんに弱みを握られて脅されているという妄想がエスカレートしていって…」


「そのパターンも何度かあったな。楓に言えば? あっさりと解決するぞ」


「出来るだけ迷惑かけたくないんだよ。楓ちゃんは学校も違うし」



 その気持ちはわかるが、俺にできることってあるのか? う~ん…こうして昼休みに人気のいない場所で話し相手になったり、一緒に下校するとか?



「俺はどうしたらいい?」


「時々こうして愚痴に付き合ってくれればいいぞ。こっちで何とかする。慣れてるからな」


「こういうのに慣れてるって嫌だな。イケメンに生まれなくて良かったとつくづく思うよ」


「いやいや! 存在感を消してるから周りに気づかれないけど、普通にお前もイケメンの分類だからな! いい加減気づけよ!」



 なにを言っているのだろう? 俺は普通だ。フツメンだぞ。


 お隣に座っているイケメンが、はぁ、と深いため息をついた。



「まあ、いいや。そろそろ時間だな。愚痴に付き合ってくれてサンキューな」


「これくらいどうってことないさ。何かあったら相談しろよ」


「おーう」



 俺たちは立ち上がって、それぞれの教室に戻ることにする。


 廊下を歩きながら俺はふと気になったことがあった。



「そういえば、付きまとっている女子の名前は?」


「ん? 言ってなかったな。惚屋ほれや すいだ」


「ふぅ~ん」



 俺は何となく名前を頭に入れておくことにした。


 裕也になんかあったら大変だからな。ちょっと注意しておこう。


 昼休み終了の五分前のチャイムが鳴る。周りの生徒たちも慌てて教室に戻っていく。


 俺たちも手を挙げて別れて、自分たちの教室に足早に戻るのだった。

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