第226話 薄着の後輩ちゃん

 

「先輩? 大丈夫ですか?」



 後輩ちゃんが目覚めた俺の顔を心配そうに覗き込んでいる。


 俺は頭がボーっとしながらも、目を瞬かせて、愛しの後輩ちゃんに返事をする。



「………おぉー。だいじょうぶー」



 そうか。俺はお風呂に入っているときに、後輩ちゃんとちょっとしたハプニングがあって、極度の興奮と鼻血による大量出血で気絶したのか。


 僅かに思い出しただけでも興奮してしまい、鼻血の前兆を感じる。


 頑張れ俺! 考えるな! 考えてはいけないぞ!


 鼻が金臭い匂いがする。血の匂いが少し気持ち悪い。


 顔をしかめながらゆっくりと上体を起こす。どうやら女性陣がベッドに運んでくれたようだ。


 失血のため、頭がクラクラしていたら、後輩ちゃんが支えてくれた。


 後輩ちゃんの温もりと甘い香りを感じる。



「後輩ちゃんありが……って、なんて格好をしているんだ!?」



 手助けしてくれた後輩ちゃんの姿を改めて見て、思わず声を裏返して叫び声をあげてしまった。


 今の後輩ちゃんは物凄い格好をしている。後輩ちゃんが着ているのは、胸元や肩が大きく露出した薄ピンクのキャミソールと清楚な白いショーツ。以上!


 俺からはこの二つしか着ているようには見えない。


 ベッドに座っているから、スラリと肉付きの良い素足が太ももの付け根まで露わになり、肩にはブラの紐も見えない。平均より大きな胸元はちょっと谷間を作っている。薄い生地のキャミソールの上からノーブラの証拠が…。



「ど、どうですか? 私も成長しているんですよ?」



 恥じらう後輩ちゃんが上目遣いで問いかけてきた。


 確かに気絶しなくなっているから成長したと思う。でも、それはまずい。今の姿にその視線はまずい。潤んだ瞳も反則だ。


 危険な兆候を感じて、俺は無言でスゥーッと視線を逸らした。


 でも、後輩ちゃんは俺の逃がさない。柔らかな両手で俺の両頬を挟み込み、視線を合わせるように勝手に俺の顔を動かす。俺は抵抗しようと思ったが、無意識に後輩ちゃんに従ってしまう。


 至近距離にある後輩ちゃんの可愛い顔。艶やかな黒髪。長い睫毛。潤んだ綺麗な瞳。柔らかそうな唇。視界の端に映る魅惑の双丘。


 ここは天国か…。ここは俺の楽園なのか…。


 俺の彼女さんが至近距離で甘く囁く。



「………今の私はどうですか?」


「かわ……いいと……思い…ます…」


「本当ですか? ちゃんと私の目を見て言ってください」



 後輩ちゃんは俺を殺す気かっ!? 潤んだ綺麗な瞳が俺を射抜く。



「………可愛いです」


「そ、そうですか。ほ、他には?」


「き、綺麗です」


「他には?」


「ヤバい」


「ヤバい? 先輩。語彙力が無くなっていますよ」


「う、うるさい! 語彙力が無くなるくらい意識が朦朧としてるんだよ!」



 後輩ちゃんという存在が俺の脳を甘く熱く溶かしてくる。


 俺たちの顔が徐々に近づいていく。熱い吐息がぶつかり合い、少しくすぐったい。


 鼻と鼻が触れ合う。チョコンと触れては離れ、また触れては離れる。それを何度か繰り返し、スリスリと鼻と鼻を擦り合わせる。


 最後は唇。触れるか触れないか、という所で躊躇い合う。何度も何度もキスしているはずなのに、お互いに恥ずかしがってキスができない。


 あっ……。唇に後輩ちゃんの唇の柔らかな感触が一瞬だけ伝わってきた。


 俺と後輩ちゃんは超至近距離で向かい合う。そして、同時に唇を合わせた。後輩ちゃんの背中に手を回して抱きしめ、甘い香りを深く吸い込み、柔らかな身体も香りも温もりも全て感じ取る。


 身も心も脳も全てが蕩けていく。


 どのくらいキスを続けていたのだろう。時間がわからない。俺たちは示し合わせたかのように、同時にゆっくりと顔を離していく。


 銀色に光るアーチがかかった。



「葉月…」


「先輩…」


「大好………うぐっ!」



 大事な、一番大事なセリフの途中で、鼻の奥に濃密な血の匂いを感じ、タラリと熱いものがベッドに垂れるのを感じた。


 鼻血だ。興奮して再び出血し始めたのだ。ベッドに垂れて、真紅のシミが広がっていく。


 トロンと熱っぽく瞳を潤ませ、肌を火照らせていた後輩ちゃんが、呆れと納得の表情を浮かべる。



「はぁ…。ムードぶち壊しですね。先輩らしい言えばらしいですけど」



 ご、ごめんなさい。誠に申し訳ございません。今のは俺が全部悪いです。


 出来ればティッシュを頂けると助かるのですが、ありませんよね?



「はい、弟くん。ティッシュよ」


「あ、ありがと」



 横から差し出されたティッシュをありがたく受け取って、鼻血を拭ってティッシュを詰め始める。


 俺は今日どのくらい出血をしただろうか? 致死量は超えていないよね? 明日、レバーでも食べようかな。


 ティッシュを鼻に詰めたのはいいのだが、これだと続きは出来ないな。ムードがぶち壊しだ。本当にごめん。


 あれっ? このティッシュ、確かまだ大量に入っていたはずなんだけど、何故こんなに残りが僅かなんだ? 昨日無くなってたと思うのだが。


 そう思いつつ、ティッシュの箱を元の場所に戻そうとして、俺は固まってしまった。



「な、なななななっ!? ね、ねねねねねね姉さんに楓!?」



 瞳を爛々と輝かせた桜先生と楓が、息を殺して食い入るように俺たちを見つめていた。



「やっほー。ヘタレのお兄ちゃん。ナイスだったぜ! ふごふご…」


「そこは最後までいきましょうよ、ヘタレの弟くん! ふがふが…」



 二人の鼻に白いティッシュが詰め込まれている。ゴミ箱には赤く染まったティッシュのゴミが大量に捨ててある。新品のティッシュが少なかったのは、俺たちを観察して鼻血を噴き出したかららしい。


 四人中三人が鼻血を噴き出し、鼻にティッシュを詰めている。異様だな。



「あぁー。そう言えば、楓ちゃんとお姉ちゃんもいたね。すっかり忘れてた」



 ベッドにぺたんと座っている後輩ちゃんは、二人の存在を忘れていたらしい。恥ずかしさで顔を赤くしている。


 くっ! 今までのやり取りが全て見られていたのか。特に、愚妹は絶対に録画しやがったな! 手にスマホを持ってるし!


 愚妹とポンコツ姉が、ぐへへ、と気持ち悪い笑い声を上げる。



「二人だけのいちゃラブ空間…ごちそうさん! 欲を言えばもっと見たかった! 葉月ちゃんごめんね。ウチのヘタレな愚兄のせいで」


「まあ、先輩だから…」


「はぁ…二人とも可愛かったわぁ。人ってあんなに甘々に蕩けられるのね。勉強になるわぁ」


「姉さんにはその相手がいないだろ」


「酷い! 弟くんが酷い! お姉ちゃんの心が傷ついたわ! 傷物にされちゃった! 責任取りなさーい!」


「「そーだそーだ!」」


「姉弟でもっと甘々のイチャイチャをすべきだー!」


「「そーだそーだ!」」



 女性陣が一致団結している。常識がぶっ壊れている後輩ちゃんは本気で思っていて、愚妹はただ単純に面白そうだからノリノリで賛同しているだけだ。


 くっ! 男が一人だと弱いな。ここに裕也がいたら………後輩ちゃんのあられもない姿が見られるからぶっ殺す! 来るんじゃない! 俺の後輩ちゃんに近づくな!


 どうやって話題を逸らそう? 頭がボーっとして上手く働かない。ろくでもない考えしか浮かばない。


 まあ、いいや。一人だけ鼻血を出さず、平気そうな顔をしている後輩ちゃんも同じ目に遭ってもらおう。


 俺は後輩ちゃんの唇を指で優しく撫でる。



「しぇんぱい?」



 後輩ちゃんは予想通り抵抗しない。少し気持ちよさそうにされるがままになっている。


 俺は後輩ちゃんを指先で優しく撫でながら、唇から徐々に下へと滑らせていく。首筋から大きく露出した胸元まで。


 指を魅惑の谷間に走らせていく。



「せ、先輩!?」



 叫び声をあげる後輩ちゃん。俺は手を止めない。少しずつ指を動かし、柔らかさと素肌を堪能して、キャミソールに指をかける。



「せ、せせせせせせ先輩!? ダ、ダメです! そ、それ以上は……あぅっ!」   バタリ!



 真っ赤になった後輩ちゃんの頭からポフンと蒸気が上がり、目を回して気絶してしまった。久々の気絶だ。


 きゅう~、と目を回してベッドの上に横たわっている。ミッション完了。



「あちゃ~。葉月ちゃんにはまだ無理だったか」


「でも、幸せそうに気絶してるわね」


「お兄ちゃんも大丈夫? 諸刃の剣だったよね?」


「鼻血、またすごいことになってるわよ?」



 おっと! 俺にも刺激が強すぎて鼻血が勢いよく噴き出し、詰めていたティッシュが無くなっている。


 差し出されたティッシュで鼻血を拭い、再び鼻に詰める。


 俺が後輩ちゃんを介抱しようとしたら、薄着の姿が目に入ってしまう。だから、桜先生に全部お願いした。


 本当に今日は危なかった。欲望もだけど、特に出血がヤバい。失血死しそう。


 俺と同じようにティッシュを鼻に詰め込んだ楓が両手を合わせる。



「お兄ちゃん、葉月ちゃん。ごちそうさまでした!」



 俺たちを引っ掻き回した妹の楓は、この後もいろいろと混沌を引き起こし、騒ぐだけ騒ぐと、次の日には満足して帰って行くのだった。


 もう来るんじゃない! でも、後輩ちゃんをけしかけてくれてありがとう!


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