第224話 早朝の襲撃者と後輩ちゃん

 

 旅行から帰ってきた次の日は、珍しくいつもの時間に起きることができなかった。早寝遅起きだった。


 自覚していなかったが、結構疲れがたまっていたらしい。


 ベッドの上にははだけた服の女性が三人もいた。本当にいつもいつも朝から危険な光景だ。どうにかしてほしい。でも、この光景を見て、一日のやる気が出てくるのも事実だ。


 ………………俺ってエロいのか? これが男子高校生の普通なのか? どうなんだろう? 異常じゃないよね? 今度裕也辺りに相談してみよう。


 温かくていい香りがして柔らかくて気持ちよくて名残惜しいけれど、三人の身体を丁寧に引き剥がし、ベッドから這い出る。


 寝起きで怠い身体を引きずり、大きな欠伸をしながらパジャマを着替える。


 んっ? 今、何かおかしかった気がするんだが、一体何がおかしいんだろう? まあ、いいや。着替え着替え。


 最近は、後輩ちゃんたちの前で着替えるのが平気になってきた。隠れようと思っても、二人が扉を開けてじーっと覗いてきたり、時には開き直ってガン見してくることもある。


 一緒にお風呂も入ったりしたら、着替えくらいどうってことないように思えてきたんだ。慣れって恐ろしい。


 着替え終わった俺は、何か重要な見落としをしている違和感が拭えないのだが、寝ぼけているんだと結論づけ、顔を洗うことにする。


 洗面所に行き、冷水で顔を洗う。何度か洗うとシャキッと目が覚めた。


 さてさて。目が覚めたら朝ごはんを作らないと!


 今日は何を作ろうかな。冷蔵庫の中身を思い浮かべてメニューを考える。


 卵はあったな。ベーコンもある。食パンは昨日買った。スープは……インスタントでいいか。ちょっとフルーツでリンゴでも切ろう。可愛らしくウサギ型にするのもいいな。


 となると、ベーコンエッグ? いやいや。偶にはフレンチトーストにしよう。味は付けず、ベーコンと一緒に食べたい人は乗っけて、甘くしたい人はハチミツでもかけてもらおう。


 そうと決まったら早速作り始めますか!


 まずは、お湯を沸かしたり、テーブルを拭いたりする。


 朝食を作り始めて少しして、美味しそうな香りが寝室まで届いたのだろう。ドアがゆっくりと開いて、寝ぼけた女性陣がトボトボと危なっかしい足取りで出て来た。半分目が閉じている。



「おはよう!」



 俺が挨拶をすると、女性陣が一度立ち止まって、寝ぼけまなこでコクンと頭を下げる。



「……おはよう……ごじゃい…ましゅ…」


「おはよぉ…ふぁ~」


「おっはー」


「はいはい、おはようさん。顔洗ってこーい」


「「「ふぁ~い」」」



 女性陣が目を擦ったり、舟をこいだり、手を握って引っ張りながら洗面所に向かっていった。


 毎朝密かに楽しんでいるほんわかする光景だ。いつ見ても可愛い。癒される。


 でも、なんか強烈な違和感を感じるんだけど、何だこのモヤモヤした感覚は。喉元まで答えが出かかっている感じ? 思い出せそうで思い出せない漠然と感じる違和感。


 まあ、いいや。今は朝食作りに集中しよう。


 ベーコンやフレンチトーストを焼くと、美味しそうな香りが充満する。お腹がグルグルと鳴って、空腹を訴えてくる。美味しそうだ。今すぐ食べたい。


 洗顔から戻ってきた女性陣。まだ寝ぼけてボーっとしている。


 三人の前にお茶を差し出したら、機械的にごくごくと飲み干した。


 そろそろ出来上がるかな? おっ! いい感じ! お皿に盛りつけて完成!



「朝ごはんができたぞー!」


「「「ふぁ~い」」」



 俺も椅子に座って手を合わせる。



「じゃあ、皆でいただきまーす」


「「「いただきましゅ」」」



 女性陣が半分眠った状態でパクリと食べ始めた。モグモグと一口噛むごとに徐々に目が開いていき、幸せそうに顔が蕩けていく。


 この変化に毎朝癒される。俺の朝は癒しの時間がたくさんある。


 本当にみんな美味しそうに食べてくれるなぁ。作った甲斐がありました。



「んぅ~♡ 美味しいです! 先輩、いつもありがとうございます」


「いえいえ。どういたしまして」


「弟くんは良いお嫁さんになるわ。お姉ちゃんのお嫁さんとして欲しいくらい」


「おい、姉さん。何故俺が嫁になるんだ?」



 思わず呆れてしまう。俺は男だぞ。せめて主夫って言ってくれよ。


 その時、ガタリと勢いよく立ち上がる人物がいた。



「お姉ちゃん! 先輩は私がお嫁さんに貰うんだから!」


「だから何故俺は嫁なんだ? それと後輩ちゃん。ちゃんと起きて? すごい発言しているから」



 まだ頭の中は眠っている後輩ちゃんを落ち着かせる。ちゃんと目が覚めていたら言わない発言だろうし、言った後に赤面しているはずだ。でも、今の後輩ちゃんは瞳の奥がまだトロンとしている。



「でも、その気持ちはわかるかなぁ。そのくらいお兄ちゃんの料理は最高に美味しい! 毎日食べれたら幸せだよ」


「それはどうも、楓」



 パクパクモグモグしながら、俺はふとあることに気づく。


 俺は今、楓と言わなかったか?


 慌てて確認すると、美味しそうに食べている我が妹の楓の姿があった。朝の食卓の風景にナチュラルに溶け込んで、普段からこの家の住人と錯覚してしまう。


 ずっと感じていた違和感はコイツか!


 遅れて驚きがやってくる。



「楓っ!? なんでウチにいるんだっ!?」


「えっ? お兄ちゃん気づいていなかったの? 普通に朝ごはんが出てきたから気づいてるとばかり…」


「無意識に作っていました。で? なにしに来た? いつ来たんだ!?」


「んと、ラブホテルに泊まったとタレコミ情報を貰ったので、詳しく聞くためにやってきました。朝一でやってきたのはいいんだけど、眠かったからベッドに潜り込んだら寝ちゃった♪ 気持ちよかったです」


「おいコラ!」


「あっ、神聖なる愛の巣に踏み込んだのは不味かった? ごめんね?」


「そういうことじゃなくて……後輩ちゃん! なんでコイツに教えたんだ!?」



 元凶であるだろう後輩ちゃんをキッと睨むと、後輩ちゃんは全力で首を横に振っている。



「ち、違います! 昨日は疲れてたのでまだ楓ちゃんに言ってません!」



 えっ? あれっ? 嘘ついている様子はない。揶揄っている様子もない。楓に言っていないのは事実らしい。


 ということは、消去法で犯人は特定された。


 キッと桜先生を睨むと、スッと視線を逸らされ、口笛を吹き始めた。ふゅーふゅーと空気の音だけで、音は出ていない。



「姉さん!?」


「だ、だってぇ…ラブホテルよ! 自慢したくなるじゃない!」



 ジト目で問い詰めると、桜先生はあっさりと自白した。、


 ラブホテルに泊まったのはいいが、自慢する相手が少ない桜先生は、妹として仲がいい楓にメールを送ったということか。


 寄りにもよって面倒なやつに送ってくれたな! 後でお仕置きです!


 俺の知る中で一番面倒なやつがニヤニヤニヨニヨと擬音を幻視するほどにやけている。



「お兄ちゃん? ラブホテルでナニをヤッたのか、じっくりねっとり生々しく教えてもらおうか?」



 俺は今日という日を呪い、これから襲ってくるだろう猛烈な疲労を予感して、思わず天井を見上げるのだった。

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