第223話 旅行から帰った後輩ちゃん

 

 一泊二日の旅行に行った俺たちは、動物園を楽しんで、ラブホテルに宿泊するというハプニングもありつつ、無事に家に帰ることができた。


 数時間の車の移動でとても疲れた。なんで座っているだけなのにこんなに疲れるのだろう?


 運転していた桜先生はもっと疲れているみたい。帰りついた途端、緊張が切れてヨロヨロとしている。


 俺たちの住むアパートに帰る前にスーパーに寄ったため、買い物袋を持って玄関のドアを開ける。



「「「ただいまぁ~」」」



 疲れきった俺たちの声が部屋の中に消えていく。順番に靴を脱いで部屋に上がる。


 買い物袋をリビングの机の上に置く。


 お手伝いをしてくれた後輩ちゃんが真っ直ぐ洗面所の場所を指さす。



「まずは手洗いとうがいをしましょー!」


「後輩ちゃんは俺の母親か!?」


「いいえ違います! 私は先輩の超絶可愛い彼女さんですっ!」


「………顔が真っ赤だぞ、俺の超絶可愛い彼女さん」


「うるさいです! そういう先輩だって赤いじゃないですか!」


「………………うるさい」



 恥ずかしがって真っ赤になっている後輩ちゃんがキッと睨んできたから、俺はスッと視線を逸らせた。


 うん。顔が赤いのはわかっている。だって物凄く熱いから。


 まだ彼氏彼女って言葉に慣れないんだよなぁ。いつになったら慣れるんだろう?


 俺たちの様子を無言でニヤニヤと眺めていた桜先生が両手を合わせて拝んだ。



「初々しいわねぇ。ごちそうさまです」



 ごちそうさまってどういうことだっ!?


 俺は釈然としなかったけど、取り敢えず、手洗いうがいをしに洗面所に向かった。


 後輩ちゃんも桜先生も俺の後についてきて、三人で交互に手洗いなどを済ませた。


 手洗いとうがいを済ませた後輩ちゃんが、クイクイっと俺の服を引っ張った。何かを言いたそうにもじもじとしている。


 すぐに何をして欲しいのかわかったけれど、ちょっと嗜虐心が湧き上がった俺は、知らないふりをして後輩ちゃんに問いかける。



「どうしたんだ、後輩ちゃん?」


「えーっとですね…忘れていることがあります…」


「忘れていること? あっ! 買ったものを冷蔵庫に入れてない! すぐに入れなきゃ!」


「違います! いえ、確かに忘れていますけど、私が言いたいのは違うことです!」


「じゃあ、なんだ?」



 恥ずかしそうにしている後輩ちゃんを観察する。


 ウルウルと瞳を潤ませ、軽く顎を突き出してくる。いつものキス待ちの顔だ。


 普段なら俺がただいまのキスをするところだが、動物園で決めた罰がある。


 一週間、毎日一日一回後輩ちゃんからキスする、という後輩ちゃんへの罰だ。


 まあ、罰というより約束だ。


 とぼけたままの俺に気づいた後輩ちゃんは、むぅ~と唸り声を上げるが、当然俺は何もしない。可愛らしく唸る後輩ちゃんを愛で続ける。


 しばらくして埒が明かないと悟った後輩ちゃんは、ぎゅっと目を瞑って覚悟を決めると、俺の胸の中に飛び込んできた。


 首に両腕が回され、むぎゅっと抱きしめられ、俺の唇に柔らかな感触が伝わってきた。後輩ちゃんの唇だ。


 顔を真っ赤にさせた後輩ちゃんが俺に抱きついたまま、上目遣いでちょっと拗ねている。



「むぅ! 先輩、おかえりです!」


「ああ、ただいま。そして、後輩ちゃん、おかえり」


「ただいまです!」



 俺からもチュッと軽くキスをしたら、拗ねていた後輩ちゃんはすぐに機嫌を直して、嬉しそうに微笑んだ。


 俺たちは抱き合ったまま至近距離で見つめ合う。俺は後輩ちゃんしか見ていない。後輩ちゃんも俺しか見ていない。


 お互いの顔が徐々に近づいていき、距離がゼロになる。というところで、カランッとコップが床に落ちる音がした。


 ハッと我に返って音の方向に視線をやると、手が当たってコップを落としてしまった桜先生が顔を真っ赤にさせながら、ヤバいっと焦った表情を浮かべていた。


 慌ててコップを拾った桜先生は、少し鼻息を荒げて俺たちに続きを促す。



「ご、ごめんなさいね。お姉ちゃんは気にせず、続けてくださいな」



 桜先生は瞬き一つせず、俺たちをガン見している。瞬きもしない。俺たちの一挙手一投足を見逃さない。あまりにも目を見開いているため、少し血走っているのが怖い。


 流石に、ガン見されながらイチャイチャは出来ない。というか、猛烈に恥ずかしい! 桜先生の存在をすっかり忘れて後輩ちゃんとイチャイチャしてしまった!


 うぅ…穴があったら入りたい…。



「先輩! そこは穴があったらい…」


「止めろ後輩ちゃん! 下ネタ禁止! 後輩ちゃんはいつからエロ親父になったんだ!」



 下ネタを言おうとした後輩ちゃんの口を即座に塞いで黙らせた。危機一髪。何とか間に合った。


 もごもごとしていた後輩ちゃんは、俺の手を振り払い、プハッ息を吐く。



「えーっと、結構前からエロかったですよ? 女の子…というか、私の周りは下ネタ大好きな人ばかりので。女子だけで集まると猥談ばかりをしてました」


「主に、楓とか楓とか楓とか楓だろ?」


「そうですね。楓ちゃんとか楓ちゃんとか楓ちゃんとか楓ちゃんですね」



 あの愚妹め! 純情だった後輩ちゃんにいろいろと吹き込みやがって!


 まあ、時には教えた知識が役に立っているのかもしれないけど、今度会ったら説教してやる!


 でも、エロい後輩ちゃんもとても可愛いです。ナイス楓!



「………というか、俺たちはいつまで洗面所で立ち話しているんだ?」


「それもそうですね。そろそろ移動しますか」


「えぇー! もっとイチャイチャしていいのに! お姉ちゃんのことは気にしないでいいのよ!」



 約一名のポンコツの姉から抗議の声が上がる。


 俺だって後輩ちゃんとイチャイチャしたいよ? でも、疲れすぎて立ってるのがやっとなの! お互いに支え合って立ってるくらいなの! そろそろ座ったり寝転んだりしたいんです。


 ブーブーとブーイングしている桜先生を黙らせよう。



「姉さん。疲れてるだろうからマッサージでもしてあげようと思ってたんだけど…」


「即座にイチャイチャを止めて寝室へ移動しましょう! そして、お姉ちゃんをマッサージするのです!」



 即座に手のひら返しをした桜先生。清々しいほどだった。


 後輩ちゃんも期待顔で手を挙げてアピールしてくる。



「先輩! 私もお願いします!」


「はいはい。わかってますよ」



 やったー、とハイタッチし合う仲の良い姉妹。早く早く、と俺の背中を押して、洗面所から寝室へと移動する。


 その後、俺は後輩ちゃんと桜先生の二人にマッサージを施した。


 俺は二人の身体をモミモミしたことで、とても癒されることができました。


 でも、買い物したものを冷蔵庫に入れ忘れて、とてもとても後悔してしまったとさ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る