第221話 俺を寝かさない後輩ちゃん

 

 桜先生や後輩ちゃんにホテルの手配をお願いしたら、ラブホテルを選んで予約したというポンコツを発揮した二人。仕方なく、ラブホテルに泊まることになった。


 疲れた体を癒すために、俺たちはお風呂に入った。しかし、ガラス張りだったため中の様子がよく見える。


 最初に俺が入ったのだが、こんなこともあろうかと思って水着を用意していた。ナイス判断、俺! 流石だ!


 水着を着てお風呂に入る俺。ガラスの向こうで体育座りをしてじーっと見つめる後輩ちゃんと桜先生。瞬きしない二人は正直とても怖かった。鼻血をタラリと流していた姿もとても怖かった。


 諦めて手招きすると、二人の顔がパァッと輝き、スポーンっと服を脱いでお風呂に入ってきた。もちろん、二人は水着を着ていますよ! 約一名、水着まで脱ごうとしてたけど…。


 二人の頭を洗ってあげ、広い浴槽で三人一緒に浸かる。お湯をかけあって遊んだりもした。


 お風呂から上がった俺たちは、現在、ベッドの上に座っております。


 火照ってピンク色に染まった二人の肌が艶めかしい。バスローブを着ているけど、水着より露出が少ないにもかかわらず、何故かより興奮を感じてしまう。


 バスローブの少しはだけた胸元から見える谷間。裾から覗く白い脚。


 何故こんなにも視線が吸い寄せられるのだろうか…?


 隠されていると、余計に見たくなるんだよね。宇宙の真理だな。


 バスローブ姿の後輩ちゃんが少し前屈みになって、ニヤニヤと笑いながら俺の顔を覗き込んでくる。



「せんぱぁ~い? どうしたんですかぁ~?」


「ど、どうもしてないぞ!」


「怪しい…。そんなに私の裸に興味があるんですか? 先輩のえっち」



 うぐっ! バレていたのか!? 後輩ちゃんは全く嫌な顔をせず、むしろ嬉しそうだ。悪戯っぽい笑顔でチラッチラッとバスローブに隠された身体を見せつけてくる。


 くっ! 見えそうで見えないのがもどかしい! でも、それがいい! 男心をくすぐられる!



「ふふっ! 先輩がだんだんえっちになってきました。良いことです」


「うぅ…あの頃の純情な俺はどこに行ってしまったんだ…」


「えっ? 弟くんって純情だったっけ?」


「えっ?」


「えっ?」



 桜先生とキョトンと見つめ合う。俺って純情じゃなかったっけ? 自分ではそう思ってたんだけど。


 というか、俺は、あのクールで美人な桜先生はどこに行ったんだ、と聞きたいのだが? 最近はポンコツ過ぎて大丈夫かと心配してハラハラしてるんだけど。


 後輩ちゃんはクスクスと笑っている。そして、四つん這いになって、俺の身体を押し倒し、覆いかぶさってくる。



「さて、先輩? 覚悟はいいですか? 今夜は寝かせませんよ!」



 えっ? えっ!? マジで? 俺の貞操の危機!? ついに一線を越えてしまうのかっ!?


 焦る俺を見て妖艶に微笑む後輩ちゃんが、肉食獣のように大人っぽく唇をチロリと舐めた。


 ヤバい! 襲われる!



「ふっふっふ……ついにこの時が来ました。今夜は一晩中、ホラー祭りです!」


「………………はぁっ!?」



 ちょっと待て。今、後輩ちゃんはホラー祭りって言った? 一晩中? えっちなことじゃなくて、ホラー? えっ? 嘘でしょ!? 絶対嫌なんだけど!


 逃げたいんだけど、後輩ちゃんが身体の上に乗っているから逃げることができない! 桜先生も足の上に乗ってきた。



「は、離せぇぇえええええええ!」


「嫌です! なんとしてもホラー映画を観るんです! ここは防音対策がばっちりですから、大音量で観ることができるんです! 寝ることは不可能なのです!」


「これならえっちなことのほうが良かった!」


「今日の私はえっちなことよりホラーの気分なのです! 可愛い先輩を愛でたいのです! では、どれを観ますか?」



 どこからともなくDVDの入ったケースを取り出して扇状に広げる。


 パッケージはおどろおどろしい。もうそれだけで嫌だ! 怖すぎる!



「どれがいいですかね? 初心者の先輩のことを考えて、比較的怖くないものを選んだんですけど。これなんかどうですか? 『私、ストーさん。今、アナタのスカートの中にいるの』」


「何だそのタイトルは!? 盗撮かっ!? ストーカーが隠し撮りしてるのか!?」



 思わずツッコミを入れてしまう。


 エロゲとか大人のビデオのタイトルか!? ホラー映画のタイトルじゃないだろ!?



「おっ! 鋭いですね。主人公は隠し撮りしているストーカーです。ターゲットの女性たちが次々に怪奇現象に巻き込まれていくのを画面越しに見るんです。少しえっちな要素を含んだホラーですね」



 なんだそのぶっ飛んだ設定とストーリーは…。パッケージは本当に大人のビデオみたいだし……。ホラーだよね?


 確認してみると、本当にホラーのジャンルだった。


 後輩ちゃんが次のDVDをアピールしてくる。またもや大人のビデオみたいなパッケージだ。



「これは『巨乳の先生と小悪魔な後輩』っていうタイトルですね」


「だからさっきからタイトルがおかしいだろ! 本当にホラーなんだよなっ!? 18禁のビデオじゃないよな!?」


「ちゃんとしたファンタジー系の要素があるホラーですよ。私たちと似ている登場人物が出てきて、主人公の男子生徒に関わった女性たちが次々に……。観ますか?」


「絶対嫌だ!」



 絶対にヤンデレの仕業だ。でも、ファンタジー系か。もしかしたら、おっとりとした巨乳の先生がヤンデレで、小悪魔な後輩は本当に悪魔だったりして…。あり得そう。


 俺の身体の上に座っている桜先生が元気よく手を挙げる。



「はいはーい! お姉ちゃんは観たいでーす!」


「私もでーす! というわけで、多数決の結果、決定しました!」



 くそう! 少数意見を切り捨てるつもりか! 多数決を使ったら、全部観ることになるじゃないか!


 後輩ちゃんは他にも薦めてくる。



「他にも、これなんかどうでしょう。恋愛とファンタジーとサスペンス要素を盛り込んだホラーですよ。『トンネルを抜けると雪国……に雪がありませんでした!』」


「暖冬! それ、ただの暖冬だから! 今年みたいに記録的な暖冬なだけだから!」


「チッチッチ! 違いますよ先輩! この主人公はなんと雪女なのです! 雪女と村の男性の情熱的な恋! しかし、男性は女性を喰い散らかすクズ野郎だった…。捨てられた雪女は復讐を誓う! 雪を降らせず、地味な嫌がらせを仕掛ける雪女! そして、彼女は村へ下りて……。続きはDVDで!」



 チョコンと可愛らしくウィンクした後輩ちゃんが、人差し指で俺の鼻を軽く突いた。


 くそう! 中途半端なところで止めるなよ! 気になるじゃないか!



「どうです? 観たくなりましたか?」



 悪戯っぽい笑顔を浮かべている後輩ちゃん。正直に言うと、観たくなってしまった。ホラーとわかっているのに観たくなってしまった。


 というか、これってサスペンス要素が強そうだな。サスペンスなら大丈夫だ。多少死体が出てきても平気。おどろおどろしいのが急に現れるのが大っ嫌いなだけだ。


 でも、観たいって言ったら、なんか負けた気になるから絶対に言わない。ニヤニヤ顔の後輩ちゃんがより一層ニヤニヤしそうだから言わない。


 こういう時に元気よく自分の意見を言う人がいるから、その人に任せる。



「はいはーい! お姉ちゃん観たいでーす! というか、全部観たいでーす!」


「はい決定! 全部観ましょー!」



 くそう! 結局こうなるのか! 何故全部って言ったんだ、このポンコツ姉!


 どうせ全部観ることになるんだ。大人しく諦めて、後輩ちゃんと桜先生に抱きつく準備をしておこう。


 俺の身体から降りた後輩ちゃんが嬉々としてDVDをセットし始める。


 桜先生がまだ乗っているから逃げることは不可能。


 あぁ…嫌だなぁ。本当に嫌だなぁ。気絶したいなぁ。



「よし! 準備完了! ポチっとな!」



 大きなテレビでホラー映画が再生される。


 俺はもう怖くなって二人にむぎゅっと抱きついた。目を瞑ったのに耳から音が聞こえてくる。


 恐怖でガクガクブルブルと震えながら、恐怖の一夜が更けていく。


 一晩中断続的に、防音されたラブホテルの一室に悲鳴が響き渡ったとさ。





 うぅ…ホラー怖い。ホラー嫌い。喉が痛い。もう嫌ぁ…。


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