第220話 ホテルと後輩ちゃん

 

 動物園の後は特に行く場所は決めていなかった。動物園の中を歩き回って疲れたから、三人ともあんまり元気もなかった。


 三人で話し合い、車で移動して、少し早い夕食を済ませ、ホテルにチェックインすることになった。


 夕食は予定通り焼き肉だった。動物を見た後にお肉か…と思っていたが、いざ焼き始めるととても美味しそうで、いつの間にかすっかり忘れてパクパクと食べてしまっていた。とても美味しかったです。


 食べ終わった後に、動物園にいた豚や牛や鶏の姿が思い浮かんで、何とも言えない気持ちになったのは俺だけのはずだ。絶対に後輩ちゃんと桜先生は気にしていないだろう。


 ちょっと触れるだけでポイズンクッキングのスキルを発動させる後輩ちゃんと桜先生は当然食べる係。俺が全部焼いてあげました。美味しそうに食べる二人はとても可愛かったです。


 なんか、可愛い小動物にエサをあげている気分になったのは、動物園に行ったからだと思う。絶対に動物園のせいだ。そうに違いない!


 満腹になった俺たちは、桜先生の運転する車に乗って、ホテルを目指していた。スイスイと安全運転で進む。


 運転席から声が聞こえてきた。



「今日泊るところはここでーす!」



 目の前には大きなホテルが建っていた。外観はライトアップもされてとても綺麗。結構いいホテルじゃないのか? 本当にここ? 間違ってない?


 機嫌よく鼻歌を歌いながら車を駐車させた桜先生。俺たちは荷物を持ってホテルの中に入る。チェックインは、桜先生が、任せなさーい、と宣言したから、とても不安になりながらも任せてみた。


 はじめてのおつかいの親はこういう気分なんだろうなぁ…。


 ハラハラドキドキしていると、桜先生はニコニコ笑顔であっさりと戻ってきた。



「じゃあ、部屋に行きましょー!」



 鍵を持っている桜先生に案内されて、エレベーターに乗って部屋に着く。


 ホテルの中は、不自然な程静かだった。時間帯的には人が多いのが普通なのに、従業員さんすらいない。大丈夫なのか? ちょっと怖くなってきたんだけど…。ここ、ホラー系のホテルじゃないよね?


 ビクビクしながら部屋に入ると、ホラー系要素は全くなかった。皆無だ。むしろ、とても明るくて驚いた。部屋も広い。滅茶苦茶いい部屋じゃないのか!?



「おぉー! 綺麗な部屋ですね! 気に入りました!」



 後輩ちゃんがクルクルと回って部屋の中を見渡している。荷物をポーンと放り投げ、部屋の中を探索し始めた。


 思わず驚いて桜先生に視線を向けると、視線に気づいた桜先生が得意げに胸を張った。大きな胸がバインと跳ねる。



「ここ、高くなかった?」


「ふっふっふ! 一泊7000円なの!」


「安っ! これで一人7000円か!?」


「違うわよ。三人で7000円!」


「はぁっ!?」



 驚きで俺の脳がフリーズしてしまう。三人で7000円? この広さの部屋で? いやいや! あり得ないだろ! 騙されてない?


 俺が固まっている間に、桜先生も部屋の中を探検し始めた。


 部屋のあちこちから上機嫌ではしゃぐ女性二人の声が聞こえてくる。



「お姉ちゃん! お風呂が大きいよ!」


「本当!? あらっ! 三人で入っても余裕そうね! それに周りの壁はガラスよ!」



 後輩ちゃんと桜先生の反響した声がどこからか聞こえてきた。


 パタパタ走り回る音が聞こえる。



「おぉー! ベッドが大きいです! ダーイブッ!」


「とりゃっ! テレビも大きいわね!」



 ボフッと二人分のベッドにダイブした音が聞こえてきた。



「おっ? なにこれ? 自販機?」


「売ってるものは…避妊具に下着にローションに大人のおもちゃ?」


「おぉ……初めて見た。………ラブホみたいだね、お姉ちゃん!」


「そうね、妹ちゃん!」


「「あはは!」」


「笑い事じゃない! 紛うことなきラブホだよ!」



 俺は呑気に笑う二人にツッコミを入れた。そして、思わず頭を抱える。


 ホテルの予約を任せてしまった後悔が襲ってくる。俺の馬鹿…。何故あの時俺は任せてしまったんだ…。まさかラブホテルを予約するとは…。


 後輩ちゃんと桜先生は、嘘だぁ、と信じていない様子だ。



「先輩。ラブホテルじゃありませんよ!」


「そうよ! ちゃんと妹ちゃんと確認したわ! カップルズホテルって!」


「カップルズホテルで検索してみろ……それはラブホテルの違う言い方だ」



 シーンと静かになった後輩ちゃんと桜先生は、顔を見合わせてサッとスマホを取り出し検索し始める。検索結果を見た二人は再び顔を見合わせハイタッチをする。


 なぜ今ハイタッチをしたんだっ!?



「ここがあの有名なラブホテルという場所だったなんて!」


「一度来てみたかったのよね!」


「「いえーい!」」



 ポンコツだ。ポンコツがここに二人もいる。


 くっ! 不味いことになった。傍から見たら、教師と生徒がラブホテルに泊まっているという非っ常に不味い状況だ。バレたらどうなるか…。


 それに、ラブホテルは18歳未満は入っちゃいけないんだぞ!



「もう来ちゃったし、楽しみましょう!」


「お姉ちゃんに賛成!」


「なんでノリノリなんだよ!」


「先輩? 何を慌てているんですか? ラブホテルもただのホテルじゃないですか」


「ホテルだけど! ホテルですけど!」



 何故二人は呑気に笑っていられる!? 何故俺の心の叫びは伝わらない!? ………あっ、言葉にしないと叫びは伝わらないよね? 当然だった。



「弟くん? いつもお姉ちゃんと妹ちゃんと一緒に住んでるじゃない。ただ部屋が変わっただけよ」


「あっ。そういえばそうだな。なんで俺は焦っていたんだろう?」



 何故か妙に納得してしまった。今まで焦っていた気持ちがどこかに吹き飛んでいく。


 そうだよな。同棲してるし、いつも同じベッドで寝ているから今更か。別に俺が何もしなければいいだけだよな? そうに違いない!


 あっさりと納得した俺は、寝転ぶ後輩ちゃんと桜先生に近づく。とても大きなベッドだ。


 後輩ちゃんがポフポフとベッドを叩く。



「先輩! フッカフカですよ!」


「それに跳ねるの! 弟くんも寝てみて!」


「よっしゃ! ダイブッ!」



 俺はベッドにダイブした。フカフカで良く跳ねる。とても楽しい。


 俺たち三人は、しばらくの間、ラブホテルのベッドでキャッキャッと遊ぶのだった。



 




 この時の俺は、すっかり二人に毒されていることに気づいていなかった…。



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