第215話 罰と後輩ちゃん
ピトッと冷たいものが額にくっつけられて俺はハッと我に返った。
冷たいお茶を持った後輩ちゃんが少し前屈みになり、悪戯っぽい笑顔を浮かべている。
「先輩? おはようございます」
「ひぃっ!?」
後輩ちゃんの笑顔で俺は今までのことを思い出した。この超絶綺麗で可愛い輝く笑顔の後輩ちゃんによって俺はお化け屋敷へと連れて行かれたのだ。
ここ何処!? お化け屋敷じゃないよね!?
お化け怖い! 骨怖い! びっくりするの嫌! 後輩ちゃん怖い!
ガクガクブルブル、ガクガクブルブル、ガクガクブルブル。
俺は思わずのけ反り、隣にあったとてもとても柔らかいものをギュッと抱きしめてしまう。ふわふわもちもちとした感触が気持ちいい。
「あぁんっ♡ もう、弟くんったら!」
「ね、姉さん!? ひぇっ!?」
俺が抱きついてしまったのは桜先生らしい。ちょっと照れて恥ずかしがっている。道理で柔らかいと思った。
でも、桜先生も俺をお化け屋敷に連れて行った張本人だ。後輩ちゃんの仲間だ。油断はできない。
怖いの嫌。絶対嫌。お化け嫌だ。怖いの嫌だ。骨は嫌だ。絶対嫌だ。
俺は桜先生から飛びのいて、ガルルルルと威嚇して警戒しながら周囲を確認する。
桜先生は俺が悲鳴を上げて勢いよく離れたことでショックを受けているらしい。ガビーンという擬音を幻視するくらいだ。
しかし、とある場所を見て顔が凍り付いた。俺も思わず桜先生の視線の先を追う。
視線の先には、後輩ちゃんが引き攣った顔で固まっていた。綺麗な瞳はどこか虚ろで、ガラス玉が割れてしまったような錯覚を感じる。
「………先輩に逃げられた……先輩に嫌われた……あはは…は…」
ヤバい! 後輩ちゃんの精神に罅が入っている! 早く何とかしないと心が壊れてしまう!
「違うぞ葉月! 俺は嫌っていないから! 葉月のことが好きだから! 大好きだから! 大丈夫だぞ!」
慌てて後輩ちゃんを抱きしめて、両手で頬を挟み込み、虚ろな瞳と至近距離で目を合わせる。焦点が合っていない瞳が俺を捉え、瞳の奥に微かな輝きが灯る。
「せん…ぱい…?」
「そうだ、俺だ! 大丈夫だからな! 俺は葉月のこと大好きだぞ!」
「じゃあ……抱きしめてください…」
「わかった」
弱々しい後輩ちゃんの声。ご要望通りギュッと抱きしめる。後輩ちゃんの身体は細くて柔らかくて良い香りがして温かかった。
「……頭を撫でてください」
「はいはい」
抱きしめたまま後輩ちゃんの頭を優しく撫でる。髪はサラサラでとても気持ちいい。ふわっと甘い香りが漂ってくる。
「キス………してください」
「んっ! これでいいか?」
後輩ちゃんの唇に優しいキスをそっと施す。しっとりと濡れていた唇はとても柔らかかった。唇をハムハムとしたくなったけど、今は我慢する。
顔が真っ赤になって、恥ずかしそうな後輩ちゃんが甘い声で囁いてくる。
「私とまたお化け屋敷に行きましょう?」
「はいは…………って、ちょっと待て! その手には乗らない! 俺は行かないぞ!」
「ちっ!」
後輩ちゃんが悪い顔をして舌打ちをした。
危ない危ない。思わず頷いてしまう所だった。油断も隙もないな。
いつの間にかいつもの後輩ちゃんに戻っている。もしかして、心が危なくなったのは演技か? 演技なのか!?
俺は梅雨の湿気よりもじっとりと濡れたジト目で後輩ちゃんを睨む。
「こ~は~いちゃ~ん? 今のは演技なのかなぁ~?」
バタバタと暴れて逃げ出そうとするが、俺に抱きしめられているため逃げることは不可能だ。残念だったな!
逃走を観念した後輩ちゃんが、はぁ、と息を吐いた。
「最初は違いますよ。本当に嫌われたと思ったんですから」
「それは……ごめん。でも、あれは後輩ちゃんも悪いだろ! 俺をあんな場所に連れて行くなんて! 後輩ちゃんのばか! あほ! 痴女! えーっと…超絶可愛い…は悪口じゃないな。大好き……も違う。えーっとえーっと……ばかぁ~!」
「先輩……語彙力語彙力。まだ幼児退行したままなんですか?」
うっさい! 後輩ちゃんの悪口を思いつかなかっただけなんだから!
後輩ちゃんの悪口って何かあったっけ? そもそも後輩ちゃんのことを悪く言おうと思ったことが無いからなぁ。
全然思いつかなかったから、話を戻すことにする。呆れている後輩ちゃんの瞳を覗き込む。
「それで? 後輩ちゃんはもう大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫ですよ。先輩にハグされたら復活しました。私、先輩にはチョロいので!」
「大丈夫ならいいけど……というか、俺があれくらいで葉月のことを嫌うわけないだろう?」
「そうなんですよね。私のことを好きすぎる先輩は嫌うわけありませんよね。私のバカ! あの時は先輩を揶揄う絶好のチャンスだったのに! 勿体ないことしました」
えぇー。そこ? 今気にするところそこ? まあ、後輩ちゃんらしいかな。
おっ! そうだ! 良いこと思いついた!
「後輩ちゃん。俺の後輩ちゃんへの想いを疑った罰を言い渡します」
「おっ。いいですねぇ。何でしょうか? 首輪ですかね?」
意外とノリノリの後輩ちゃんが楽しそうに瞳を輝かせた。でも、残念ながら首輪はありません。そんなハードなことは俺には無理です。
「一週間、俺からのキスは断れない、なんてどうだろう?」
「それだけでいいんですか? 私、断ったことありませんよ? 断るつもりもありませんよ。首輪のほうが良くないですか?」
確かに。後輩ちゃんは断ったことないな。俺も断ったことないけど。
そして、後輩ちゃん。いい加減首輪から離れてください! しませんから!
「じゃあ、一日一回、後輩ちゃんからキスするっていうのはどうだ?」
「うっ……それは………」
「はい決定! 楽しみだなぁ!」
罰という罰ではないが、こういうことしか思いつかなかったんです。後輩ちゃんは恥ずかしそうなだけで、嫌そうな顔はしていない。満更でもなさそうだ。
真っ赤な顔の後輩ちゃんがギュッと目を瞑って覚悟を決めた。そして、俺の唇にチュッとキスしてくる。
「きょ、今日の分のキスです!」
「そ、そうか。一週間楽しみにしてる」
「頑張ります」
後輩ちゃんの顔が赤い。俺の顔も熱い。絶対に真っ赤になっているはずだ。
俺たちは抱きしめ合い、至近距離で見つめ合いながらイチャイチャしていた。
この甘い香りと柔らかさと温もりが心地良い。後輩ちゃんの全てが愛おしい。
いつの間にか、お化け屋敷の恐怖も、連れ込まれた怒りもどこかに消え去っていた。
<おまけ>
「あっ! お姉ちゃん!」
「やべっ! 姉さんのことすっかり忘れてた」
「あぁ、いいのいいの。続けて続けて」
「……姉さん、ものすっごく顔をしかめているけど、どうしたんだ?」
「んっ? お茶を飲んだんだけど、間違えてお砂糖がドバっと入っていたみたいの。ものすっごく甘ったるくて……。弟くん、妹ちゃん。お姉ちゃんのことは気にしないでイチャイチャを続けてくださいな!」
流石に気にしないことはできなかったので、俺と後輩ちゃんはイチャイチャを止めました。
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