第213話 危険な猛獣の後輩ちゃん

 

 寒い親父ギャグをスルーされて、ムスッとしていた桜先生を何とかご機嫌を取り、立ち直らせた。


 本当に大変だった。何故か俺が桜先生と一緒に一週間お風呂に入ることになったけど。もちろん、水着で。なぜこうなった!?


 いろいろと問い詰めたいところだけど、一週間に一度は突撃されているから今更か。またご機嫌斜めになったら面倒だし、今は止めておこう。後で問い詰める。


 俺たち三人は猛獣エリアにたどり着いた。大型のネコ科の動物が檻の中でのっしのっしと悠然と歩き、時折吠え声や唸り声が聞こえてくる。


 後輩ちゃんと桜先生が瞳を輝かせて小走りで近づいていく。



「おぉー! ネコですよ、ネコ!」


「うわぁ~! 可愛いわ~!」


「そうだな…………って、野良猫かよ!」



 後輩ちゃんと桜先生が近づいていったのは、動物園に住み着いている野良猫らしい。人に慣れた猫は二人が至近距離に近づいても、呑気に寝そべって日向ぼっこしている。


 ちょっとふてぶてしい態度だ。尻尾が檻の中の猛獣たちを煽るようにぴょこぴょこ動いている。唸り声や吠え声も綺麗に無視している。


 キャーキャー黄色い歓声を上げながら、パシャパシャと写真を撮る二人に思わず呆れてしまう。



「そっちじゃなくて、檻の中のネコを見ろよ」


「えぇー!」


「この子も可愛いじゃない!」


「可愛いのは認めるけどさ」



 このちょっとぽっちゃりして、気持ちよさそうに身体を舐めているところが可愛い。癒されてしまう。


 でも、この猫、見覚えがあるんだけど。どこで見たんだろう?


 じーっと猫を見つめていた後輩ちゃんがボソッと呟いた。



「……この子、ちょっと先輩に似てますね」


「はぁっ!? どこがっ!?」


「妹ちゃん、どこら辺が?」



 俺は声を裏返して叫び、冷静な桜先生は興味津々で猫を眺める。


 後輩ちゃんは違う違う、と首を振る。



「私の超絶かっこいい彼氏の先輩じゃなくて、ニャンコ先輩です」



 あぁー。そっちか。


 ニャンコ先輩とは、俺が後輩ちゃんの誕生日にあげたぶちゃいくな猫のぬいぐるみだ。


 俺じゃなくてニャンコ先輩なら似ているな。このふてぶてしさが特に似ている。ぽっちゃりしたお腹も。実に触り心地が良さそう。


 ニャンコ先輩(仮)はのそっと起き上がった。ミニョ~ンと背伸びをすると、俺たちに向かって大きく欠伸をし、トコトコとどこかへ歩き去っていく。


 尻尾をユラユラさせてふてぶてしく歩く後ろ姿に何故か貫録を感じる。


 俺たちは手を振って見送り、しばらくニャンコ先輩(仮)が消えていった先を眺めていた。



「………なんかかっこよかったな」


「そうですね」


「我が道を行くって感じがしたわね」



 檻の中の猛獣の咆哮で俺たちは我に返った。どうやら俺たちをお呼びらしい。後輩ちゃんや桜先生のようにかまってあげますか。


 俺たちは檻の前に移動する。ガラス張りのスペースもあるようだ。中の様子がよく見える。


 檻の中には動物園の顔とも言えるライオンが鎮座していた。オスライオンは圧倒的な威厳と風格を漂わせて地面に寝そべり、尻尾でパタパタと地面を叩いている。メスライオンは数頭で固まり、歩き回っている。



「うわぁー。典型的なダメ男ですね」


「狩りはメスに任せることが多いんでしょ? ヒモね!」



 ウチの女性陣からの容赦ないコメント。俺だったら心に罅が入っていたかも。


 オスライオンに呆れの視線を向け、メスライオンたちに同情の眼差しを向けた二人が、じっと俺を見つめてくる。


 一体何を言われるんだろう? ちょっと怖いな。



「その点、ウチの先輩は働き者ですね。ヘタレですけど」


「むしろ、私たちがダメ女じゃないかしら? 弟くんに飼われているわね。弟くんはお姉ちゃんと妹ちゃんの飼い主よ! ヘタレだけど」


「私たち、首輪でもつけたほうがいいかな? 先輩に飼われてる、私のすべては先輩のモノって感じがしてちょっといいかも……」


「身も心も支配されているって感じもいいわね……」


「危険な考えを止めろ!」



 ゴッチーンと二人の頭に拳骨を落とす。くぉー、と頭を押さえて蹲り、痛みに悶えている二人を見下ろす。


 何という考えに至ってしまったんだ! マニアックすぎるわ! 流石の俺もドン引きです! まあ、ちょっといいかもって思ってしまったけどさ!


 別に誰もいない部屋の中だったらいくらでも言っていいんだが、ここは公共の場だ!


 ほら! 周囲の人がコソコソと囁き合っている!


 俺は無実ですから! 何もしていないから、その視線を止めて!


 蹲った後輩ちゃんと桜先生から恨みがましい声が聞こえてくる。



「………私は意外とМなんですから、いいじゃないですか」


「お姉ちゃんはどんなプレイも大歓迎よ」


「だから止めろって言ってるだろ!」



 再びゴッチーンと拳骨を落とす。ぐぉー、と頭を押さえて涙目になる二人。全く反省していない様子です。


 でも、少しだけ嬉しそうなのは気のせいだろうか? ………気のせいじゃなかった。二人は意外とМだった。ただのご褒美じゃん。


 はぁ、とため息をついた俺に、憐みの瞳をしたライオンたちが近寄ってきた。ガラスの前で座り込み、シャッターチャンスを作ってくれる。



「俺の味方はお前たちだけだよ」



 カメラをライオンたちに向けると、いつの間にか復活した後輩ちゃんが立ち上がる。



「先輩に特別サービスをしてあげましょう! にゃん♡」


「お姉ちゃんもニャンコのポーズ! にゃぉん♡」



 後輩ちゃんが手をネコの手にして、可愛らしく猫のポーズを取った。復活した桜先生も同じようなポーズを取る。


 萌えた。物凄く萌えた。俺の心臓ハートがズッキューンと撃ち抜かれた。


 何この可愛い生き物は!? ヤバい。鼻血が出そう!


 ドサドサッと地面に倒れる音が至る所で発生し、男性たちが鼻血を噴き出して昇天している。目はハートマークだ。


 超絶可愛い美少女と絶世の美女の計算されつくした可愛らしいポーズ。あざとさはなく、自然な可愛さと綺麗さと愛らしさに満ち溢れている。


 思わず写真を連写する。撮って撮って撮りまくる。全て永久保存しなければ!



「では、別バージョンです! がおっ♡」


「がるるるる♡」


「ぐはっ!?」



 思わず吐血してしまった。血を吐くほど可愛らしい。


 この二人は何者だ!? 天使か? 天使なのか!? それとも、女神? 美の女神か!?


 いや、俺の最愛の彼女と姉だったわ!


 俺はカメラマンと化し、あらゆる角度から二人を撮影した。時折、表情やポーズを変えてくれるから、その度に大量に写真を撮る。



「先輩! 今度は一緒に写りましょう!」


「ほらほら三人で!」


「お、おう!」



 スマホを自撮りモードにして、スタンバイしているライオンたちを背景に、身を寄せ合って写真を撮る。


 俺の隣に、可愛らしい猛獣が二匹陣取っている。甘い香りが心地良い。密着してきて、二人の柔らかさと温もりが伝わってくる。


 ちょっと興奮している俺には危険だ。猛獣二匹がいろんな意味で危険すぎる!



「じゃ、じゃあ、撮るぞ。はいチーズ!」


「「がおっ♡」」


「ぐはっ!?」



 超至近距離の二人の可愛らしいニャンコポーズは破壊力抜群だった。致命的な一撃。即死の攻撃だった。


 俺の心臓ハートが爆発し、盛大に吐血して倒れ伏したのは言うまでもない。


 ………………ニャンコの二人は超可愛くて危険でした……バタリ!


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