第212話 親父の美緒ちゃん先生

 

 お肉エリア……ではなく、馬とか羊とかのエリアを過ぎた俺たちは、今度は大型の動物がいるエリアへと来ていた。


 今目の前では、首を長くしたキリンがむしゃむしゃと葉っぱを食べていた。


 黒っぽい舌がミニョ~ンと伸びて、葉っぱを絡め取って食べている。


 俺と後輩ちゃんと桜先生の三人は、背が高いキリンを下から見上げる。



「おぉ! 舌が長いですねぇ」


「お鼻に簡単に届くわね」


「あぁー。時折、そういう特技を持った人がいるね。私はできないけど」


「お姉ちゃんもできません」



 舌をを懸命に伸ばして鼻に届くかどうかチャレンジした二人は、残念ながら失敗した。ちょっと落ち込んでいる気がする。でも、挑戦している間、舌がチロチロと動いていたのはとても可愛かった。


 二人がじーっと俺を見つめてくる。


 俺にやれと? 舌が鼻に届くかどうかやってみろと?


 心を読んだ二人がコクコクと可愛らしく頷いた。潤んだ瞳で上目遣い。おねだりポーズも追加される。


 二人に弱い俺はチャレンジしてみることにする。


 舌を伸ばして鼻に………届きませんでした!


 後輩ちゃんと桜先生がガックリと肩を落とした。



「先輩でもダメでしたか。ちょっと興味があったんですけど……」


「まあ、いいわ! 次に行きましょー!」



 あっさりと気を取り直して次の場所に移動する。次の場所にはカバがいた。


 丁度飼育員さんが掃除を行っており、身体を擦ったり、水をかけたりしている。


 カバがねだるように水に顔を向けて、飼育員さんがホースで水をかけてあげる。


 ガバーッと大きな口を開けて気持ちよさそうだ。


 俺たち三人はカバの前のフェンスに近づいて覗き込む。



「カバだな」


「カバです!」


「カバね!」



 突然、カバを眺めていた後輩ちゃんと桜先生が同時に俺の顔を見て、仲良く言葉を発する。



「「あっバカだ!」」


「うっさい!」



 俺を同時に罵倒してきた二人の頭にチョップを落として制裁する。


 ええ。そうですよ! 俺は馬鹿ですよ! 馬鹿ですいませんね!


 頭を押さえて呻き声を上げる二人が、どことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか? 気のせいだよね? 気のせいにしておこう。


 カバの掃除と歯磨きタイムが終わったのを見届けて、馬鹿な俺は二人と共に次の動物を見に行く。


 後輩ちゃんが俺をポンポン叩いて歓声を上げる。



「おぉ! 先輩先輩! サイですよ、サイ!」


「思ったより大きいなぁ」


「角がかっこいいわね!」



 のっしのっしと歩くサイに、俺たちは歓声を上げながら眺める。


 分厚い皮に尖った角。ごつごつしてかっこいい。でも、クリクリとした黒い瞳はちょっと可愛い。


 しばらく写真を撮ったり、愛でていたけれど、そろそろお別れの時間だ。



「じゃあな」


「また会いましょう!」


さい●●なら!」



 名残惜しそうにサイに向かって手を振る後輩ちゃんと桜先生。


 今一瞬、桜先生の口から親父ギャグが飛び出した気がするが…気のせいだろう! 俺の聞き間違いだ!


 可愛い瞳のサイと別れて、お隣の動物へと向かう。


 お隣はサイと似たような分厚い皮を持つ大きな動物だった。鼻がとても長い動物だ。



「ゾウだ!」


「ゾウです!」


「ゾウだぞう●●!」



 うん。今のは聞かなかったことにしよう。桜先生の言葉は聞こえなかった。聞こえなかったのだ!


 鼻で器用に食べ物を取って食べるゾウで癒される。とても可愛い。


 桜先生がゾウの説明の看板を指さしてはしゃぎ始める。



「見て見て! このゾウは寄されたんですって! ゾウの銅もあっちにあるそうよ!」


「へぇーそうなんだぁ」


「知らなかったー」



 棒読み口調の俺と後輩ちゃんに、桜先生がムスッとした顔を向ける。頬がぷくーっと膨らんでいる。


 三十歳の大人なのに、見た目が若いからとても似合っている。可愛い。



「寄されたゾウなのよ! ゾウの銅!」


「………やっぱりわざと言ってたんだ」


「お姉ちゃんの素かと思ってましたね…」


「むぅ! 気づいていたのなら何か反応してよ! 滑ったみたいじゃない!」



 その通り! 滑ってたんですよ! 俺と後輩ちゃんの気まずい空気を察して!


 まさか突然親父ギャグを言い出すとは思わないじゃないか! あの桜先生だぞ! 年上だけどポンコツ臭が漂い、ダメダメな妹感がする桜先生だよ! そんなギャグと言うとは………いや、よく考えたらあり得るな。普通に言いそうだ。というか、今言ったな。


 ごめん桜先生! 俺の認識が間違ってた! 桜先生は親父ギャグを言う人だよ!



「サイにさい●●ならって言ったのも?」


「「気づいてた」」


「なんで反応してくれないの! お姉ちゃん怒っちゃいます!」



 腰に両手を当て、ぷくーっと頬を膨らませて怒っていますアピールをしている桜先生。怒りは全然感じない。構ってオーラしか感じないかまってちゃんだ。ただ可愛くて和むだけだ。


 俺と後輩ちゃんは顔を見合わせ、しょうがないなぁ、と頷き合う。



「次からはちゃんと反応するから」


「お姉ちゃん、機嫌直して」


「むぅ! 約束よ。次無視したら本当に怒っちゃいます!」



 叱りつけるような顔を桜先生は頑張って作ろうしているが、見事に失敗している。構ってくれたことが嬉しくて、頬が緩んでニッコニッコしている。


 実にわかりやすい。



「でも、お姉ちゃん。寒い洒落は……」


「止めなしゃれ●●●


「「………」」


「ちょっと! 反応してよ! 約束したじゃない!」



 いや、今のはちょっと…。言うと思ったけどさ。


 というか、後輩ちゃん? 桜先生が言うように誘導したよね? なのに無言って酷いと思うよ?


 今のは桜先生じゃなくて後輩ちゃんが悪い。



「さぁ~て! 次の動物のところへ行こうか!」


「そうですね! レッツゴーです!」



 俺と後輩ちゃんはムスッとしている桜先生の両腕を掴むと、引きずって歩き出す。


 桜先生のダジャレには反応しない。流石に何を言ったらいいのか思いつかなかった。


 両サイドを掴まれた桜先生が駄々っ子のように暴れ出す。



「弟くぅ~ん! 妹ちゃ~ん! 何か反応してよぉ~!」



 親父ギャグを連発したかまってちゃんの拗ねた声が、俺たちに無視され、風に乗ってゆっくりと消えていく。


 それを動物たちだけが聞き取っていた。

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