第211話 ポンコツの肉食獣の美緒ちゃん先生と後輩ちゃん

 

 少し休憩した後、再び動物園の中を探索し始めた。


 まだ少し頬が赤い後輩ちゃんと桜先生が俺の腕に抱きつき、綺麗な瞳を輝かせている。


 周りからの嫉妬と殺意の視線が凄い。ライオンよりも鋭いかもしれない。


 俺たちは当然無視しながら、動物たちを可愛がる。


 白くてモコモコの動物がたくさん群がる柵の前に来た。


 後輩ちゃんと桜先生が瞳を輝かせ、俺の腕をクイクイっと引っ張りながら、楽しげに歓声を上げる。



「おぉ! もっふもふの羊さん!」


「可愛いわね!」


『メェ~!』



 羊も二人に返事をするように可愛らしく鳴き始めた。


 トテトテと近寄ってくる白い羊たちを眺め、二人が涎を流す。


 んっ? 涎を流す?



「………羊肉」


「………ジンギスカン」


「「じゅるり」」


『メ、メェッ!?』



 涎を垂れ流す肉食獣の気配を感じたのか、羊たちが一斉に後輩ちゃんと桜先生をバッと見上げ、驚いた声を上げた。


 人間に例えるなら『えっ? 嘘でしょっ!?』みたいな驚愕の声だった。


 羊ってあんな声を出すんだなぁ。知らなかった。


 さて、食欲旺盛なポンコツ姉妹のお二人さん? 涎を拭って次の動物の場所へ行きましょうか。流石に次は食に結び付けないはず。



「山羊です!」


「山羊ね!」


『ンメェエェ!』


「………山羊の乳で出来たチーズ」


「………山羊汁もいいかも」


『ンメェエッ!?』



 さ、さぁーて! 驚いて声を上げた山羊さんから離れて、次へ行こうか!


 俺は二人を引っ張って、次の動物のところに案内する。



「おぉー! ニワトリです!」


「あっ! 卵もあるわ!」


『コケーッ!』


「………焼き鳥」


「………温泉卵」


『コ、コケッ!?』



 次だ次! 次は大丈夫のはず! 俺は二人を引っ張る。



「おぉー! 雌ブタさんです!」


「雌ブタね!」


「何故ブタの前に雌を付けるんだ…」


『ブヒィ…』



 呆れた声の俺に、哀愁漂う豚が返事をしてくれた。お前も大変だなぁ。


 そして、俺のお隣には食べ物にしか興味がない残念な肉食獣の姉妹がいる。捕食者の瞳でじっと豚を見つめている。



「………豚の生姜焼き」


「………豚の角煮」


『ブ、ブヒィッ!?』



 俺はこの二人を連れて行くから、お前も頑張れよ。


 密かに心の中で豚にエールを送り、二人をその場から遠ざける。


 今度は……馬だ! 乗馬体験もあるらしい。隣は鹿だ。これなら大丈夫のはず!



「おぉー! 馬です!」


「お隣は鹿ね!」


「馬と鹿ですよ、先輩!」


「馬と鹿よ、弟くん!」



 俺の腕をクイクイって引っ張ってはしゃぐ二人を見ていて癒されるけど、それは暗に俺を馬鹿にしているということでよろしいか? 馬と鹿な俺。馬鹿ってことだよな?


 喧嘩を売っているのか? 買ってやるぞ?


 瞳に暗い炎を宿して二人にジト目を送っていたら、後輩ちゃんが得意げに胸を張った。平均より大きな胸がポヨンと跳ねる。



「ちなみに、馬と鹿でヘタレと読みますよ、馬鹿ヘタレ先輩!」


「そうですかそうですか。後輩ちゃんは戦争がお望みか! どうせ俺は馬鹿でヘタレですよ! 覚悟しろ!」


「きゃー!」



 楽しげな悲鳴を上げた後輩ちゃんを抱きしめ、くるくると回り、至近距離で見つめて、後輩ちゃんの可愛らしい唇に軽くキスをした。


 真っ赤になりつつも嬉しそうな後輩ちゃんと見つめ合い、おでことおでこをくっつけ、鼻と鼻をスリスリする。


 後輩ちゃんの身体はしなやかで柔らかい。心地良い甘い香りを思いっきり吸い込み、熱い吐息がくすぐったい。


 軽く唇を突き出し、チュッとキスしてきたので、俺もチュッとキスを返した。


 そのまま俺たちは超至近距離で微笑み合う。



「………本当に二人はバカップルね。あなたたちもそう思わないかしら? お馬さんと鹿さん?」



 一人残された桜先生が、いちゃつく俺たちを呆れと羨望の眼差しで見つめ、近寄ってきた馬と鹿に話しかけている。


 ごめんごめん。ほんの少しだけどすっかり忘れていました。後輩ちゃんしか見えていなくてごめんなさい。


 俺と後輩ちゃんはゆっくりと離れた。ちょっと名残惜しい。


 桜先生も俺の腕に抱きついてきて、三人で馬と鹿を眺める。



「馬と鹿だな」


「馬と鹿ですね」


「馬鹿ね」


「姉さん。繋げるのは止めようか」


「はーい」



 うむ。素直なお返事ですね!


 近寄ってくる馬と鹿をじーっと眺めていると、食欲旺盛なポンコツの肉食獣の姉妹が良からぬことを言い始める。



「………桜肉」


「………こっちは紅葉ね」



 じゅるりと垂れそうな涎を拭う肉食獣の二人。ビクッと震えた馬と鹿が走って逃げていく。後輩ちゃんと桜先生から一番離れたところで、ガクガクブルブルと身を寄せ合って震えている。


 本当にこの二人がごめんなさい。二人は連れて行くのでゆっくりとしてください。


 涎を拭っている二人の腕を掴み、引きずってその場から離れる。


 そして、向かった先にいた動物は………。



「イノシシ!」


「牡丹!」


「「牡丹鍋!」」


「その考え方を止めろ! 何でも肉に結び付けるな!」



 俺は二人の頭にチョップを落とす。ゴンッとチョップではない音が響き、後輩ちゃんと桜先生が痛みで蹲って悶えている。



「くわぁー! 痛いです~!」


「弟くんの愛が痛いわ~! おろっ? こういうプレイだと思えば痛くない…? むしろ気持ちいいかも……?」


「あっ! その手が…」


「ないわっ! 変なこと考えるな! このポンコツ姉妹!」



 再び二人の頭にチョップを落とす。更なる痛みに、二人が頭を押さえて悶え苦しむ。


 まったく! この二人は超絶美少女と絶世の美女なのに、なぜこんなに残念でポンコツなのだろうか? 可愛いけれども!


 俺は二人を引きずって歩く。引きずられた後輩ちゃんが元気よく手を挙げた。



「はいはーい! 今日の夕食は焼き肉がいいでーす!」


「お姉ちゃんも賛成でーす! 多数決の結果、焼き肉に決定しました!」


「………動物園に来て焼き肉食べたいってよく思えるよな。尊敬するよ」


「「どやぁ!」」


「くそう! ムカつくくらい可愛い!」



 勝手に行われた多数決の結果、夕食は焼き肉に決まったそうです。


 俺、ちゃんと肉を食べることができるかな? 野菜ばかり食べそうなんだけど…。


 夕食のことは出来るだけ考えないようにして、二人を引きずりながら動物園の散策を続けていくのだった。


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