第210話 猿と後輩ちゃん
俺たち三人は動物園に遊びに来ていた。少し早く着いてしまったため、車の中でゴロゴロとして、ようやく園内に入場した。
多くの家族連れでにぎわっている。カップルも多いようだ。
その中で一段と目立っているのが俺たちだ。いや正確に言えば、超絶美少女の後輩ちゃんと絶世の美女の桜先生が目立っている。
家族連れのお父さんや、カップルの彼氏が二人に見惚れて固まり、パートナーの女性に殴られている。女性の右フックが素晴らしい。捻りのきいたフックが男性の鳩尾に突き刺さっている。世界を狙える拳だ。実に素晴らしい。
元凶である後輩ちゃんと桜先生は周囲を一切気にせず、俺の腕をつかんで綺麗な瞳を輝かせている。
テンションが上がった二人が、俺の腕を引っ張る。
「先輩先輩! 動物がたくさんいますよ!」
「そりゃあ、動物園だからな」
「弟くん妹ちゃん! あっちにお猿さんがいる!」
「行きましょう!」
「レッツゴー!」
俺は苦笑しながら、引っ張って急かす二人について行く。
到着したエリアには沢山の種類の猿がいた。ウキー! キキッ! と騒ぎ声を上げている。
「おぉー! 猿ですよ猿! ウッキー!」
「猿ね! ウッキッキー!」
後輩ちゃんと桜先生が泣き真似した途端、オス猿が一斉に振り向き、二人を見て動きを止めた。ボーっと二人を見つめている。
見つめられた後輩ちゃんと桜先生がキョトンと首をかしげる。
「あれっ? どうしたんだろ?」
「お猿さんが固まっちゃったわね」
オス猿たちは動かない。目がハートマークになっている気がする。
猿まで惚れさせる二人の美貌。流石魔性の女。恐るべし。
人間も猿もほとんど変わらないらしい。固まったオス猿をメス猿たちがぶっ叩いて正気に戻す。
メス猿に叩かれて復活したオス猿たちが、二人に向かって熱烈な求愛行動を始める。ギャーギャーとうるさい。
ビクッと何やら嫌な予感を感じた二人が、ササッと俺の背後に隠れた。
「な、なんか嫌な感じがしました」
「身体を舐めるように見られた気がするわ」
「先輩になら大歓迎なんですけど」
「他のオスは生理的に無理ね」
あの~? オスって言うのは止めませんかね? 卑猥に聞こえるのは俺だけ?
当然、二人の盾にされた俺にオス猿の視線が集まる。
ふふんっとドヤ顔をしてやったら、猿たちから歯を剥いて威嚇され、檻をガンガンと叩かれた。ちょっと怖い。
「おぉー。オス同士の戦いですね」
「やめて! 私たちのために争わないで!」
「あっ! それ私が言いたかったセリフ!」
「早い者勝ちよ!」
背後の女性二人は楽しそうだ。キャッキャッとはしゃいでいる。
そして、じーっと俺に視線を向けてくる。俺は思わずたじろいだ。
「えーっと? どうした?」
「ほらほら先輩! ここはあの発情したオス猿たちに、私の彼氏だということをアピールしてくださいよ!」
「弟くんのかっこいいところが見たいわ!」
「二人は俺の女だってアピールをしろと? 猿に?」
相手は猿だぞ? アピールしても意味ないと思うけど。檻から出られないし。
二人に欲望の眼差しを向けている猿たちが気に入らない気持ちもある。二人にそんな視線を向けて欲しくない。見てもいいのは俺だけだ。ちょっとした独占欲。
猿相手にもこんな気持ちを抱くのは俺の心が狭いからかな?
独占欲が強すぎて嫌われそうだなぁと思い、チラッと二人を見たら、何やら頬を染めてくねくねと奇妙な動きをしていた。
「お、俺の女……私は先輩の女……うへへ…」
「お、俺の女……お姉ちゃんは弟くんの女……うふふ…」
「おーい! どうしたんだー?」
「はっ!? べ、別に何も! 俺の女って言われて嬉しくなったりしていません! まあ、ちょっと嬉しくなったかもしれないかもしれないですけど!」
「ふぇっ!? 俺の女って言われてウキウキになってなんかいないわよ! 愛情がぶわ~って溢れて、今すぐに弟くんにキスをしてハグをしていろんなことをしたいなんて思ってないわよ! 思ったりなんかしてないんだからね!」
二人の言葉がおかしくなっている。動揺しすぎ。
ふむふむ。そういうことを思っていたのか。
この二人に独占欲を抱いてるって言ったら、もっと喜びそうだな。だから言わないでおこう。
今は公共の場所だ。周りの人に配慮しなければ。ただでさえ男性に嫉妬の舌打ちをされているからな。これ以上のことが起こったら俺が殺されそうだ。殺人事件が勃発してしまう。
さてさて。そろそろギャーギャー威嚇しているオス猿たちを黙らせましょうか。
俺の後輩ちゃんと桜先生に厭らしい視線を向けるんじゃない!
普段は抑え込んで隠している覇気を一瞬だけ放出する。瞳に力を込めてオス猿を睨みつける。それだけでどちらが立場が上かわかるだろう。
あれほど騒いでいた猿たちがシーンと黙り込んだ。
近くにいた女性二人から小さな悲鳴が上がる。
「ひゃっ!?」
「はぅっ!?」
後輩ちゃんと桜先生がぎゅっとしがみついてきた。脚がガクガクと震えて力が入っていない。
俺は慌てて二人の腰に手を回して支えた。
「だ、大丈夫か!?」
二人は顔を真っ赤にさせ、瞳を潤ませながらフルフルと小さく首を横に振る。
俺に縋りつき、クンクンと匂いを嗅いでいる。吐息は熱くて荒く、今にも首などにキスしてきそうだ。
静かだった檻の中から騒ぎ声が聞こえてくる。また猿たちが暴れ出したようだ。
ガクガクしている後輩ちゃんがキッと檻の中を睨みつける。
「ちっ! 盛ったメス猿たちめ!」
「弟くんは渡さないわよ!」
桜先生も俺の身体をむぎゅっと抱きしめ、珍しく鋭い瞳で檻の中を睨んでいる。
二人の胸の柔らかさが気持ちよく、甘い香りが鼻腔を満たしていく。
後輩ちゃんと桜先生が潤んだ瞳で上目遣いをしてくる。
「先輩。ここから離れてちょっと休憩しましょう」
「ちょっと力が抜けちゃいそうなの」
「わかった。しっかり掴まってろよ」
俺は二人を支えながら、ギャーギャーと騒ぐ猿たちに背を向けて、ゆっくりと歩き出す。
周りから男性たちの嫉妬の嵐が吹き荒れているけれど、そんなものは無視だ! 今はそんなことを気にしている余裕はない!
動物園に入場したばかりの俺たちは、近くにあったベンチでしばらく休憩するのだった。
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