第206話 出発の朝と後輩ちゃん

 

 突然、顔がペチペチと叩かれた。夢を見ていた俺は、急速に覚醒する。


 何か夢を見ていた気がするが、もう記憶に残っていない。名残惜しさを感じながらも、ゆっくりと目を開けた。


 瞼が重い。眠すぎて頭がボーっとする。


 まだ薄暗い寝室。寝起きでぼんやりとする視界の中に、綺麗な瞳が二人分、俺の顔を至近距離で覗き込んでいた。



「うぉわぉっ!?」


「ぎゃっ!?」


「ひょえっ!?」



 ホラーが苦手な俺は思わず幽霊かと思い驚きの声を上げてしまった。その声に驚く二人の幽霊、もとい後輩ちゃんと桜先生。


 びっくりして心臓がバクバクしている。眠気も吹っ飛んでしまった。



「後輩ちゃんと姉さんか。びっくりしたぁ」


「びっくりしたのはこっちです!」


「心臓がバクバクしてるわ。ほら、弟くんも感じてみて!」



 俺の手が桜先生によって誘導され、何やら柔らかいものを揉みしだく。マシュマロのように柔らかく、張りがある気持ちの良い揉み心地。ずっと揉んでいたくなる。


 桜先生の巨乳だということに気づいたのは、桜先生が嬌声を上げ始めてからだ。



「あんっ♡ やぁんっ♡ 弟くんったら朝から積極的ぃ~!」


「うゎっ!? ご、ごめんっ! って、手が離れない! 姉さん、俺の手を離せ!」


「いやぁんっ♡」



 俺の手を掴んで自分の胸に押し付け、嬌声で誤魔化そうとした桜先生。俺は反対の手を挙げ、無言でポンコツの姉に向かってチョップを落とす。


 ゴンっというチョップではない音がした。



「くぅおー! ったーい! 弟くんの愛が痛いわー!」


「朝から盛っている姉さんが悪い!」


「およっ? 先輩も元気いっぱいじゃないですか!」


「コラ見るな!」



 後輩ちゃんが俺の股をじーっと見つめていたので、慌てて隠した。


 これは朝の生理現象です! 男なら仕方がないことなのです! 結構大変なんだぞ!


 ニヤニヤと欲深い笑みを浮かべた後輩ちゃんが、ソロソロと俺の股に手を伸ばし始める。



「私、頑張りましょうか?」


「頑張らなくていい!」



 俺の敏感なところに伸びていた手をガシッと掴んで拘束する。


 なんで二人は朝から元気なのだろう? 今日は休日だよ?


 俺、朝から血圧が急激に上がった気がする。血圧大丈夫かな? 今から不安だ。



「って、今何時だ?」



 キョロキョロと時計を探すが、部屋の中が暗くてよく見えない。というか、暗い? 何故だ?


 チョップの痛みで頭をナデナデしている桜先生が、近くに置いていた電波時計のライトをつける。



「じゃじゃーん! 朝の三時半でございます!」


「夜中じゃねーか!」



 朝の三時半!? 道理で真っ暗だと思ったよ!


 休日の朝が弱い二人が何故この時間に起きている!? 何かの前触れかっ!? 地震? 地震が起きるのか!?



「………何やら先輩が失礼なことを考えている気がします」


「気がします」


「「じとーっ!」」



 二人のじっとりとしたジト目が襲ってくるが、頭を撫でることで誤魔化す。


 後輩ちゃんと桜先生は幸せそうに顔が緩んだ。まるで子猫と子犬のよう。とても可愛い。


 でも、何故二人はこんな朝早くに起きているのだろう?


 わからないので聞いてみる。



「なあ? なんでこんなに早起きなんだ?」


「今日から私たち三人で旅行に行くのです! 家族旅行なのです!」


「なのです! だから、楽しみすぎて早く起きちゃった!」



 えへへ、と照れた様子で笑った二人があまりにも可愛かったので、もっとナデナデしてあげる。二人は、俺の手にスリスリと擦り寄ってきた。本当に小動物みたい。


 昨日の夜も俺に抱きついてクンクンと匂いを嗅いだと思ったら、コテンと寝てしまったのになぁ。だから、早く起きたのだろうか? 楽しみすぎて寝られない人じゃなくて、逆に早起きする人なのか?


 よく見れば二人はもうパジャマから外出着に着替えている。


 一体何時に起きたんだ? あっ。床に二人が脱いだパジャマが散乱している。後で拾っておかないと。



「先輩!」


「早く行こ!」


「早すぎるだろ……。もうちょっと待ってくれ……」


「「えぇー!」」



 ムスッとしている仲いい姉妹。行こうよ行こうよ、と俺の身体を揺すってくる。


 ユラユラされて、ちょっと気分が悪くなってきた。お願いだからもう止めて!



「わかった! わかったから!」


「「やったー!」」



 ハイタッチして喜ぶ二人。朝からテンションが高い。


 俺も完全に目が覚めてしまっているし、起きるしかないか。


 両手を上げて伸びをする。寝起きに背伸びはちょっと気持ちいい。



「………おぉ! 先輩の先輩がせんぱぁ~い! したままです!」


「弟くんの弟くんが弟くぅ~ん! しているわね!」


「だから見るな! 痴女姉妹!」



 慌てて股を隠す。二人の視線は俺の股に釘付けだ。



「私は痴女じゃありません!」


「お姉ちゃんは痴女じゃないわ!」


「「処女です! ヴァージンです! 生娘です!」」


「あーはいはい。知ってますよー」



 もうちょっと性欲を抑えてくれませんかね? まあ、エロいのはそれはそれで可愛いけど。


 適当に答えたのがいけなかったみたいだ。二人がムスッとした顔になる。



「むぅ! こうなったら襲ってやります! 処女には処女の意地ってものがあるのです!」


「妹ちゃん、加勢するわ! 処女の意地を見せてあげましょう! それっ!」


「ちょっ!? やめっ!? ズボンを脱がそうとするな! パンツも脱げる!」


「脱がせているんです! 大人しくしてください!」


「よいではないか~! よいではないか~!」


「私、頑張りますから! 先輩はただ横になっていればいいのです!」


「止めろ~! 朝だから! もう朝だから!」


「まだ暗いですよ~! それそれ~!」


「うわぁあああああああああああああああああああ!」



 旅行に出発する日の早朝は、とてもとても騒がしかった。


 その後、どうなったのかは黙秘する。


 うぅ……お婿に行けない…グスン。


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