第202話 文化祭のメニュー決めと後輩ちゃん

 

 今日の授業の最後の時間はLHRロングホームルームの時間だった。内容は話し合い。


 先日、クラスで行われた文化祭の出し物を文化祭実行委員が生徒会に提出。その後、生徒会主催で全クラスの出し物の話し合いが行われ、その結果が今日発表されるのだ。


 結果を知っている実行委員が神妙な顔で教壇に立つ。そして、手に持った紙を、まるで裁判所の判決が決定したときのように、バッと広げた。


 書かれていた文字は『勝訴!』。いやいや、訴えていないでしょ!



「みんな喜べ! 男装女装コスプレをしたお化け屋敷喫茶……長いからごちゃ混ぜ喫茶にしよう……ごちゃ混ぜ喫茶に決定したぞ! はい、拍手!」



 ぱちぱち~、と女子たちからの拍手喝采が行われる。男子たちもノリで拍手し、俺は渋々拍手をした。


 よりにもよってお化け屋敷要素を取り入れたものが採用されるとは……俺、文化祭休んでいいかな?


 お隣の席の後輩ちゃんがニヤッと微笑んで顔を覗き込んできた。



「せんぱぁ~い! 良かったですねぇ~! お化け屋敷ですよお化け屋敷!」


「俺行かない。文化祭行かない」


「大丈夫です! 私が先輩を縛って引っ張ってでも連れて行きますから!」


「お願いします! 休ませてください! 何でもしますから!」


「………今、何でもするって言いましたか?」



 後輩ちゃんの綺麗な瞳がキラーンと光った。


 俺は口走ったことに後悔を覚えたが、文化祭を休むためなら何でもしてやる!



「ああ、言ったぞ。何でもしてやる」



 そう断言した途端、俺の直感が大音量で警報を鳴らし始める。猛烈に危機が迫っていることを告げている。


 これは早まってしまったか? 後悔が襲ってくる。


 後輩ちゃんがニヤリと微笑んだ。



「では先輩! 文化祭の日は私とデートしましょう! ごちゃ混ぜ喫茶で!」


「嫌だぁー! それだけは嫌だぁー! 結局休めないじゃないかぁー!」


「何でもするって言ったじゃないですか! 先輩、デートしましょ♡」


「うぎゃぁぁあああああああああああああああああ!」


「そこのバカップル! いい加減にイチャイチャを止めないと、文化祭の間ずっとシフトを入れてやるぞ!」


「「申し訳ございませんでした!」」



 俺と後輩ちゃんは思わず立ち上がって、実行委員の女子に頭深々とを下げる。


 よろしい、と許されたので、俺たちは大人しく椅子に座る。


 クラスメイト達からの視線が痛い。女子たちは、やれやれ、という感じで、男子たちはいつも通り俺を殺しそうな瞳だ。


 実行委員の女子がパンパンと手を叩く。



「では、ごちゃ混ぜ喫茶では何を販売しますか? はい! いちゃついていた颯くん!」


「えっ? 俺?」



 手を挙げてもいないのに指名された。実行委員の女子はコクコクと頷いている。


 クラス全員の視線が集まったので、俺は仕方なく立ちあがって意見を述べる。



「まず、生ものは止めたほうがいいと思います」


「その理由は?」


「いや、普通に食中毒が怖いだろ。生ものだったら注文を受けて作る可能性もあるから、忙しくなってみんなの自由時間が少なくなるぞ」


「はい、生ものは私の権限で却下しまーす!」



 実行委員の女子が黒板にデカデカと『生もの×バツ』と書く。勝手に決めていいのかと思ったが、周りは賛成だと深く頷いていた。



「はい、次の意見をどーぞ!」


「えっ? まだ俺? えーっと、無難にクッキーはどうかなぁ? 飲み物はジュース、紅茶、緑茶、コーヒーあたりで」


「ふむふむ」



 俺の言ったことが黒板に書かれていく。クラスメイトも、うんうん、と頷いている。


 座ってよーし!、とお声を頂いたので、椅子に座ってホッとする。お隣の後輩ちゃんが、お疲れ様です、と微笑んでくれた。それだけで俺の心が癒される。



「何か意見がある人!」


「はいはーい! ねえ、颯君! メレンゲクッキーって作ることは可能?」



 手を挙げた女子が何故か俺に問いかけてくる。何故俺?って思ったけど、質問されたからには答えるしかない。



「可能だな。クッキー系だったら文化祭前に作っておけばいいから」


「ありがと! じゃあ、メレンゲクッキーを提案しまーす!」


「ほいほい。メレンゲクッキーね」



 黒板のクッキーの横にメレンゲクッキーと書かれる。



「ほい、次の人」


「はーい!」



 お隣の後輩ちゃんが元気よく手を挙げた。



「はい、颯の嫁! どうぞ!」



 実行委員の女子に嫁と言われて後輩ちゃんは、顔を爆発的に真っ赤にさせた。あぅあぅ…と恥ずかしがり、助けを求めて俺を見つめてくる。


 とても可愛かったけれど、俺は後輩ちゃんを助けることができない。何故なら俺も恥ずかしくて顔が真っ赤だからだ! 顔が熱い!


 男子たちが舌打ちし、女子たちから羨望のため息が出る。


 あわわ、と慌てた後輩ちゃんは、コホンと咳払いすると、真っ赤な顔のまま俺に問いかけてきた。



「先輩。スコーンって作れますよね?」



 だからなんで俺に聞く!? 答えるけれども!



「作れるな。これも前日に作っておける」


「チョコが入っていたりいろいろと工夫できますよね?」


「出来るな。ジャムを変えるだけでもいい」


「というわけで、私が先輩のスコーンを食べたいのでスコーンを提案します! クッキーも食べたいですけど!」


「後輩ちゃんの欲求かよ!?」



 思わず俺はツッコみを入れてしまう。普通に言ってくれれば家で作るのに。


 クラスメイト達も呆れるかと思いきや、ゴクリと唾を飲み込んで熱望の眼差しを向けてくる。


 一体どうしたんだ!? まるで獲物を狙う肉食獣みたいなんだけど!?


 コホン、と実行委員の女子が冷静に咳払いをした。でも、瞳が欲望で血走っている。



「颯の作ったクッキーとメレンゲクッキーとスコーンを食べたい人!」


「「「はーい!」」」



 女子全員と、何故か男子もほとんど全員が手を挙げる。挙げていないのは俺だけだ。



「賛成多数で可決! メニューはこの三つにしまーす!」


「おい!」


「颯く~ん! 黙らないとお化け屋敷仕様の喫茶店で一日中シフトさせちゃうぞっ♡」


「黙らせていただきます!」



 実行委員の女子による可愛らしいウィンクと同時に脅迫された俺は、直立不動で立ちあがり、机に頭をぶつけるくらい深々と頭を下げるのだった。

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