第197話 家族計画と後輩ちゃん
今日は今から桜先生による二度目の性教育の授業だ。
教室中が賑やかだ。特に男子たちが心待ちにしているのがよくわかる。
ドアがガラガラと開き、授業の教材を持った桜先生と体育委員が入ってきた。
丁度授業開始のチャイムが鳴り始める。
「はーい! 授業を始めるわよー!」
起立して挨拶をしてから授業が始まる。
普段はポンコツの姉が教壇に立ってクールに授業を行っている。
「今日は家族計画の授業を行います。まずは二人でペアを作って欲しいんだけど、お隣さんでいいわね。では、お隣さんがペアです。そこは女子同士でいいから! 問題ないわ」
ウチのクラスは女子が少し多いから、どうやっても女子同士のペアができてしまう。仕方がない。
俺はペアになるお隣の女子に視線を向ける。いつも通り可愛らしい笑顔でニコッと微笑んだ。
「よろしくお願いしますね! 先輩!」
「よろしくな、後輩ちゃん」
そう。お隣は後輩ちゃんなのだ。席替えが何度もあったにもかかわらず、毎回毎回お隣は後輩ちゃんになる。もう運命みたいだ。
誰かの意図的な操作かと思ったが、誰も何もしていないらしい。もちろん俺は何もしてないし、後輩ちゃんも関与していない。
一回不正を疑われ、くじを引き直したが、再び後輩ちゃんが隣になったこともある。十回ほどやり直して全てお隣が後輩ちゃんになった。
運命じゃなくて、もはや呪いだと恐れられ、クラスメイトにドン引きされたのは言うまでもない。
何故か後輩ちゃんのヤンデレ疑惑も持ち上がったけど、後輩ちゃんがにっこり微笑むと瞬く間に話が消えていった。
というわけで、俺はお隣の後輩ちゃんとペアを組む。
無事にペアができたのを確認して、桜先生が説明を続ける。
「じゃあ、五ペア、十人くらいで机をくっつけてください。そして、今日は『一生ゲーム』で遊びながら家族計画についてお勉強していきましょー! あっ、人生じゃないからね。『一生ゲーム』だから間違えないで! これは保健体育の教材のゲームだから! 内容はほとんど同じだけど」
人生のほうのゲームは大人気ゲームだからな。でも、内容がほとんど同じなのは大丈夫なのだろうか?
俺たちは机を合わせ『一生ゲーム』の準備を行う。
「このゲームはスゴロクなんだけど、二人ペアになってスタートします! カップルね。そして、マスの内容がとてもリアルだから喧嘩しないようにね。じゃあ、後は自由に進めてくださーい! 立ち上がるのもよし! お喋りもよし! 楽しんで社会の厳しさを学んでね!」
何だ最後の不穏な言葉は! ちょっと怖くなったんだけど!
まあいいや。楽しくゲームで遊びながら学んでいこう。
教室が楽しげな声でいっぱいになる。
まずは、ルーレットを三回回して自分の職業を決めるのか。俺は通訳か。
「先輩は通訳ですね! 先輩は言語得意ですもんね。ぴったりです!」
「後輩ちゃんは何だったんだ?」
「秘書です!」
ピシッとスーツを着込んだ秘書の後輩ちゃん……悪くない。
思わず変なことを考えてしまったが、後輩ちゃんにすぐに勘付かれる。
「あぁ~! 今想像しましたね? スーツ姿の超絶可愛い有能な秘書の私を想像しましたね!」
「うぐっ!」
「どうですかぁ~? どう思いましたかぁ~? 先輩の妄想の中の私はメガネをかけていましたか?」
「………………かけていました」
「似合っていると思いましたか?」
「………………思いました」
「そうですかそうですか! 正直な先輩には今度、ご褒美としてメガネ姿の私を見せてあげましょう!」
おぉ! やった! 普段とは違う後輩ちゃんを見ることができる! 非常に楽しみだ!
「あの~? そこのバカップル? さっさと進めてくれない?」
「あっ、ごめん」
俺たちはルーレットを回してゲームを続けていく。
ゲームを始めてよくわかったのだが、このゲームでは本当に社会の厳しさを生々しく経験することができる。
給料日では税金などが引かれて渡され、全員の番が何周かめぐると一か月分の食費や光熱費、携帯代、保険料などを支払わないといけない。
途中のマスにはショッピングなどの出費もある。車や家を買ったペアはローンも支払う必要がある。
始めは賑やかだった教室も、社会の現実を目の当たりにし、徐々に静かになっていく。
「あっ! 先輩! 結婚ですよ結婚! ついにカップル卒業です!」
「そうだな。嬉しいけど、結婚式代って結構かかるんだなぁ」
全員止まらないといけないマスで、結婚というマスがあった。
ルーレットを回して結婚式代が決まる。
俺たちは運よく真ん中の代金になったけど、一番上だったらお金が足りなくて借金することになっていた。
だんだんと気落ちしていくクラスメイト達。俺は普段一人暮らしで買い物とかをしているから、社会の厳しさには少し耐性があったけどね。
時折、「あんた浮気したわね! 慰謝料を請求するわ! あなた離婚よ!」、「す、すまない! もう二度としないから許してくれ!」、「うわぁぁあああ! 不景気で会社が倒産したぁあああ! 俺の会社がぁぁああああ!」などという声で教室に少し活気が戻る。
ルーレットを回して七が出た。七マス進める。
「おぉ! 今度は子供が生まれたぞ! 後輩ちゃんありがとー!」
「私、頑張りましたよ先輩! これから養育費とかかかりそうですけど、やっぱり嬉しいです! 名前は何にしましょう? 男の子? 女の子? 先輩はどっちがいいですか?」
「俺はどちらでもいいかな。神様に任せる」
「そうですね。目指せ二人目! 先輩頑張りましょう!」
「そうだな!」
本当のことのように後輩ちゃんと喜び合う。
結構このゲーム楽しい。リアルなのが逆にいい。俺はこういうゲームは好きだ。
お通夜のような俺たちの班。女子の一人が憂鬱そうにぼそりと呟いた。
「はぁ…そこのバカ夫婦はなんで楽しめるの?」
「「だってゲームだから!」」
自分の将来に当てはめるからそんなに気分が落ち込むんだ。これは現実に近いゲーム。割り切ってしまえば楽しい。
このゲームで学んだことを自分の将来に活かせばいいのだ。
静かな教室の中、俺と後輩ちゃんだけが盛り上がる。
「おぉ! 二人目を妊娠しましたよ!」
「ありがと後輩ちゃん!」
「三人目を目指しましょー!」
「まずはちゃんと産んでください! それに、この先のことも考えないと!」
「はーい! では、二人が少し大きくなってから、子作りを頑張りましょー! 先輩! あそこのマスを目指しますよ!」
こうして、俺たちは二人仲良く順調にルーレットを回して、どこかのペアの喧嘩も巻き起こりながら、生々しい『一生ゲーム』を進めていき、社会の厳しさと家族計画の大切さを学んでいくのだった。
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