第172話 ポンコツと後輩ちゃん
後輩ちゃんをくすぐり続けた俺は、ビクビクと震えて呼吸困難に陥っている後輩ちゃんを、ぐてーっと脱力して抱きしめている。
もう疲れた。このまま寝よう。抱き枕もあるし……。
俺はひと眠りしようと目を閉じた。
丁度その瞬間、寝室のドアがバターンと勢いよく開いた。
「たっだいまー! 学校への報告も終わって、お姉ちゃんが今帰った……わ………よ…?」
勢いよく部屋に入ってきたのは我が姉の桜先生。
その桜先生の大きな瞳が更に見開かれて、ギョッとしたまま固まった。
身体が凍り付いている。
「ああ、おかえり」
俺はあいさつしたが、後輩ちゃんは呼吸困難でそれどころじゃない。
桜先生が目をパチクリと瞬かせた。
「…………も、もしかして、お姉ちゃんタイミング悪かった?」
「はっ? どういうこと?」
確かにひと眠りしようとするタイミングだったけど、そこまでタイミングが悪いわけではない。
普段なら桜先生もベッドにダイブするのに、そんなに驚いてどうしたんだろう?
桜先生が恐る恐る問いかけてきた。
「その……もしかして、ピロートークの真っ最中?」
「確かにピローとトークしてたけど。俺専用の超絶可愛いピローはこんな感じになっていますが」
今は後輩ちゃんは抱き枕。だから、抱き枕の後輩ちゃんとのお喋りもピロートークだな。それが一体どうしたんだろう?
桜先生は、やっちゃった、と両手で顔を押さえている。
「あぁ、うん、お姉ちゃんが悪いのよね。二人は恋人になったものね。うん、ノックもなしに部屋に突撃したお姉ちゃんが悪い。目を瞑っているから続きをどうぞ」
そのまま桜先生は両手で目を隠したまま立っている。
「………………と言いつつも、指の隙間からバッチリ凝視してるよね?」
「な、なんのことですかー? 二人の情事を覗こうなんて思ったないわよー?」
いや、覗く気満々だっただろ! んっ? 情事? 情事とは一体なんぞや?
ふむふむ。桜先生から見ると、俺は疲れ果ててベッドに横になっている。そして、俺の腕の中には、後輩ちゃんが肌を火照らせ、息を荒げ、ビックンビックン痙攣中。
………………どう見ても情事の後だな。ピロートークというのはそういう意味か。
「あぁ~、姉さん? これは昨夜一晩中恥ずかしいエピソードを暴露した後輩ちゃんに、くすぐり攻撃して制裁しただけだからな? 情事とかしてないからな?」
「あっ? そうなの? 今から二回戦目突入しないの?」
「しません!」
「そう。残念ね」
ガックリと肩を落とした桜先生。何故そこで残念がる?
あぁ、もう、面倒臭くなった。俺は後輩ちゃんとは反対方向のベッドをポンポンと叩く。
桜先生が瞳を輝かせてベッドに入って横たわった。
大人の色気をまき散らすボンキュッボンの絶世の美女が悪戯っぽく微笑む。
「いつもは妹ちゃんしか興味ない弟くんが誘うなんて珍しいわね」
「どっかの姉が可愛がれと言ってきたからな。偶には姉弟仲良くしようかなぁと」
「そういうことなら喜んで! むぎゅ~!」
桜先生が豊満な身体で抱きしめてきた。や、柔らかい……。
「んみゅ? あれ? いつの間にお姉ちゃんが? あっ、おかえり」
おっ? 後輩ちゃんが復活した。汗で髪を少し貼り付けた後輩ちゃんが、俺の反対側にくっついている桜先生に気づいてキョトンとしている。
「ただいま、妹ちゃん」
「「いえーい!」」
二人は俺の身体の上で何故かハイタッチする。仲が良い姉妹だ。
「妹ちゃん、弟くんにくすぐられたんだって?」
「そうなの! 容赦してくれなくて……これはこれでよかったです!」
「いいなぁ……。もっとお姉ちゃんも構って欲しい!」
ほうほう。では、この心優しい弟が構ってあげましょうか。
昨夜、ノリノリで俺を縛り上げて、恐怖させた姉に恨みを……じゃなくて、日頃感謝している弟の気持ちを受け取って欲しいな。
「姉さん、後ろ向いて。ちょっとしたいことがある」
俺の言葉を疑うことなく桜先生はゴロンと寝返りをし、俺に背を向けてくれる。
ふっふっふ! くすぐられて悶えるがいい!
俺は桜先生の服の中に手を入れ、指でスゥっと撫でる。
「ひゃあんっ♡」
うおっ! 何この肌の柔らかさ! すっごい! 後輩ちゃんとは全然違う。
そして、大人の色気がムンムンな喘ぎ声。
流石大人の女性だ。男性経験は皆無だけど。
でも、今の俺は、昨日の恨みを晴らすことしか頭にない! くすぐり攻撃だ!
「あぁっ! だめぇっ! く、くすぐったいよぉ~!」
「ふはははは! 悶えろ! 悶えるのだ! 昨日の恨みを思いしれ!」
「うわぁ……先輩がダークサイドに堕ちました。悪い笑顔を浮かべてますねぇ。よし! 私もダークサイドに堕ちましょう! お姉ちゃん覚悟!」
俺の身体にのしかかるように、後輩ちゃんが俺と一緒に桜先生をくすぐり始める。
「あはん! だめぇ! らめなのぉぉおおおお! あぁんっ♡」
艶やかな嬌声を上げる姉のことは無視します。俺たちは二人がかりで姉を虐めていく。
ふむふむ。背中に何の文字を書こうかなぁ。よし! 桜先生といったらあの言葉だ!
「姉さん。今から背中に四文字の言葉を書くからな。当ててみてください。では一文字目」
俺はピクピク震える先生の背中に文字を書いた。最初の文字は『ポ』。
「あんっ………ふむふむ」
二文字目。『ン』。
「やぁん………ほうほう」
三文字目。『コ』。
「んぅっ………なるほどなるほど」
最後の文字。『ツ』。
「ひゃん! わかったわよ、弟くん! ズバリ、『トンコツ』! ふぇっ? 豚骨? もしかして、弟くんはお姉ちゃんのこと豚だと思ってる? 卑しい雌ブタだと思ってる!? うわ~ん! 弟くんが酷いよ~! せめて乳牛って言ってよぉ~!」
「何言ってんだポンコツ教師! 俺が書いたのは『ポンコツ』だ! ポ・ン・コ・ツ! 何故ブタってことになる!? それに、何故乳牛ならいいんだ!?」
涙目の桜先生が自分の胸を触る。
「……だって、私の取り柄はこの大きなおっぱいくらいしかないから……乳牛でしょ? 揉む? 乳搾る? 直飲みする?」
「しねぇーよ! 乳出ないだろうが! 誰かこのポンコツの姉を止めて! 後輩ちゃ~ん!」
俺は思わず後輩ちゃんに抱きつき助けを求める。後輩ちゃんは頭をよしよししてくれる。
「あぁ~はいはい。お姉ちゃんよりも、まず先に私のおっぱいでしてくださいね~」
「まさかのこっちも!?」
「あはは~。冗談ですよ冗談!」
びっくりしたぁ。本気かと思ったじゃないか。
………………本当に冗談だよね?
「お姉ちゃん! 私も背中に文字書いていい?」
「どうぞー」
桜先生がクルリと背中を向ける。その背中に後輩ちゃんが文字を書き始めた。
「えーっと、漢字二文字ね」
サラサラと後輩ちゃんが文字を書く。
書く文字を見ていた俺は、思わず、ぶふぅっ、と吹き出してしまった。
「こ、後輩ちゃん!?」
「はい出来ました!」
「ズバリ、『巨乳』ね!」
「ピンポンピンポーン! 大正解! じゃあ、次の文字! 次は三文字ね。最初二つがカタカナで、最後の文字が漢字です」
「ふむふむ………………わかったわ! 『デカ乳』!」
「正解でーす! パチパチ―!」
「………………もうちょっと別の言葉を書いてくれよ」
俺の疲れた言葉は盛り上がる姉妹には届きませんでした。
「ねえ、先輩には何を書く?」
「『巨根』とか?」
「『絶倫』とかもいいかも!」
「じゃあ、『聖剣』とかは?」
「いいね! でも、どっちかというと『魔剣』……いや、やっぱり『如意棒』」
「止めろポンコツ痴女姉妹!」
「「えぇー!」」
くっ! 一人でさえ振り回されるのに、二人そろうと手に負えなくなる。
襲われないうちに逃げよう。
俺は疲れた体を起こし、そそくさと逃げ出す。
「どこ行くんですか、せんぱーい?」
「もしかして、トイレで一人……」
「それなら頑張りますけど……」
「だから止めろ! ごはんの準備をするだけだ!」
うぅ……さっきよりも疲れた気がする。肉体よりも精神が……。癒しが欲しいよぉ…。
「今日は何にするんですかー?」
「作る元気があまりないから、チャーハンと簡単なスープと、後は冷食を見て考える」
「ふむふむ。もしかして、スープは豚骨ですか?」
「ふぇっ? もしかして、お姉ちゃん出汁取られちゃう?」
「先輩にそんな性癖が…!? 私たちが入ったお風呂のお湯も飲んでたり……!?」
暴走するポンコツ姉妹。もういい加減怒っていいよね?
俺はどんよりとした無感情の瞳で、ベッドの上の調子に乗っている姉妹を見つめる。
「………………二人ともご飯抜きな」
「「っ!? ごめんなさーい!」」
ベッドの上で即座に土下座したポンコツ姉妹。
俺は何も言うことなくキッチンへと向かった。
その日はずっと、ポンコツ姉妹が俺のご機嫌取りに勤しんでいたとさ。
もう疲れた! 誰か俺を癒してくれぇ~!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます