第170話 約束と先輩

 

 先輩に荷物を整理してもらって、私たちは荷物を持って旅館の外に集まっていた。


 荷物をバスの中に次々に詰め込み始める。


 早々に荷物をバスに入れた私。


 ふと、お見送りに来ていた旅館の女将さんと目が合った。ニッコリと微笑んでくれる。


 私は笑顔を浮かべて、隣で眠そうにボーっとして欠伸をしている先輩の服の襟を引っ掴む。


 ぐげっ、という先輩の苦しそうな声が聞こえたような聞こえなかったような………………うん、気のせいに違いない!


 私は先輩を引きずって女将さんのところに向かう。



「女将さん! お世話になりました!」



 私は頭を下げる。ついでに、先輩の頭も力づくで下げる。


 ぐえっ、という先輩の痛そうな声が聞こえたような聞こえなかったような………………うん、気のせい気のせい!


 女将さんは朗らかに微笑んでいる。



「どうだったかしら? ウチの旅館は」


「はい! とても素晴らしかったです! 絶対にまた来ますね! 先輩にまた連れてきてもらいます!」



 私は先輩の腕に抱きついた。うむ。この握りやすさ抜群のムキムキの腕。最高です。


 先輩は少し照れ臭そうにしている。



「絶対にまた来てちょうだい。サービスするわ」



 この高級旅館のサービスなんて本当にいいのかな? 今回も至れり尽くせりだったんだけど。すでにこの旅館の割引券貰ってるし…。


 凛とした面持ちの女将さんがにっこりと微笑んだ。



「それに、ここの温泉は恋人の湯としても有名なの」


「えっ? そうなんですか!?」


「あら、言ってなかったかしら」



 うーん、と考え込む女将さん。私も思い返してみるけど聞いた覚えはない。


 じっと先輩のほうも見つめてみる。



「俺も聞いた覚えはないけど……」



 困惑した表情の先輩。


 女将さんは申し訳なさそうに謝ってくる。その一つ一つの仕草も洗練されて美しい。流石高級旅館の女将さんだ。



「あら、ごめんなさい。先に言っておけばよかったわね。ここの温泉の混浴露天風呂は恋人の湯として有名なの。昔、天女が温泉に入るために下界へと舞い降り、そこで一緒にお風呂に入った男性と結ばれたという伝説があるの。満月の下、男女が一緒にお風呂に入り、愛を誓ってキスをすれば永遠に結ばれるという言い伝えが…………あら? お二人ともお顔が真っ赤だけれど」



 女将さんが不思議そうに首をかしげた。


 あはは。顔が熱いです。猛烈に熱いです。先輩の顔を見ると、先輩のお顔も真っ赤だった。


 男女一緒にお風呂に入る…………うん、先輩と一緒にお風呂に入りました。


 満月の下…………うん、その日は丁度満月でした。


 愛を誓いあう…………うん、お互いに好きだと言いました。絶対離さないとか言われた気がする。


 そして、キス…………たくさんしました。濃厚なキスもいっぱいしました。


 おおぅ。何故か全部クリアしちゃってる!


 じゃあ、先輩と永遠に結ばれるの!? やったー! わーい!


 女将さんが私たちの様子を見て察したようだ。にっこりと微笑んだ。



「あらあら。その様子だと………おめでとうと言えばいいみたいね」


「あはは。ありがとうございます。おかげさまでヘタレが頑張ってくれました」


「あはは。頑張りました………って、ヘタレって言うな!」



 先輩の抗議の声は無視する。だって先輩はヘタレなんだもん!



「でも、そんなロマンティックな温泉なら、もうちょっと入ればよかったかも……」



 朝風呂もしたかったなぁ。絶対に綺麗なはず。


 先輩もしきりに頷いている。



「結構ご利益あるんですか?」


「ほぼ叶うそうよ。伝説の天女は嫉妬深か……愛が重……一途だったそうなの。だから、あの温泉で誓い合った男性が浮気をしようものなら天女が直々に殺しに来ると……」


「怖っ! 天女はまさかのヤンデレ!? じゃあ、もし俺も浮気したら殺される!?」


「………………先輩? 浮気、するつもりなんですか?」



 対ナンパ用ヤンデレモード発動。


 瞳から光を消し、どんよりとどす黒く濁らせる。禍々しい黒いオーラも放つ。


 ナンパが面倒だったから、楓ちゃんと共同で開発したヤンデレモード。男性に対する効果は抜群だ。


 先輩の顔が真っ青になって、首が取れそうなほどブンブンと横に振っている。



「し、しません! 絶対にしません!」


「………………本当に?」


「本当です! 俺が好きなのは葉月だけだから! 葉月も知ってるだろ!」


「はい! 知ってます!」



 ヤンデレモードも解除して、普段の輝く笑顔を浮かべる。


 ふふふ。好きって言われちゃった! わーいわーい!


 それに、先輩の怖がる顔がとても可愛かった。時々ヤンデレモードになって脅かしてあげようっと。


 先輩はホッと安堵している。私のヤンデレモードは心臓に悪かったようだ。



「ふふふ。二人ともお似合いね」



 ずっと私たちのやり取りを見ていた女将さんは、ニッコリと微笑んでいる。


 私もニッコリと微笑んだ。



「…………も、もしかして、あの温泉で誓い合うカップルの女性は皆ヤンデレなんじゃ…………こ、これ以上は考えるのを止めよう。本当だったら怖すぎる……」



 先輩が顔を青くしたまま何やら小さく呟いている。


 一体どうしたのだろうか? 気になるけど、大したことじゃなさそうだ。


 あっ、ちなみに、私はヤンデレではありません。


 先輩しか好きになれないし、多少精神も生活も先輩に依存してるけど、ヤンデレではない。全部演技だ。


 そりゃあ、先輩が他の女性と仲良くしてたら嫉妬はするけど、束縛するつもりも刃物を持ち出すつもりもない。


 私は先輩から可愛がられて甘やかされて愛されたいだけなのです!


 ハグとかナデナデとかキスとかイチャラブが好きなのです!


 私はヘタレの先輩に悪戯っぽく微笑みかける。



「先輩。私をたっくさん愛してくださいね」


「もちろんそのつもりだ。後輩ちゃんの想像以上に沢山愛してやるさ」



 先輩は私の腰に手を回して、ぎゅっと抱きしめてくれる。


 くっ! いつもはヘタレなのに、こういう時は必ずかっこいいんだから!


 だから不意打ちは卑怯ですって!


 かっこいい先輩の腕の中で、私の身体は急速に熱を帯びていき、熱暴走した脳は限界が近くなる。


 うぅ……気絶しそう。先輩がかっこよすぎて気絶しそう! 先輩のばか!


 私と先輩のイチャイチャを女将さんはクスクスと上品に笑って見守っていた。




 最後に、女将さんと、絶対にまた来る、と再び約束してから私たちはバスに乗り込んだ。


 旅館の皆さんに丁寧なお見送りを受けて、私たちはバスで旅館を離れる。


 私はお隣の席のかっこいい先輩の瞳を見つめる。



「先輩。また一緒に行きましょうね」


「ああ。約束だ」


「はい。約束です」



 お互いに見つめ合い、約束した私と先輩はギュッと手を握りあっていた。


 こうして、私たちのクラス会、二泊三日の温泉旅行が終わった―――


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