第169話 虐めて癒す後輩ちゃん

 

 眠い。非常に眠い。非っ常に眠い!


 昨夜は女子に縛られたまま、恥ずかしいエピソードを後輩ちゃんに延々と暴露され、それを聞いた女子たちが感想を言い合うという拷問を朝まで聞かされていました。


 おかげで寝てない。徹夜しました。寝たのは気絶していた間だけ。


 目の下に隈を作って、一晩で痩せこけた俺。


 何故女子たちはあんなに元気なんだろう? 一晩中起きていて、赤裸々なマシンガントークしていたのに……。


 くっ! 辛すぎる!


 ボケーっと宙を眺め、夢の世界へと飛び立とうとしたとき、突き刺さる視線を感じた。


 男子たちだ。俺に殺意を込めた視線を送っている。


 男子たちが般若の表情でゆっくりと手招きしている。


 行きたくないなぁ、と思っていたけど、近づいてきた何人かに掴まれて引っ張られました。



「さて、颯くん? キミは昨夜は一体どこにいたのかな? かな?」



 ニッコリ笑顔の男子たち。溢れんばかりの殺意の笑顔だ。



「昨日は女子部屋に………」


「昨日も、だろ?」



 ニッコリ笑顔の男子たちが律義に俺の言葉を訂正してくる。



「昨日も女子部屋に………連れ込まれて拷問を受けていました……」



 俺の放つどんよりとした陰鬱なオーラを浴びて、男子たちの笑顔が引き攣った。


 殺意を一瞬で消して、同情と憐みの視線を送ってくる。



「な、何があったんだ?」



 それ聞いちゃう? 聞いちゃうんだ。よし、教えてあげよう。



「まず、後輩ちゃんによる恥ずかしいエピソードや黒歴史の暴露大会。それを発端とする感想の言い合い。そして、話は何故か男に対する愚痴の言い合いに発展しました。心を抉る容赦のない冷たい言葉の暴力……俺、男に生まれてきたことを後悔したよ…。マジで女性恐怖症になりそう」



 まあ、対象は俺ではなかったからよかったけど。


 他にも、生々しい猥談なんかも行われていました。俺がいるのに。


 そして、調子に乗った女子たちが俺へと殺到……ノーパンだった俺の浴衣を脱がされそうになり、立ちふさがった後輩ちゃんと喧嘩が勃発。相手の浴衣の脱がせ合いに発展しました。


 一言で言えば、混沌カオス。女子は混沌の塊だった。



「お、お疲れ……」


「ああ、お疲れなんだよ……」



 引き攣った顔の男子たちの慰めが、今は何故か心地よい。



「せんぱーい! こっち来てくださーい!」



 後輩ちゃんの呼ぶ声がした。


 俺は覚悟を決めて立ち上がる。



「じゃあ、俺は逝ってくる!」


「ああ、逝ってこい!」



 俺は男子たちの憐みの視線を受けて、後輩ちゃんの下へと向かった。


 後輩ちゃんの隣は俺の座る場所と決められているらしい。後輩ちゃんが隣をペチペチと叩いている。


 俺は座ると同時に、もう我慢ができなくなって後輩ちゃんに抱きついた。



「ほえっ!?」



 後輩ちゃんが驚きの声を上げようが、女子たちの黄色い歓声が上がろうが、男子たちからの怒号と呪詛が聞こえようが、全てどうでもいい!


 俺は今、猛烈に癒して欲しいのだ!


 行儀悪いけど、後輩ちゃんのお腹の辺りに抱きつき、ゆっくりと正座している後輩ちゃんの膝に倒れ込んだ。


 後輩ちゃんは温かくて柔らかくていい香りがした。



「ど、どうしたんですか先輩!?」


「………………誰かさんたちのおかげで疲れた。眠い。癒して」


「あぁ~。なんかすいません。昨夜はテンションが上がってしまいました」



 納得した後輩ちゃんが俺の頭を優しく撫でてくれる。


 後輩ちゃんのナデナデは気持ちいい。癒される。


 このまま後輩ちゃんを抱きしめたまま寝たい。



「………あぁ~よしよし。私で癒されてくださいね~」


「うん………………はっ!? 後輩ちゃんに癒されるのはいいけど、虐めたのも後輩ちゃんじゃないか!? ま、まさかこれも想定済みだったりして!?」



 思わず上を見上げると、後輩ちゃんは意味ありげに、艶美な笑みを浮かべていた。



「ふふふ。先輩はどう思いますか?」



 どう思うって……後輩ちゃんは計算してそうでしていない時もあるし、していないように見えて計算していることもあるから………何とも言えない。


 後輩ちゃんは天然かつ作られた小悪魔なのだ。



「………………どっちでもいいや。どうせ小悪魔の後輩ちゃんにもてあそばれていじられて癒されるだけだから……あぁ…気持ちいい」


「ふふっ。そうですか。これからももてあそんでいじって癒してあげますね」



 後輩ちゃんの頭なでなでが気持ちいい……このまま寝てしまいたい……。



「はーい、そこのいつも以上にラブラブなカップルさーん! 今からごはんですよー! 起きてくださーい!」



 桜先生の声が飛んで来た。折角いいところだったのに……。


 俺は渋々起き上がると、クラス全員から注目を集めていた。


 女子たちは朝食前だと言うのにお腹いっぱいという表情をして、男子たちはいつものことながら血の涙を流している。


 あぁー。頭が働いていなかったから、ちょっと俺らしくなかったか。ちょっと自重しよう。反省反省。


 桜先生がパンパンと手を叩いて、視線を集める。



「今から朝ごはんですが、この後は荷物の整理をして、ちょっとお掃除をしてから帰ります! だから、ご飯を食べ終わったらすぐに荷物の準備をしてくださいねー。忘れ物がないよーに!」



 お隣の後輩ちゃんが俺をツンツンと突いてきた。



「先輩先輩。荷物の準備を手伝ってください。というか、私の分もしてください」



 後輩ちゃんは家事能力が皆無だ。荷物をぐちゃぐちゃに放り込む人なのだ。



「了解。その代わり、しばらく後輩ちゃんは俺の抱き枕係な」


「それくらいならいくらでもどうぞ!」



 よし。後輩ちゃんからのお許しを貰った。一日中抱き枕にしてあげよう。


 んっ? どこからか、じーっと俺を見つめる視線を感じる。


 顔を上げると桜先生と視線が合った。先生が視線で何かを訴えている。



『お姉ちゃんの分もお願い』



 ふむふむ、なるほど。そういうことですか。


 俺は密かに了承の合図を送る。桜先生がにっこりと微笑んだ。



「お姉ちゃんは何て言ってたんですか?」



 お隣の後輩ちゃんが俺の顔を覗き込んできた。



「姉さんも、荷物の整理もしてくれ、だってさ」


「あぁ~。そういうことですか。姉妹ともどもお世話になります」



 うん。お世話してます。


 さてと。さっさと自分の分も整理しないと後輩ちゃんと桜先生の分も準備できないな。


 疲れて眠くて頭が働かないけど、後輩ちゃんに抱きついてナデナデされて少しは癒された。


 頑張って二人の分の帰る準備も整えますか。


 あぁ…眠い。疲れた。


 帰ったら後輩ちゃんを抱き枕にして一日中寝る。絶対に寝てやる!

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