第162話 尋問される俺

 

 夕食前に汚れを落とすように、というわけで、お風呂に入ることになったんだけど、俺は今、超絶ピンチだ! 誰か助けて! 襲われる!


 逃げ出そうとする俺の肩や首に左右から手が回されてガッチリと掴まれる。



「は~や~て~く~ん! ちょっとお話しましょっか?」


「お兄さんたち、ちょ~っと聞きたいことがあるんだけどさぁ~」



 暑苦しい男たちに掴まれ、男湯の露天風呂の縁には男子全員でバリケードを作られている。俺は逃げ場がない。


 残念ながら俺を囲っているのは痴女ってる女子たちではない。暑苦しい男たちだ。


 せめてこれが女子だったらよかったのに、と心の中で愚痴ってみる。俺もお年頃の男なのだ。


 特に、後輩ちゃんがくっついてきたらなぁ。そしたら、とても嬉しいのに。


 と、取り敢えず、全員その仁王立ちを止めてくれないかな? 君たち全裸だから! 大変非常に目に毒だ。



「俺は話すことなんかないんだが」



 も、もしかして、昨日の夜に後輩ちゃんと一緒に混浴に入ったことがバレた!? それなら不味い。非常に不味い。俺、殺されるかも!?


 男子全員がニコッと笑う。



「お前、昨日の夜どこで寝た?」


「お風呂から上がった後、男子部屋に戻ってこなかったよな?」



 あぁーそっちか。昨日はあの後女子部屋にお邪魔して、そのまま女子会に加わって、いつの間にか寝ていて、後輩ちゃんとお風呂に入って、後輩ちゃんと一緒に寝ました。


 これがバレても俺殺されそう。後輩ちゃんに起こされたときは、桜先生が抱きついていたし。


 どうやって誤魔化そうかと悩んでいたところで、女湯のほうから声がかかる。



「お~い! 颯くぅ~ん! 今日もお部屋に来て~! 私たちと遊ぼ~!」


「せんぱ~い! 今日もアイス食べたいで~す!」



 最悪のタイミング! 俺の周りの男子たちが殺人鬼の顔になった。冷や汗がダラダラと流れる。



「………言いたいことは?」


「お風呂から上がった後、女子と鉢合わせして、牛乳やらアイスを奢ったらみんなで食べようということになり、お部屋にお邪魔しました。その後、女子たちと騒ぎ、いつの間にか寝てました。以上です」



 後輩ちゃんとのお風呂のことは割愛。絶対に言いたくない。


 俺の説明を聞いた男子たちが血の涙を流し始める。



「くそぉ~! 何で俺はそんなイベントが回ってこないんだぁ~!」


「ここはご都合主義の旅館だろう? 俺にご都合主義イベントが起これよ!」


「あの後、コイツと一緒に残っていればぁ~!」


「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」



 血の涙で潤んだ瞳で俺をキッと睨みつける。あぁ…殺されるかも。俺、水死体で発見されるかも…。


 せめてもの抵抗をするか。



「ま、待て! でも、俺は女子から拷問を受けたんだ!」



 俺を溺れさせようとした男子たちの動きがピタリと止まる。そして、憐みの視線を投げかけてくる。



「そうだったな…お前、男としての尊厳を失ったんだよな…」



 おい! 言い方! 確かに女装させられたけど!



「結構可愛かったよな、お前。ふむふむ……悪くない」



 悪くないって何が!? 今お尻がキュッとなったんだけど!



「縛られて、脱がされて、女装を強要させられる……はぁはぁ…羨ましい…」



 おまわりさーん! ここにドМの変態がいまーす! 捕まえてくださーい!


 混沌とする男湯の露天風呂。もうやだ。ここに居たくない。



「んで? お前、秘密の花園の中はどうなっていたんだ?」


「そうだったそうだった。聞き出すのをすっかり忘れていた」


「詳しく教えろ」



 混沌としていたお風呂が、一瞬で秩序あるお風呂へと戻ってしまう。


 俺は秘密の花園の様子を思い出す。野球拳をしていた綺麗な花たち。俺を捉えて女装させる食人花たち。女子会で大盛り上がりの乱れた花たち。


 カラフルな下着姿とか半裸とか全裸が咲き乱れる混沌とした場所だったな。誰一人布団で寝てなかったし。



「………桃源郷だった、と言っておこう」



 こういうのは想像の中だからいいんだよ。現実を見ちゃいけない。


 まあ、あれはあれで男心をくすぐられる空間だったけどさ。特に、浴衣姿の後輩ちゃんはとても色っぽかったです。


 現実を知らない男子たちは再び悔しがって血の涙を流し始める。



「くそぉ~爆発して消滅しやがれ!」


「俺の何がいけないんだぁ~! 俺とこいつの差は何なんだぁ~!」


「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」



 男子たちが俺に向かって両手を突き出しながら近づいて来る。身体がユラリと揺れていて怖い。顔も動き方もゾンビみたい。怖い! 怖すぎる!


 くっ! このままだと確実に殺されてしまう! なら、最終手段を取るしかない!


 俺は女湯の女子たちに問いかける。



「おーい! 女性諸君! ちょっといいかー?」



 男子たちの動きが一斉にピタリと止まった。だから、その動きも怖いから止めて!


 女湯からは即座に返答が返ってくる。声は後輩ちゃんのものだった。



「はーい! 先輩なんですかー! ………ちょっと胸揉まないで! お尻も触るな! こらっ! もうっ!」



 ピシッパシッと何かを叩く音がして、あぁん♡お姉さまぁ~、と気持ちよさそうな嬌声が聞こえてくる。向こうは向こうで大変そうだ。



「夕食が終わった後にさ、クラス全員でトランプ大会でもしないか? 折角のクラス会なんだし!」



 男子たちが一斉に跪いて俺を崇め奉り始めた。全く現金な奴らめ。


 男子たちがドキドキと答えを待っている。


 しばらく話し合う声が聞こえ、後輩ちゃんの声が聞こえてくる。



「いいですよー! 全員オーケーだそうです! だから触るな!」



 よっしゃー、と男子たちが飛び上がって喜ぶ。喜ぶのはいいけど、ジャンプしないで。水が飛び散るし、キミたち裸だから。


 俺は喜んではしゃぎまくる男子たちを落ち着かせる。



「男子諸君! ちょっと集合」



 何かを嗅ぎ取った男子たちが、即座に静かになって近づいてきた。


 俺は女子たちに聞こえないようにコソコソと男子たちに告げる。



「男子諸君よ。女子のために飲み物やお菓子など準備してセッティングするぞ。こういう所で好感度アップ作戦だ」



 男子たちは目を輝かせながら頷き合う。



「流石女誑しだな。思いつかなかったぜ」


「うんうん。流石プレイボーイだ」


「流石ドンファン! 女を喜ばせる術を知っておられる!」



 何だその俺の悪口! 俺は女誑しでもプレイボーイでもドンファンでもない!


 イラッとするな。本当に。



「………おい。俺の一言で無かったことにできるんだが?」



 即座に謝り、俺を持ち上げて褒め称え始めるが、いまいち褒められている気がしない。所々に悪口や嫌みが込められている。


 はぁ…まあいいや。クラス会だし、こういうイベントも楽しいだろう。


 後は、準備は俺の監督の下、男子でやるから、と女子たちに根回しをしておかないと。女子まで飲み物やお菓子を持ってこられたら大変なことになる。


 トランプで負けたら罰ゲームも面白そうだな。


 俺は、急遽開かれることになったトランプ大会の計画を立て始めるのだった。










 よしっ! 話の誘導成功! 殺されなかったぞ! 万歳!


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