第157話 カレーと後輩ちゃん
時折あちこちから悲鳴が上がりながら、和気あいあいと昼食のカレー作りが進んでいる。
交流の場だと言うのに、女子は女子で固まり、男子は男子で固まっている。
ほらほら! ヘタレ男子ども! こういう時に女子と仲良くならないと!
「………先輩が言うセリフじゃないと思いますよ、ヘタレ先輩」
「自分のことを棚に上げるのはいけないと思うの、ヘタレの弟くん」
お腹が減り過ぎて机に突っ伏していた後輩ちゃんと先生のじっとりとしたジト目攻撃。俺はスゥっと顔を逸らした。
俺の心を読まないでくれませんかね?
俺は戦力外通告を受けた二人に、用意してあったトマトやキュウリやレタス切ったものをちらつかせる。
「お腹と背中がくっつきそうな綺麗で可愛いお嬢さん方、つまみ食いをしたくないかい?」
飢えた猛獣の後輩ちゃんと桜先生の瞳がキラーンと輝いた。
「「ください!」」
素直でよろしい。俺は野菜を二人に差し出す。
後輩ちゃんと桜先生は、スティック状に切ったキュウリをマヨネーズにつけて、ポリポリカリカリと齧り始めた。
なんか小動物が餌を齧っているシーンを連想させる。とても可愛い。
今度はレタスをハミハミし始めた。癒される。
「おーい! そこの愛妻に見惚れてる旦那! ヘルプヘルプ―!」
「わかったー! 今行くー!」
俺は愛でるのを一旦止めて、カレー作りのほうへと手助けに向かう。
みんな危なっかしい手つきでジャガイモやニンジンを切っている。
涙が出るタマネギは男子が担当だ。男子たちは男泣きしている。
うわっ! あの女子は今にも手を切りそうだ。危ない!
「ちょっとストーップ!」
「えっ? なに?」
声をかけた女子がクルリと振り向く。包丁を手に持ったまま。
「うおっ! 包丁を持ったまま振り向かないで!」
「あっ、ごめんごめん! 怪我はない? 危うく葉月みたいに刺すところだったよ。颯を刺しちゃったらあたしも葉月に刺されるかもしれないけど! あはは!」
何故にそこで後輩ちゃんの名前が上がる? 後輩ちゃんは通り魔でもヤンデレでもないぞ。多少俺に精神を依存してるけどさ。流石に後輩ちゃんも俺を刺すことは………言われたことはあるが実際にはない!
女子は包丁を持ったまま質問してきた。
「で? 何の用?」
「いや、今にも手を切りそうだったから。包丁を持つときはこうで、反対の手はこうして……」
「ひゃっ! 近い近い近い近い近い! 手がぁ……」
どうしたんだろう? 女子が真っ赤になっちゃった。わかりやすく手を握って教えてあげただけなのに。
女子から、うらやましい、という声が聞こえ、男子たちは血の涙を流して大号泣している。タマネギを切るのは大変らしい。
「おっ? ジャガイモに芽があるな。これはこうやって取り除かないといけないんだ。毒があるからな」
「あぅあぅ………………あっ!」
よし! 芽も取り除いたし、この子は大丈夫そうだ。
離れるときに名残惜しそうだった気がするけど……まあ、気のせいか。
「みんなー! ジャガイモの芽は絶対に取れよ! どこかの誰かさんたちの料理みたいに毒があるからな!」
はーい、と素直な返事が聞こえてくる。と同時にどこかの誰かさんたちから抗議の声が上がる。
「ちょっと先輩! それは私たちに酷いと思います!」
「そーよそーよ! 後でお説教です!」
後輩ちゃんと桜先生が可愛らしくペチペチとテーブルを叩いている。
俺は可愛らしい二人に癒された。周りも二人を愛でている。
「颯く~ん! 助けて~! ジャガイモの芽ってどうやってとればいいの~?」
女子の一人から助けの声が上がる。
俺が手助けしようとする前に、一人の男子がサッと女子に近づいた。
「あぁ、これはこうやってこうすればいいんだ」
「あっ、ありがと…」
「ど、どどっどどういたしまして」
女子は突然のことにびっくりしながらも、笑顔でお礼を言った。男子は顔を真っ赤にして挙動不審になっている。
ふむふむ。彼は俺と調理実習で同じ班だった男子だな。あの豚肉の生姜焼きを作った時の。
あの手つきからすると、一、二カ月は料理を作っているな。まだたどたどしいけど、クラスメイト達の中では一番手つきがいいかもしれない。
「あの、ちょっと手つきが危ないから、こうやってこうすればいいよ」
「そ、そうなんだ……」
男子が女子を後ろから抱きしめるようにして、女子の手を握って包丁の握り方や切るときの猫の手を教えている。
二人とも顔が赤い。恥ずかしそうにしながらも女子は振りほどこうとはしなかった。
実に、実にいい雰囲気ですなぁ。
二人が離れた。男子は顔を真っ赤にしながら、何事もなかったかのように自分の持ち場に戻る。
ふと、彼と目が合った。
俺はニヤッと笑い、小さくサムズアップをする。
彼も恥ずかしそうにしながらも笑い、サムズアップを返してきた。
調理実習で生姜焼きを作った時は、俺に恨み言を言ってきた彼がなぁ……成長したもんだ。
だが、少年よ。早く振り返ったほうがいいぞ! 殺し屋のような男子たちにターゲットされたから!
「やあ! 裏切者! では死ね!」
「うぉおっ! 危ねっ! 殺す気か!?」
「殺す気だぁああああ! 死ね死ね死ねぇぇええええ! リア充爆発しろぉぉおおおおお!」
「こっちは少し前に料理を始めたんだ! こういう時のために!」
「裏切者死ね!」
男子たちの騒ぎ声が大きくなる。
うん、平和だ。ターゲットが俺以外にも増えたと喜んではいない。嬉しくなんかないのだ。やったー、なんて思っていない。本当だ。
「はやてー! HELP! SOSだ!」
「はいはーい! って、何気に発音良かったな今の!」
俺はSOSの要請にいち早く駆け付ける。
まあ、こんなドタバタしながら、何とかカレーを作ることができた。約一名、ボコボコになっている男子もいるけれど、全員無事だ。
ボコボコになった男子に、いい感じになった女子が、お疲れ様、と労っている。
男子たちが殺し屋から殺人鬼になりそうだ。殺気を放ちながら、ナイフを舐めるかのように手に持ったスプーンを舐めている。とても行儀が悪くてかっこ悪い。
美味しそうなカレーの匂いで、今にもよだれが垂れそうなポンコツ教師の桜先生が、立ち上がって音頭を取る。
「みんな準備は出来たわね? それじゃあ、いただきまーす!」
「「「「いただきまーす!」」」」
俺たちは一斉にパクっとカレーを口に入れた。カレーの美味しさに舌鼓を打つ中、クラスの二人だけが悲鳴を上げる。
「ぎゃぁああああああああああああああああああ!」
一人は、リア充っぽくなっていた男子だ。口から火を噴いている。
悲鳴を上げたもう一人は………………俺だ!
「かれぇぇええええええええええええ!」
「そりゃあ、カレーですから」
お隣の後輩ちゃんがのんびりとカレーを食べている。
「そ、そうじゃなくて! 辛! かっら! 水! 水ちょうだい! みじゅぅううううううう!」
辛い! 舌が痛い! 辛い辛い辛い辛い辛ーい!
俺は桜先生から差し出された水をごくごくと飲む。まだ辛い! だからまた水を飲む。
何杯も水を飲んでようやく落ち着いた。
「あぁ~辛かった」
「そうなんですか? どれどれ? おっ! これは辛いですねぇ」
「本当? っ!? 辛っ!?」
後輩ちゃんと桜先生が俺のカレーを少しだけ食べて驚いている。
俺は当たりを見渡すと、ニヤニヤと笑う男子たちがいることに気づいた。
彼らが全員親指を下に向けたり、中指を突き上げている。
あ・い・つ・らぁ~! やりやがったな!? くっそぉ~!
悔し気な俺の顔を見て、男子たちは大歓声。大盛り上がりだ。
本当にどうしよう。このままじゃ辛すぎて食べられないな。でも、折角みんなで作ったのに残すのはもったいない。どうしよう?
悩んでいると、後輩ちゃんが自分のカレーを掬い、そして、俺のカレーを掬い、パクっと食べた。可愛らしくモグモグして、うむ、と頷いた。
「先輩! 私のカレーと半分混ぜたら食べられるくらいの辛さになりますよ!」
「えっ? 本当? ………………本当だ! 食べられる!」
後輩ちゃんの普通のカレーと俺の超辛いカレーを混ぜると辛いカレーになる。汗は噴き出すだろうけど、何とか食べられるレベルだ。
後輩ちゃんがニコッと笑った。
「じゃあ先輩? 一緒に食べましょうか!」
「そうだな!」
こうして俺は、後輩ちゃんと仲良く混ぜ混ぜして食べたのだった。辛かったけどとても美味しかったです。
のちに、桜先生とも混ぜ混ぜして、中辛くらいの辛さまで落ち着きました。
俺のカレーを超辛口にした男子たちは、仲良く食べる俺たちを見て、悔しさで血の涙を流していたらしい。残念だったな!
もう一人、超辛口カレーにされた男子は、いい感じになった女子からお水を受け取りながら、何とか食べきったらしい。最後は頑張ったご褒美としてその女子からあ~んされたんだとか。
仕掛けた男子たちは白目をむいてビックンビックンしていたらしい。ざまあみろ!
男子たちに大きな心の傷を作りながらも、楽しい昼食が終わった。
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