第154話 可愛い彼女の後輩ちゃん

 

 青い空。白い雲。眩しい日差し。汗がにじむほどの暑さ。セミの鳴き声。そして、風に乗って匂う海の香り。


 如何にも夏の青空の下を俺は恋人の後輩ちゃんとゆっくりと散歩している。


 後輩ちゃんは清楚な白いワンピースを着て、妹の楓に誕生日プレゼントで貰った日傘をさしている。


 その姿は絵になりそうなほど可憐で清楚な美少女だった。


 思わず見惚れてしまった俺に後輩ちゃんが気づいて、恥ずかしそうに微笑んだ。



「どうしたんですか、先輩?」


「あぁ、いや、その……」



 言葉を濁す俺に、後輩ちゃんはニヤニヤと笑って、ここぞとばかりに揶揄い始める。とても楽しそうだ。



「あれれ~? どうしちゃったんですか~? もしかして~! もしかして~! 私に見惚れちゃいましたかぁ~?」


「…………べ、別に」


「正直に言ってもいいんですよ~! この可愛い可愛い超絶可愛い私に見惚れちゃいましたぁって!」


「…………な、何のことだい?」


「またまたぁ~! 先輩のお顔が真っ赤っかですよ!」


「…………うるさい。恋人に見惚れて悪いか!」



 俺は逆ギレというか、自棄というか、開き直って言った。



「こ、恋人っ!?」



 今度は後輩ちゃんが真っ赤になる番だった。


 昨日、いや、正確には日付が変わっていたから今日か。俺たちは恋人になった。でも、そのことを忘れていたらしい。


 恥ずかしそうに日傘で顔を隠してしまった。とても恥ずかしいのだろう。


 日傘で隠れた後輩ちゃんが可愛らしい小さな声で呟いた。



「べ、別に恋人に見惚れるのは悪くないです……。でも、恥ずかしいので見ないでください」



 何この可愛い生き物は!? いちいち仕草が可愛すぎる!


 欲を言えば、恥ずかしがっている後輩ちゃんの顔が見たい!



「超絶可愛い俺の彼女さん? 可愛いお顔を見せてくれませんか?」


「っ!? 嫌です! 絶対に嫌です! それに、か、彼女って言わないでください!」


「えっ? 後輩ちゃんは俺の彼女じゃないのか……しょぼーん」



 俺は落ち込んだ演技をする。


 ふっふっふ。付き合いが長くて、後輩ちゃんが俺のことを詳しく知っているように、俺も後輩ちゃんのことを詳しく知っているのだ!


 落ち込んだ雰囲気の俺に騙された後輩ちゃんが、隠してた顔を出して、あたふたと慌てて弁解する。



「違います! 私は先輩の彼女です! その、彼女と言われるのはとてもとても恥ずかしくて、ただそれだけです! 恥ずかしくてとても嬉しかっただけですから! 顔がニマニマして止まらないだけですからぁ! 私は先輩の彼女なんですからぁー!」



 遠くに聞こえるくらい顔を真っ赤にして叫ぶ後輩ちゃん。


 必死で大声を上げた後輩ちゃんは、はぁはぁ、と息を荒げて、スマホを構えた●●●●●●●俺と視線が合った。



「えっ?」



 訳がわからず、綺麗で大きな瞳をパチパチと瞬かせて、キョトンとする後輩ちゃん。


 俺は恥ずかしさで心の中で悶えながらも、それを押し殺してスマホを構え続ける。



「可愛い発言をありがとうございました。しっかりと録画させていただきましたので、宝物にさせていただきます、可愛い彼女さん」


「えっ? あのっ? えっ?」



 俺の顔とスマホを交互に見つめて、今の叫びを録画されたことに徐々に気づいたようだ。


 再び顔が真っ赤になっていく。でも、今回は大半が怒りの感情だ。


 ぷくーっと頬が膨れ、涙目になりながらプルプルと小刻みに震える後輩ちゃん。


 後輩ちゃんの感情が沸点を越えた。



「せんぱいのばかぁあああああああああああああああああああああ!」



 ポコポコと胸を叩いて不満をぶつけてくる。手に持った日傘の柄が地味に痛い。


 ごめんごめん、と謝りながら後輩ちゃんの頭を撫でつつも、しっかりとスマホで録画する。こんな可愛い後輩ちゃんを録り逃すわけにはいかない!


 未だ怒りが収まらない後輩ちゃんは、俺にむぎゅッと抱きつき、可愛らしく胸に頭突きしてくる。



「………超絶かっこいいヘタレの彼氏さん」


「お、おぅ! 何かな? 超絶可愛い彼女さん」



 後輩ちゃんに彼氏と言われるととても恥ずかしいな。全然慣れない。


 まあ、後輩ちゃんと付き合えたんだという実感と嬉しさも感じるけど。


 涙目の後輩ちゃんが上目遣いでキッと睨みつけてきた。



「超絶可愛い彼女である私を虐めたお仕置きです。ポチっとな」



 いつの間にか後輩ちゃんの手にはスマホが握られ、ある動画を再生させた。


 それは、顔を真っ赤にさせてぼんやりとした俺が映っていて、あり得ないほど後輩ちゃんに抱きついて甘えていた。



『はづきぃ~! はづゅきぃ~! もっとナデナデしてぇ~!』


「な、何だこれはぁああああああああああああああああああああ!?」



 思わず絶叫してしまう。俺には見覚えのない映像。


 なにこれ!? CG? コンピューターグラフィックス? 作ったの?


 あんなに後輩ちゃんに甘えるなんて羨ま……けしからん! けしからんぞ、動画の中の俺! あんなに後輩ちゃんに甘えて、抱きしめて、太ももや胸に顔を擦り付けて、なんて羨ま…………しくないぞ! 羨ましくなんかないのだ! 本当だよ~! 信じて~!


 後輩ちゃんがニヤリと笑う。



「これは昨日の酔っぱらった先輩です」


「はぁ? 酔っぱらった? 俺が?」


「はい。アルコール度数0.5%のチョコを食べた先輩は見事に酔っぱらいました。そして、幼児退行して滅茶苦茶甘えてきました。女子全員の前で」



 俺は思わず顔を青ざめる。この様子を女子全員に見られただと!?


 だから、あんなに微笑ましい笑顔で見られたのか! 俺と後輩ちゃんが付き合ったのを揶揄っているわけではなかったのか!



「うがぁぁああああああああああああああああああああ!」


「ちなみに、女子全員が動画や写真を撮っていますので」


「ぬぅぅぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「………先輩? 何か私に言うことは?」



 俺はビシッと背筋を伸ばして、身体を90度に折り曲げる。



「揶揄ってごめんなさい。そして、その動画を消してください」


「揶揄われたことは許します。でも、残念ですが動画は消せませんね。そもそも、消したところで他にも大量にありますし」



 そうなのか。そうなのですか。俺の黒歴史がぁああああああああ!


 くっ! 後輩ちゃんがそういう気なら、俺も当然の対抗措置を取らせてもらう!


 くらえっ! さっきの可愛い後輩ちゃんの動画攻撃! 最大音量!



『違います! 私は先輩の彼女です! その、彼女と言われるのはとてもとても恥ずかしくて、ただそれだけです! 恥ずかしくてとても嬉しかっただけですから! 顔がニマニマして止まらないだけですからぁ! 私は先輩の彼女なんですからぁー!』


「うわぁあああああああああああ! 先輩止めてください! 止めてくださいぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいい!」


「止めませ~ん! 俺の彼女さんはとても可愛いなぁ!」



 後輩ちゃんが俺のスマホを奪い取ろうと暴れはじめる。


 俺は手を伸ばして後輩ちゃんに取れないようにする。



「うるさ~い! 私の彼氏のばぁかぁああああああああああああああ!」



 真っ赤の顔をした涙目の俺の可愛い彼女の叫び声が、綺麗な夏の青空に消えていった。

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