第153話 朝と後輩ちゃん

 

 チュンチュンチュン……


 眩しい朝日を浴びながら、小鳥の泣き声で目が覚めた。


 温かくていい香りがして抱き心地がいい抱き枕を抱きしめ、ゆっくりと目を開けていく。


 俺の腕の中には抱き枕じゃなくて後輩ちゃんがスヤスヤと可愛らしい寝顔で寝ていた。


 そして、夜のことを思い出す。俺は露天風呂で月を見ながら後輩ちゃんに告白した。そして、付き合うことができたんだ! 俺と後輩ちゃんは恋人同士なんだ!


 湧き上がる嬉しさと愛しさを噛みしめ、後輩ちゃんの頭を優しく撫でる。



「んぅ……んんぅ~」



 気持ちよさそうに顔が蕩け、俺の身体をギュッと抱きしめた。無意識に顔をスリスリと擦り付けている。


 何この可愛い生き物は!? 後輩ちゃん、可愛すぎだろ!


 チュンチュンチュン、と小鳥がなく声が聞こえる。


 後輩ちゃんの瞼がゆっくりと開いた。とろ~んとした瞳の後輩ちゃんが顔を見上げ、俺と視線が合った。



「ふぇっ? あぁ、しぇんぱい…おはよう…ごじゃい…ましゅ…」



 コテンと軽く頭を下げて朝の挨拶をする後輩ちゃん。


 後輩ちゃんは意外と朝が弱い。目をグシグシと擦っている。



「おはよう、後輩ちゃん」



 俺は寝ぼけた後輩ちゃんを抱きしめたまま、優しく頭を撫で続ける。


 後輩ちゃんの髪はサラサラだ。いくらでも撫でていたい。


 ふにゃりとした表情で、気持ちよさそうに頭を撫でられていた後輩ちゃんは少しずつ目を覚ます。


 完全に目が覚めた後輩ちゃんが綺麗な瞳をパチクリさせて、少し困惑した笑みを浮かべた。



「先輩、あの、昨日の夜のこと覚えてます? 夢じゃないですよね?」


「ああ、夢じゃないよ。露天風呂のことだろう?」


「へぇー。夜の露天風呂で何したの?」


「何って先輩と一緒に温泉に入って…告白されて…抱きしめ合って、そしてそして…もう! 言わせないでくださいよ!」


「えぇー知りたーい! 弟くん! キスしたの!?」


「そりゃもちろん。後輩ちゃんからおねだりされたから」


「先輩からしてくれたらもっと良かったんですけど! 先輩のヘタレ!」


「ちょっと! 昨日の俺は結構頑張ったと思うぞ!」


「キスした後はどうしたのー?」


「特に何も。キスしたらのぼせちゃったから、温泉から上がって、この部屋の隅っこのお布団で先輩と寝た…だけ………だよ?」



 ふと、違和感を感じて後輩ちゃんが首をかしげた。


 おい、ちょっと待て。さっきからちょくちょく質問してくるのは誰だ!? 俺と後輩ちゃんは一体誰と喋っているんだ!? まさか幽霊か!?


 恐怖した俺は着ていた布団をバッと跳ね上げ、周りを確認する。


 すると、ニヤニヤ、ニマニマ、ニヨニヨ、という擬音が可視化するくらい笑顔の女子たちが、スマホを片手に俺たちを囲んでいた。


 女子の一人のスマホから、チュンチュンチュン、と小鳥が鳴く声が聞こえてくる。小鳥の音声を流していたらしい。


 ギョッとして固まる俺と後輩ちゃんに、桜先生が楽しそうに号令をかける。



「みんなせーのっ!」


「「「「「昨夜はお楽しみでしたね!」」」」」



 ずっと言いたくて言いたくてウズウズしていたのだろう。誰もがいい笑顔を浮かべている。


 なにこれ! 超恥ずかしいんだけど! 全て見られていたのか!?


 パシャパシャと写真を撮られながら、矢継ぎ早に質問を浴びせられる。



「ついにヤッたのか!? ついにヤッたのか二人とも!?」


「真夜中の露天風呂とはやりますなぁ! くっ! 覗けばよかった! 覗きたかったぁ! あの時寝落ちしたあたしの馬鹿! で、寝たって本当? あたしたちがぐーすか寝てる横でヤッちゃった!?」


「開放感あふれる露天風呂でとかロマンティック~! ウチもそういう所でされたいなぁ。二人ともおめでと~。で、絶対ヤッたでしょ? 初めてはどうだったのかな~? あっ、もしかして初めてじゃなかったとか? もう経験済みだったとか!? きゃー!」


「おめでと~弟くん! 妹ちゃん! お姉ちゃんは嬉しいよ~。うぅ~、ぐすん。二人はお姉ちゃんよりも先に大人になったんだね~。うわ~ん置いて行かれた~! で、告白はどんな言葉だったの? そして、どこまでヤッたの!? お姉ちゃんに詳しく教えなさーい!」



 うるさい。外野がとてもうるさい。特に下ネタ系を止めて!


 俺たちは何もしてないから! キスまでだから! ……裸で抱き合ったけれども!


 キスでのぼせて、そのままこの布団で寝ただけだから! 何もしてないから! だからそのイラッとする笑顔をどうにかしろー!


 特に桜先生! あんた教師でしょう! もはや先生であること忘れてるでしょ! 嘘泣きまでするとか、一番ノリノリじゃん!


 後輩ちゃんが起き上がって、両手を上げて、どうどう、と女子たちを静める。


 興味津々の顔で、シーンと静まり返る女子たち。


 後輩ちゃんが、コホン、と可愛らしく咳払いをした。



「えー、わたくし、山田葉月と彼、宅島颯は正式にお付き合いを始めることになりましたー!」


「「「「「ふぅ~ん? で?」」」」」


「うっす! 反応薄っ!? ちょっと! 反応が薄いよ!」



 どうでもよさそうな女子たちに後輩ちゃんが抗議の声を上げる。


 そこはどうでもいいんで、という感情がビシバシ伝わるくらい興味なさげな声だった。


 女子たちが顔を見合わせる。



「いやだって、あたしらとっくに付き合ってると思ってたし、今さら言われてもね~」


「ウチらはその事実には興味な~い! 付き合うのは確定事項っしょ! というか、まだ付き合ってなかったの? ってレベルだよね」


「私たちが興味あるのは、告白がどういう言葉だったのか、その後どんな風にキスしたのか、布団でナニをしたのか、ということのみ! 即座に詳細に述べよ!」



 瞳をキラキラ……いや、ギラギラさせた女子たちが、鼻息荒く迫って俺と後輩ちゃんの答えを待っている。


 俺は絶対に言わない。絶対に言わないぞ! あれは俺たちだけの秘密だ!


 後輩ちゃんに目配せすると、後輩ちゃんは小さく頷いて、チョコンとウィンクした。


 俺の気持ちをわかってくれたらしい。流石後輩ちゃんだ。


 後輩ちゃんがゆっくりと口を開く。



「夜中の2時に先輩を起こした私は、先輩を露天風呂に誘い、覚悟を決めて突入しました。私は身体の前だけをタオルで隠しただけ。驚きつつも目を離せない先輩はとても可愛かったです。そして、先輩の隣に座ると、もう恥ずかしくて恥ずかしくて…。あっ、ちゃんと温泉なのでお互い裸だったよ。んで、先輩が不意打ちで褒めてきて、恥ずかしくて嬉しくて、どうにかなっちゃいそうだった! どうにかなりそうだったから先輩を揶揄ってみたんだけど、反撃されて、とても悔しかったから裸のまま先輩に抱きついたり、手を太ももで挟んでみました! 我ながら頑張りましたよ! 今思えば、よく気絶しなかったなぁ。そしたら、先輩が月を見上げながら『月が綺麗だな』って言ったの! 本当に月が綺麗だったから、そうですねぇ、とか思ってたら、何故か先輩が何度も言ってきて、最終的に私のことを好きだって言われちゃった! いやぁ、全く気付かなかった。反省反省。そしてそして! 付き合ってくれって言われたので了承しました! 幸せな気分だったから、ちょっと悪戯して先輩で遊んで、キスのおねだりをしました! だってしたかったんだもん! 開放感あふれる露天風呂で、空には満天の星と綺麗な満月。ライトアップされた幻想的な景色。その中で私たちは抱きしめ合いながらキスをして………はぁ……素敵でしたぁ。最高の告白とキスでしたぁ」



 うん、うっとりしている後輩ちゃんが全部喋っちゃった。口が止まらない止まらない。暴走機関車並みに暴走して全部喋っちゃった。


 女子たちも時々相槌を打ったり、きゃーと歓声をあげたりしている。もう大盛り上がり。朝からテンションが高いなぁ。


 まあ、後輩ちゃんが最高の告白とキスって思ってくれたならよかったかな。


 俺も最高でした。


 この後、恋愛好きの女性陣たちの口は止まらず、次から次へと質問が繰り出され、それにうっとりとした後輩ちゃんが答えるという質問会が始まりました。


 俺? 俺はスゥっと女性陣の輪から離れて、布団を畳んだりしていました。まあ、みんなちゃんと布団で寝ていなかったから結構綺麗なんだけどね。


 質問会は朝食の準備ができたという連絡が来るまで、途切れることなく続けられていた。


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