第152話 綺麗な月と後輩ちゃん

 

「葉月…綺麗だ…」


 無意識に呟いた俺は、口に出した後、数秒して自分が言ったんだと理解した。


 猛烈に恥ずかしさがこみ上げてくるが、後悔はない。むしろ開き直る。


 後輩ちゃんはとても綺麗だったんだ! 綺麗なものを綺麗と言って何が悪い!


 突然綺麗だと言われた後輩ちゃんは、一瞬だけ固まり、そして、両手で顔を覆って隠してしまう。


 真っ赤だった顔が更に赤くなっている。


 しばらくプルプルと震えていた後輩ちゃん。指の隙間からチラッと綺麗な瞳が見えた。



「…………不意打ちは卑怯です」



 ズッキューンと胸が撃ち抜かれた。


 恥ずかしがる仕草がいちいち可愛い。俺をキュン死させる気か!



「ご、ごめん。でも、物凄く綺麗なんだ」


「…………はいはいそうですねー。今は綺麗ということは、普段の私は綺麗じゃないんですねー。そうですかそうですか。いいですよーだ!」



 恥ずかしさを押し殺し、ツーンと拗ねた表情で俺を揶揄ってくる。


 俺を揶揄うことで自分の恥ずかしさを紛らさせるのが後輩ちゃんのいつもの癖だ。


 だけど後輩ちゃん、残念だったな。その揶揄い方は最悪の手だったな!



「何を言ってるんだ葉月。葉月は普段から綺麗で可愛いだろ! 今はもっと綺麗で可愛いんだ!」


「ま、真面目な顔で言わないでくださいよ~! 揶揄ったのに! 恥ずかしくて先輩を揶揄っただけなのに~! 先輩のばかぁ~!」



 後輩ちゃんが顔を真っ赤にし、恥ずかしさで今にも泣きだしそうにしながらポコポコと叩いてくる。


 ピチャピチャとお湯が揺れて危険なことになっているから、即座に止めていたきたい。お互い裸ということを忘れないで!


 ぷくーっと頬が膨れた後輩ちゃんは、何やら目を瞑って覚悟を決めた表情になった。



「えいっ!」



 裸の後輩ちゃんが俺の腕に抱きついてきた。スベスベの素肌が密着してくる。


 柔らかな後輩ちゃんの胸が直に俺の腕を包み込む。


 硬直してしまった俺。その隙を見つけた後輩ちゃんは俺の手を恋人つなぎで握ると、そのまま勝手に動かして、何やらもっちりと柔らかいもので挟まれた。


 後輩ちゃんの太ももと気づくのにそんなに時間はかからなかった。


 俺の腕は後輩ちゃんの胸で挟まれ、手は恋人つなぎのまま太ももで挟まれている。


 一体どんな状況だこれは!?



「こ、ここここここここ後輩ちゃん!?」


「じっとしててください! 私だって恥ずかしいんです! 気絶しそうなんです! 少しでも手を動かせば私のイケナイところに当たってしまうんです!」



 イ、イケナイところ………後輩ちゃんの秘密の花園……って考えるな! 考えるのを止めろ俺! じゃないと大変なことになる! 自分が抑えられなくなる!



「じゃ、じゃあ、しなければいいだろ!」


「むぅ! むぅ~~~~~~~~~~!」



 再びぷくーっと頬が膨れた後輩ちゃん。可愛らしく唸り声を上げている。


 さっさと覚悟決めろや、この野郎! と訴えかけてくるのは気のせいだろうか………いや、気のせいではない。


 女の子だって性欲はあるんです、と訴えている気がしないでもないが。


 覚悟を決めるか。今は理想のシチュエーションだしな。


 俺は腕と手に感じる至福の柔らかさを感じながら夜空を見上げる。


 満天の星空に満月が明るく輝いていた。


 バクバクする心臓を感じながら、勇気を振り絞って呟いた。



「葉月…月が綺麗だな…」


「はぁ…そうですねぇ…」



 ため息をついた後輩ちゃんも満月を眺め、ヘタレ、という気持ちを隠すことなく呟いた。


 あんれぇ~? まさか今の告白が不発した?


 夏目漱石が『I love you』を『月が綺麗ですね』と訳した有名な言葉だよね?


 一世一代の告白が不発!


 うわぁ~! 俺って痛いやつじゃん! 滅茶苦茶恥ずかしい~!


 で、でも、俺はめげない! 勇気を出すんだ! 今日の俺はヘタレない!



「月が綺麗だなぁ…」



 すんません! ヘタレました!


 後輩ちゃんはコテンと俺の肩に頭を乗せる。



「満月ですからねぇ…」



 またもや不発! ま、まだだ! 俺はやるときはやるんだ!



「月が綺麗だな」


「見ればわかりますけど…」


「だから、月が綺麗だな」


「何度も言われなくてもわかってますけど…」


「だ~か~ら! 月が綺麗だよな!」


「は、はぁ…?」


「月が! 綺麗だよな!」


「………………何が言いたいんです?」



 訝しげな表情で後輩ちゃんが聞いてくる。


 全然伝わっていないらしい。そして、何度もヘタレる俺。俺の意気地なし!


 俺は、ふぅ、と息を吐いて、後輩ちゃんの綺麗な瞳を見つめる。



「葉月…好きだ!」


「は、はぁ………………って、えぇぇええええええええ! す、すすすすす、えぇぇえええええええええええええええええ! 先輩がふぇぇええええええええええええええ! 月が綺麗ってそういうことぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!?」



 ようやく気付いたか後輩ちゃん。というか、言ってしまった……好きって言ってしまった! どうしよう俺! どうしたらいいんだ!?


 顔を真っ赤にしてあたふたと慌てる後輩ちゃん。突然の俺の告白で挙動不審になっている。



「葉月のことが好きだ。ずっと前から好きだ」


「ふぇ~~~~~~~~~~~~!? 何度も好きって言わないでくださいよぉ~~~~! だから不意打ちは卑怯ですってぇぇええええええええええ!」



 絶叫する後輩ちゃん。完全にパニックになっている。そういう後輩ちゃんも可愛い。


 俺は長年の想いを口にできてスッキリとしてた。緊張もいつの間にかぶっ飛んでいる。


 あたふたオロオロとしていた後輩ちゃんが恥ずかしそうに俺に向き直った。


 そして、覚悟を決めたみたいだ。



「あ、あの……私も好きです」



 後輩ちゃんは顔を伏せながら小さく呟いた。チラチラと視線を向けてくる。


 ヘタレの俺よ! また勇気を振り絞るところだぞ!



「葉月…俺と付き合ってくれないか? その…恋人として」


「………………はい、いいですよ」



 はぁ…やっとだ……やっと言えた。やっと付き合うことができた。


 長かったなぁ…。三年ちょっとかなぁ、後輩ちゃんを好きになって。


 まあ、いつでも告白したらオーケーだったと思うけど、付き合わなかったのは全て俺がヘタレたせいです! 本当にごめんなさい!


 肩の荷が下りた俺はぐったりと脱力する。



「はぁ…安心した……」


「あの、先輩! そのセリフは私のだと思います! 一体何年ですか!? 何年私を待たせたんですか!? まあ、これはこれで楽しかったですけど! 楽しかったですけど~!」


「ヘタレて申し訳ございませんでした!」



 俺は深々とぷんすか怒っている後輩ちゃんに頭を下げる。


 後輩ちゃんがちゃぷちゃぷとお湯をかけて意地悪してくる。



「ちょっ! 止めろ! お湯をかけるのを止めろ!」



 後輩ちゃんはますます楽しそうにお湯をかけてくる。


 ちゃぷちゃぷからバシャバシャに変わっている。



「先輩がキスしてくれるまで止めませ~ん!」


「濃厚なのするから止めて! ぷはっ!?」



 最後に顔面にまともにくらった。ちょっと! 鼻にお湯が!?


 後輩ちゃんがクスクスと顔を赤くしながら笑っている。


 もう! 絶対に許さん! 後輩ちゃんが止めてと言っても止めないからな!


 後輩ちゃんが目を瞑った。僅かに顎を上げる。


 俺は後輩ちゃんにキスを…………せずに、ぎゅっと抱きしめる。



「ふぇっ!? ふぇ~~~~~~~~~~~~!? せ、先輩裸! 私たち裸ですから!」


「…………そうだったな。裸だったな。一緒に温泉に入っていたんだった…」



 抱きしめた後に気づいてしまった。お互い裸だったことに。


 ごめんなさい。いつものノリで抱きしめてしまいました。


 後輩ちゃんの素肌とか、胸の柔らかさとか、胸の先端の感触とか、全てが伝わってくる。


 理性が…理性がガリガリと削れていく……。



「せ、先輩……下を見ないでくださいね…」


「わかってる」


「いや、その、見てもいいんですけど、絶対に気絶する自信があります。というか、今にも気絶しそうです!」


「こ、こういう時は、ち、力を抜いて深呼吸を!」


「は、はい!」



 スゥーハァースゥーハァーと深呼吸する後輩ちゃん。俺も同じように深呼吸する。


 深く息を吸いこむたびに後輩ちゃんの甘い香りがする……これって逆効果だよね!? ますます興奮しちゃうんだけど!?



「深呼吸は逆効果だった…」


「私もです。先輩、一思いにやってください!」


「わかった。いくぞ!」



 俺は目を瞑った後輩ちゃんにキスをした。触れるだけの優しいキス。


 柔らかくてしっとり潤っている後輩ちゃんの唇を堪能する。


 後輩ちゃんの口から甘い吐息が漏れた。



「んぅっ♡」



 自然と唇が離れて、お互いに至近距離で見つめ合う。


 後輩ちゃんの潤んだ瞳。火照った肌。熱い吐息。


 目の前にいる後輩ちゃんのすべてが愛おしい。



「葉月、好きだ。大好きだ」


「私も大好きです。だから先輩、もっと…」


「わかってる」



 熱っぽく潤んだ後輩ちゃんと見つめ合い、再び唇を合わせた。


 後輩ちゃんの濡れた身体に回した腕をゆっくりを這わせて抱きしめる。


 ビクビクしてるけど気にしない。余計に胸が押し付けられるけど気にしない。


 ただひたすら愛しい後輩ちゃんを抱きしめてキスをする。


 徐々に徐々に舌を絡め、少しずつ少しずつ激しいキスをしていく。


 開放感あふれる露天風呂。幻想的なライトアップ。夜空には満点の星々。


 ここにいるのは後輩ちゃんと俺だけだ。


 俺たちはお湯に浸かりながら裸で抱きしめ合い、いつまでもいつまでもキスを続けていく。


 誰も知らない二人だけの逢瀬を、綺麗な満月だけがずっと見つめていた。




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よっしゃー! やっとここまで来たー! あぁー長かった…

ちなみに、まだまだ続きますよー!             (by作者)

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