第150話 ヒロインの先輩

 

 女子部屋はただいまカオスになっております。


 あちこちで浴衣が乱れた女子たちや、抱き合って絡み合っている女子がいる。


 お風呂から上がり、みんなで牛乳やアイスを食べた後、一斉に髪を乾かし始め、ちょっと部屋の中の空気が暑くなった。


 そして、暑い暑い言いながら、みんな服をはだけさせていった。先輩が居るのに。先輩が居るのに!


 ほらそこっ! 胸チラさせない! 水色のブラが見えてるから!


 そこの人! 暑いからって股を大きく広げて扇がない! パンツ見えてるから! 黒の透け透けが見えてるから!


 そっちも! パンツ……穿いていないだと!? しかもノーブラ!? くっ! やるな!


 先輩見ちゃダメです! 見るなら私を見てください!


 というわけで、私は先輩が盗られないように腕をしっかりとホールドしております! ガルルルル……!



「………なんかすごいな……」



 カオスの女子部屋にいる先輩がドン引きしながら呟いた。



「だいたい女の子ってこういうものですよ。男性が抱いている女子への考えは全て幻想です! あり得ません!」


「それは、まあ、うん、知ってる。いや、知ってはいたが、本当に目にすると圧倒されるな」



 なるべく周りを見ないようにしている先輩。


 近くで盗み聞きしていた女子たちが先輩に絡んでくる。まるで酔っぱらいのおじさんのようだ。



「颯くんは~こういう女の子って嫌い~?」


「嫌なら猫被ろうか~?」


「いや、これはこれで可愛いからそのままでいいよ」



 くっ! 先輩の女誑し! 誑すなら私だけにしろ~!


 可愛いと言われた女子たちが先輩にすり寄ってきた。



「はいそこ! 先輩に後ろから抱きついて胸を押し付けないで! そこも! 先輩の腕を離して! そしてさりげなく先輩の太ももを触るなぁー!」



 ちょっとでも隙を見せたら先輩にすり寄るんだから!


 先輩は渡しません! 先輩から離れろー! ガルルルル!



「おっと! 正妻様のお怒りだ」


「退散退散! またね~♪」


「もう来るな! ふしゃー! ふしゃー!」



 楽しそうに退散する女子に威嚇をする。


 こらっ! 最後に投げキッスして逃げるなぁー! ばかぁー!



「あぁーよしよし。後輩ちゃんどうどう」



 先輩が優しく頭を撫でてくれる。とても気持ちいい。


 先輩の腕に顔を擦り付けて猫のように甘える。あぁ、先輩のいい香りがする。先輩しゅき。



「おーい! そこのバカップルさーん! 差し入れでーす!」



 また邪魔者…じゃなくて、女子数人が私たちの近くにやってきた。


 物凄く浴衣がはだけている。胸もとも太ももも露出が激しい。


 思わず目つきが鋭くなったけど、先輩に頭を撫でられて癒される。


 ごろにゃ~ん。きもちいい…。



「おっと! チョコを持ってきたけど、チョコよりも甘々だねぇ。もう口の中が甘ったるいよ」


「うん、これだよこれ。夏休み中これが足りなかった……」


「ありがたや~ありがたや~」



 何故か拝まれる私たち。神様でも何でもないんだけど。


 手に持ったチョコの箱を恭しく献上された。



「お供え物にございます。あっ、ラムレーズンがちょこっと入ってるけど、アルコール度数0.5%だから大丈夫だよね?」


「大丈夫だよ」


「私も大丈夫!」



 と言いながら、私と先輩はありがたくチョコを一つ貰う。


 手に持ったチョコを眺め、私はあることに気づいた。



「…………はっ!? こ、これは、ヒロインの酔っぱらいイベント!? ほんのちょっとのアルコールで酔っぱらったヒロインが、主人公に甘々になる王道ラブコメイベントではありませんかっ!?」


「いや、後輩ちゃん、何言ってんの? それは小説や漫画やアニメの話でしょ?」


「現実でも起こるかもしれないじゃないですか! くっ! 私のヒロイン力が試されるんですね! 頑張れ私の中のヒロイン! 酔っぱらって先輩に甘えるのだ!」



 もう既に甘えてると思うけど、という先輩の声を聞きながら、チョコを口の中に放り込んだ。


 チョコレートの甘さと、ラムレーズンの美味しさが絶妙にマッチしてとても美味しい。


 ゆっくり味わって食べて、飲み込んだけど、何も身体に変化はない。



「くっ! 先輩ごめんなさい。家事能力皆無の私にはヒロイン失格みたいです……」


「いや、だから! あれは2次元の話だから! これ、アルコール度数0.5%なんでしょ? ノンアルコール飲料みたいなものでしょ。あれってアルコール度数1%未満の飲み物だし」



 先輩がチョコを口に入れてモグモグしている。


 それはそうだけど、アルコールが入っていることには変わりない。


 量が少なかったのかな? でも、酔っぱらうほど食べるのは流石に身体に悪そうだなぁ。止めておこう。


 未成年の飲酒はダメ絶対! 飲酒じゃないけど…。


 成人したら先輩とお酒を飲もう! 酔っぱらった私はその時までのお楽しみだ!


 ごっくんと飲み込んだ先輩。ポフンッと顔が真っ赤になった。



「ふぇっ?」



 ぽわ~んと夢見心地で頭がフラフラしている。とろ~んと蕩けた熱っぽい瞳の先輩。


 ぽわぽわと笑いながら先輩が私に抱きついて顔をスリスリし始める。


 こ、これはまさか!?



「………えへっ……はじゅきぃ~…えへへ…」


「き、きたぁー! 流石先輩です! 流石ヒロイン属性の乙女先輩です! まさか本当に酔っぱらうとは!? そうです! そうですよ! ヒロインは私じゃなくて先輩でした! 酔っぱらった先輩がきたぁー!」



 思わず大声を上げて叫び声をあげる。


 一粒のチョコレートで酔っぱらった先輩は、私の胸に顔を擦り付けている。


 あぁもうなにこれ! 可愛すぎる! 酔っぱらった先輩が可愛すぎる! 何だこの可愛い生き物は!? 抱きしめてあげる!



「むぎゅ~!」


「むぎゅ~! ……えへへ……これしゅき……」


「ぐはっ!」



 何この可愛い生き物は!? 天使か? 先輩は天使なのか!?


 酔っぱらった先輩マジ最高! 生きててよかった……!


 周りの女子や桜先生……じゃなくてお姉ちゃんも何事か、と集まってきて、酔っぱらった先輩にノックアウトされている。



「ヤバい……颯が可愛い」


「きゃー! 可愛い~! こっちむいて~!」


「きゃー! 弟くんが可愛いー! 弟くん! お姉ちゃんのところにもおいで~!」



 お姉ちゃんがトロットロに蕩けた表情で手を広げて待っている。


 先輩はチラッとお姉ちゃんを見たけど、私にぎゅっと抱きついた。



「やっ! 葉月がいいの!」


「「ぐはっ!」」



 私は先輩の可愛さに吐血し、お姉ちゃんはショックで吐血した。


 何この可愛い生き物は!? 酔っぱらった先輩、とてもいい!


 拒否されて、ガーンと落ち込んでいるお姉ちゃんを見て、先輩がオロオロと可愛らしく慌て、私のことを上目遣いで見つめてきた。


 私は優しく頷いてあげる。



「可哀想だから、ぎゅ~してあげる。お姉ちゃんむぎゅ~!」



 酔っぱらって幼児退行している先輩がお姉ちゃんにむぎゅ~っと抱きついた。


 姉さんからお姉ちゃんに呼び方が変わっている。



「は、はぅっ!? お、弟くんが……弟くんがぁ~可愛いよぉ~! お姉ちゃんは弟くんが大好きよぉ~!」



 感極まったお姉ちゃんが、酔っぱらった先輩を抱きしめている。


 お姉ちゃんの大きなおっぱいで先輩の顔が埋まり、苦しそうにジタバタしている。お姉ちゃんは気づかない。


 先輩はお姉ちゃんの腕を叩くが、だんだんと弱々しくなっていった。



「お姉ちゃん。先輩が死んじゃいそう」


「あらっ? ごめんなさい弟くん!」



 ぷはっとお姉ちゃんの巨乳から抜け出した先輩は、涙目になりながら私に抱きついてきた。



「く、くるしかったよぉ~!」


「はぅっ!? あ~よちよち~。苦しかったでちゅね~。私は丁度いい大きさのおっぱいですよ~」



 私に抱きついて、胸に顔を擦り付けて甘えてくる先輩。


 いつもこれくらい甘えてくれたら可愛いのに………いつも可愛いけど!



「あのね、あのね! ボクね、いつもね、葉月にたっくさん甘えたいんだけどね、恥ずかしくてできないの! でも、今日はポワポワして気持ちいいからいいよね?」


「うんうん! たっくさん甘えていいですよ」


「わーい!」



 嬉しそうに抱きついてスリスリする先輩。


 何この可愛い生き物は!? 私、鼻血が出そうなんだけど! キュン死しそうなんだけど! 酔っぱらいの先輩の破壊力がヤバすぎる!


 だ、だれかぁ~! この天使のような可愛らしい先輩を止めてぇ~! 私、死んじゃいそうだよぉ~! 酔っぱらって幼児退行した先輩を止めてぇ~!


 あっ、やっぱり止めなくていい! このまま先輩を愛でて死にたい!


 流石ヒロイン属性の乙女先輩でした。


 私は先輩が気持ちよく寝始めるまでずっと先輩を愛でていたのだった。


 あぁ~可愛かった…。もう幸せ……!


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