第140話 バスガイドの美緒ちゃん先生
点呼が無事に終わり、俺たちを乗せたバスがゆっくりと走り始めた。
今乗っているバスは生徒と桜先生だけ。もう一台のマイクロバスに保護者が乗っている。
マイクを持った桜先生が号令をかける。
「皆さーん! 運転手さんにお願いしますを言いましょう! せーのっ!」
「「「よろしくお願いしまーす!」」」
小学生並みの元気な挨拶をする俺たち。仲の良さと元気の良さが俺たちのクラスの良いところだ。
運転手のおじちゃんが嬉しそうに返事をした。
一番前の席の俺にはニコニコ笑顔で運転するおじさんの顔が見える。
桜先生はマイクを持ったまま、ちょっと悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「えー、ここからはバスガイドの桜美緒が目的地までご案内いたしまーす! ふふふ。一回バスガイドになって見たかったの♪」
きゃー、とか、うおー、とか、イエーイ、とかノリノリで盛り上がる俺たちのクラスメイト。
特に男子からの大歓声が物凄い。大熱狂だ。
もちろん、俺と後輩ちゃんも弟と妹として姉の桜先生に声援を送る。
「まず最初は………………何しよっか?」
ズコーっとズッコケる真似をする俺たち。みんなノリノリだ。
そして、桜先生と笑いあう。
どうしよっか、と困った表情で呟く桜先生に、生徒の一人か質問が飛ぶ。
「美緒ちゃんせんせー! 夏休みは何をしていましたかー? あっ、仕事以外で!」
桜先生が頬に手を当て、プライベートかぁ、と考え込むと、ハッと何かを思い出した。
ぽむっと手を叩くと、嬉しそうに爆弾を放り込んだ。
「私、家族ができました!」
バスの中がシーンと静まり返った。静寂がバスの中を覆いつくす。
一瞬間が空いた後、バスの中が阿鼻叫喚に包まれた。いや、地獄絵図と言ってもいいかもしれない。
女子たちは目を輝かせながら黄色い大歓声を上げている。桜先生の家族に興味津々だ。
男子たちは唇を噛み締め、血の涙をドバドバと流している。俺のアイドルがぁ~、と悲嘆に暮れている。
本当に血が出ていて怖い。恐怖映像だ。俺、今日の夜寝れるかなぁ?
あらゆる感情が入り乱れる中、一人の女子生徒が声を張り上げた。
「美緒ちゃん先生! ズバリ! 結婚したんですか!?」
一瞬で静まり返るバスの中。クラスメイト達は固唾を飲んで桜先生の回答を待っている。
俺と後輩ちゃんは答えを知っているため、手を繋いでこっそりとイチャイチャしております。
桜先生はキョトンとした様子であっさりと答えた。
「えっ? 違うけど」
あぁ~、と落胆する女子たちと、よっしゃー、と大歓声を上げる男子たち。
また、一人の女子が大声を上げてクラスメイトを鎮める。
「ちょっと待って! みんな落ち着いて! まだわからないわよ!」
バスの中が静まり返り、女子生徒が緊張感を滲ませながら桜先生に質問する。
「先生。彼氏ができましたか?」
「違うけど」
「じゃあ、ペットでも買ったのー?」
「違うわね。ウチはペット禁止よ」
「じゃあ、もしかしてのもしかしてだけど………妊娠した?」
クラスメイト達が一斉に桜先生のお腹に注目する。
期待と緊張感で静まり返るバスの中で、みんなが一斉にゴクリと唾を飲み込んだ。
桜先生は悪戯っぽく微笑んだ。
「ふふっ。みんなはどう思う?」
そして、愛おしそうにお腹をひと撫でした。
クラスメイト達の顔が強張り、バスのエンジン音と道路を走る音だけが社内に響く。
「ま、まさか……!?」
「なーんてね! そんな予定はありませーん!」
ニコッと笑って冗談だと打ち明ける桜先生。
クラスメイト達は落胆と安堵で、はぁ、と深い息を吐いた。
俺と後輩ちゃんは当然知っているため、片手で手を繋ぎ、もう反対の手でじゃんけんをして、あっちむいてホイをして遊んでいた。
お互いに相手を見つめることに忙しくて、顔を動かさないということが多かったのは秘密である。
「じゃあ、何だったんですか?」
男子生徒が疲れた様子で桜先生に問いかけた。
桜先生はチラッと俺と後輩ちゃんを見て、嬉しさを隠しきれずに笑顔で答えた。
「なんと! 弟と妹ができましたー!」
おぉ、と驚きの声が上がり、おめでとー、とあちこちから聞こえ始める。
桜先生も、ありがとー、と応じている。
「いやー、ずっと独り身だったから、弟と妹ができて本当に嬉しいわー! 最近は毎日が楽しすぎる! 妹ちゃんは綺麗で可愛くていい香りがして可愛いの! 弟くんはかっこよくて料理上手で掃除もできて細マッチョでかっこいいの! もう二人とも大好き!」
一人盛り上がる桜先生。俺と後輩ちゃんは聞いていて恥ずかしい。
シーンと静まり返るバスの中。クラスメイト達は何やら目を瞑って考え込んでいる。
「ど、どうしたの?」
「いや、あのですね。新しくできた弟さんと妹さんは赤ちゃんじゃないんですか?」
「へっ? 私の両親はだいぶん前に亡くなってるわよ。生きてたら60歳を超えてるし。普通にみんなと同年代よ」
「あぁ~! なるほど! 義理の弟さんと妹さんなんですね! 赤ちゃんじゃないんですね。ようやく理解しました!」
皆は赤ちゃんを想像していたらしい。
だから桜先生の言葉とイメージが結びつかなかったようだ。
ようやく理解した生徒たち、主に男子たちが何故か血の涙を流して悔しがっている。
「くっ!? あの美緒ちゃん先生の弟だと!? 羨ましい!」
「義理の姉弟だと何をしても許されるではないか!?」
「ラノベか!? ラノベ展開が本当にあるのか!? なら、何故俺が主人公じゃないんだぁー!?」
「あのダイナマイトボディーを好きに出来るなんて……」
「「「弟を殺してやる!」」」
おぉー。殺人予告されてしまったぞ俺。絶対にバレないようにしようっと。
ただでさえ後輩ちゃんと仲良くして殺されそうなのに、桜先生の弟になったってバレたら即処刑されるな。気をつけよう。
男子たちが一致団結して殺人計画を立てていると、女子の一人が、あっ、とあることに気づいたようだ。
「……そういえば同じアパートって言ってた。あぁ~なるほど~。全部当てはまるわ」
隣の女子がブツブツと呟く友達に問いかける。
「なになに? どうした?」
「いやいや、ちょっとね。ねぇー、美緒ちゃん先生とそこでイチャこらしているバカップル! 後で尋問……もとい話を詳しく聞かせて貰ってもいいかな?」
「ええ、いいわよ。旅館に着いたら女子会しましょう!」
「
後輩ちゃんは手を振って賛成の意を表する。
何故言葉が変なのかと言うと、俺と後輩ちゃんはお互いの頬をムニムニしているからだ。
このモッチモチのもち肌にハマってしまい、お互いにムニムニが止まらないのだ。
桜先生が混ざりたそうにチラチラと視線を送ってくる。
この質問内容で女子たちは次第に桜先生の弟と妹の正体がわかったようだ。
あちこちから納得の声が聞こえてくる。
「せんせー! その二人と何かした―?」
「二人とはね、花火を観たりプールに行ったりしたの! 本当に楽しかったわぁ」
そこ詳しく、と身を乗り出して喰いつくクラスメイト達。
男子たちは桜先生の水着姿を想像し、女子たちは俺たちとのエピソードを期待している。
しばらくの間、桜先生の質問が飛び交い、先生は嬉しそうに惚気話をしていたのだった。
バスの中は目的地に着くまで、終始賑やかだったとさ。
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