第139話 クラス会の開始と後輩ちゃん

 

「はーい! ぜーいんちゅーもーく! 全員そろったわねー?」



 俺たちは大声を上げて整列させる桜先生に注目する。


 今日から俺たちのクラスはクラス会で二泊三日の温泉旅行に行く。


 担任も副担任も家庭の用事で来ることができなかっため、急遽引率が桜先生になったのだ。



「今日から二泊三日でクラス会を行います! 引率は私、桜美緒が行います!」



 いえーい、と男子からの大歓声が巻き起こる。


 桜先生は生徒たち、男女問わず絶大な人気を誇る女性教師なのだ。


 特に男子からの人気はそこらのアイドルや芸能人を遙かに上回る。


 そんな人気者の桜先生は、いつもの家の中のポンコツさは感じられず、クールで美人な女教師を演じている。


 外行きの桜先生の姿だ。



「他にもクラスの保護者の皆さんにも引率をお願いしています。問題を起こさないよーに!」


「「「はーい!」」」



 小学生のように元気よく返事をする俺たち。


 元気のいい返事を聞いて、桜先生は満足気だ。



「目的地までは時間がかかります。先にトイレを済ませておきなさい。トイレを済ませた人からバスに乗り込むこと! 運転手さんに、よろしくお願いします、って言うのよ!」


「「「はーい!」」」


「では、十分後にバスの中で点呼を取ります。各自トイレに行ったりバスに乗り込んだりしてください。行動開始!」



 わー、と各々トイレに行ったり、バスに乗りこんだりし始める。


 後輩ちゃんは日傘をさした女子たちに囲まれて見えない。


 男子たちも私服姿の後輩ちゃんを一目見ようと遠くから凝視している。


 残念だったな男子たちよ!


 予想済みの後輩ちゃんの服は露出度が少なめの服を着てますよ。


 俺はさっきトイレも済ませたのでバスに乗ろうと思ったが、今回は女子から乗り込むことが決まっているらしい。


 女子の決定には男子は逆らえない。


 だから、いろいろと気を配って働いている桜先生に近寄った。



「あら? どうしたの、宅島君?」


「桜先生が先生してるなぁって思いまして」


「むぅ! 私は元から教師です!」



 ぷくーっと頬を膨らませて怒る桜先生。


 若く見える先生にはよく似合っているけど、これでも30歳だ。



「な~んかイラッとしたわ」



 俺の頬をむに~んと抓って引っ張る桜先生。


 痛い。痛いです。ごめんなさい。年齢のこと考えてごめんなさい!



ふぉふぇんふぁふぁいごめんなさい


「ふむ! まあいいわ。あなたの席は一番前らしいから乗っちゃっていいわよ」


「えっ? いいんですか? というか、席は自由席じゃ…」



 桜先生に引っ張られて赤く腫れて痛む頬を撫でながら問いかけた。


 あぁ~痛かった。



「山田葉月さんからのご命令よ」


「へいへい。我がお姫様のご命令ですか。あと、どこかで頑張っている教師の姉のご命令ですか?」



 俺は揶揄うような口調で桜先生に問いかけた。


 一番前ということは、自ずと桜先生とも近くなる。


 引率の先生は最前列に座るからだ。


 どこかで頑張っている教師の姉は、恥ずかしそうに顔を背けながら棒読み口調で答えた。



「なんのことかなー? ということで、さっさと座っちゃって」


「はーい」



 誤魔化すようにバスの方向へ背中を押された俺は、素直に返事をしてバスの中に乗り込んだ。


 もう既に席を確保している数人の女子たちに挨拶して、俺は冷房の効いたバスの中の最前列の窓側に座った。


 俺の後から続々と女子がバスの中に入ってくる。


 私服姿の女子たちは、俺に微笑みかけたり、手を振ったり、ウィンクしたり、投げキッスしたり、全員何かしら俺を揶揄ってくる。


 そんなに俺を揶揄うのが楽しいのだろうか?


 入学したての宿泊研修の時は男女で座ったけど、今回は女子同士で座るらしい。


 バスの中が徐々に女子たちの会話で盛り上がる。


 女子の最後は後輩ちゃんだった。


 最前列にいる俺を見つけた後輩ちゃんは、輝く笑顔を浮かべて手を振りながらバスの席へと滑り込み、ごく自然な動作で座った。



「あの……後輩ちゃんや?」


「はい、何でしょうか、先輩?」


「どこに座っているのかな?」


「私の席ですけど」


「後輩ちゃんの席は俺の膝の上なのかな?」


「はい!」



 ごくごく自然な動作で俺の膝に座った後輩ちゃん。


 質問の返事も即答だった。


 嬉しそうに俺の身体に背を預けてくる。


 後輩ちゃんのお尻の感触が気持ちいい。



「先輩も自然に私のお腹に手を回してふにふにしてますけど」


「はっ!? 手が勝手に!?」



 無意識とか慣れって恐ろしいね。


 手が勝手に動いて後輩ちゃんのお腹をふにふにしている。


 うん、気持ちいい。やっぱり後輩ちゃんのお腹は最高だ。



「まあ、バスが出発するときにはちゃんと席に座りますので、それまではいいじゃないですか!」


「う~ん……まあ、いっか」



 少しの間逡巡したけど、結局、後輩ちゃんの温もりと、柔らかさと、あまい香りと、お尻とお腹の感触の誘惑に負けた。


 俺は後輩ちゃんのお腹をふにふにし続ける。


 バスに乗ってくる男子たちの殺意の視線が痛いけど、俺は後輩ちゃんに癒されているから気にしない。


 バスの中が次第に喋り声が大きくなる。


 後輩ちゃんのお尻とお腹の感触を楽しんでいたら、俺はあることを思い出した。



「あっ…!」


「んっ? どうしたんですか?」



 後輩ちゃんが振り向いて首をかしげている。



「いや、どうでもいいことなんだけど、後輩ちゃんが入学してからすぐに宿泊研修でバスに乗ったよな?」


「あぁ~ありましたね。先輩が留年してすぐの宿泊研修ですね」



 うっ……そうだった。俺は留年してたんだった。


 まあ、後輩ちゃんと一緒のクラスで楽しいからいいんだけど。



「その時に、後輩ちゃんが場所を移動しようとして俺の膝の上に座ったことがあったよな?」


「あ~、ありましたね。遠い昔のようですが…」


「あの時は後輩ちゃんが顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたのになぁ…と感慨深くなりました。今はこうも平然と座っているのに……。後輩ちゃんも逞しくなりましたなぁ」


「私も先輩のおかげでいろいろと成長しました。あの時は先輩も顔真っ赤でしたけどね。そういえば、あの頃はちょっと先輩に触れるだけで気絶しそうでした。逞しくなったなぁ私」



 過去を思い出しながら遠くを見つめる俺と後輩ちゃん。


 俺も後輩ちゃんに触れるのがまだ恥ずかしかったなぁ。


 今じゃ平然と後輩ちゃんを抱きしめているし、後輩ちゃんに触れないと安心できないというか、後輩ちゃんを抱きしめるのが日課になっているからなぁ。


 慣れって恐ろしい。


 二人で過去に浸っていると、バスに乗り込んできた桜先生が俺たちを見て固まった。



「………なんで長年連れ添って深く愛し合った熟年の老夫婦みたいな雰囲気を出してるの?」


「いろいろありまして」


「私たちの成長と愛の深さを噛みしめているところなのです」


「そ、そう。ほどほどにね」



 ちょっと羨ましそうな桜先生は、気を取り直して声を張り上げた。



「全員そろっているか点呼を取りまーす!」



 こうして俺たちのクラス会が始まった。


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