第138話 お泊りの準備と後輩ちゃん
寝室にキャリーケースを広げ、後輩ちゃんと頷き合う。
そして、後輩ちゃんが選んだものを俺が受け取って、綺麗にケースの中に詰め込んでいく。
「日焼け止めクリーム、石鹸、シャンプー、その他美容品などなど」
「ほいほい。女の子って大変だなぁ」
次から次へと手渡される化粧水などを綺麗に袋に纏めて敷き詰める。
「そうなのです! 女の子は大変なのです! 誰かさんを堕とすために私は頑張るのです! 水着は……二つとも持っていこうっと」
ポイポイっと投げられる二つの水着をキャッチして、キャリーケースに入れていく。
今俺たちは数日後に迫ったクラス会の準備をしている。
二泊三日のお泊り旅行。行先は温泉旅館だ。
クラスメイトの親戚が経営する温泉旅館を貸し切りにしてもらったらしい。
正確には、改装してまだオープンしておらず、改装後の意見が聞きたいということで、格安で泊めてくれることになったのだ。
また、そこに行くためのバスもバス会社が全面協力してくれるらしい。
これは、親がバス会社を経営しているクラスメイトがいたからだ。
というわけで、俺たちのクラスはちょっと早い修学旅行だ。
「ふ~む。体操服は必ず持って来いってありましたが、私服はどうしましょうか? 先輩! 何かリクエストありますか?」
投げ渡された体操服を畳んでケースに入れながら考える。
「ワンピースかな?」
「ワンピースですか。ふむふむ。じゃあ、この真っ白なワンピースにしようっと! ついでに下着も合わせて純白に…」
白い清楚なワンピースを投げ渡され、純白のシンプルなブラとショーツも手渡される。
まあ、いつも洗濯するのは俺だから見慣れてるけど、一応俺も男だからね?
もっと隠そうとしてよ……。照れる様子もなく、ポイってするの止めようよ…。
後輩ちゃんって女の子だよね? 現役女子高校生だよね?
俺は呆れながら投げ渡された私服を畳んで詰めていく。
「パジャマはいつものだから、後は……勝負下着です! どれにしようかなぁ~?」
勝負下着を選び始める後輩ちゃん。楽しそうに鼻歌を歌っている。
だから、俺はここにいるんだけど? ちょっとは意識してくれないかな?
というか、勝負下着って必要なのか?
「先輩。勝負下着は必要なのか、って思っていますね?」
「な、何故それを!?」
「先輩の顔にばっちり書いてありました。お泊りには勝負下着は必須です! 女の子同士でもいろいろとあるんですよ。それに、泊まる場所は温泉旅館ですよ! いざという時があるじゃないですか!」
「い、いや~、クラス会だから二人っきりの夜にはならないと思うんだけど…」
「可能性はゼロではありません! 恋する乙女は常に戦争なのです!」
うおぉぉおおおお、と拳を握りしめて燃えている後輩ちゃん。
ヤル気に満ち溢れている。………おっと。やる気だった。字を間違えた。
俺もあとで勝負下着を準備しておこうっと。
「と言うわけで先輩! リクエストはありますか!? 私、黒は外せないと思うんですけど!」
「ふむ………悩みますなぁ。俺も黒は外せないなぁ。ピンクもいいけど水色もいい。いや、ここは赤でもいいかも。紫もありだな」
「ですよね。悩みます……」
カラフルに並んだ後輩ちゃんの勝負下着の前で、腕を組んで真剣に悩む俺と後輩ちゃん。
これはとても悩む。
どれも捨てがたい。いっそ着て見せてもらうか?
俺は後輩ちゃんにお願いしようとして、ふと気づいた。
何故俺は後輩ちゃんの勝負下着を真剣に選んでいるのだろう、と。
「やっぱり後輩ちゃん。自分で選んでくれ」
「えぇー! なんでですかぁ!」
「その、ほら! 俺、男だし?」
「乙女先輩が今更何言ってるんですか!? それに、私に似あう下着を自分で選べるのですよ! 絶好のチャンスですよ! 先輩の好みを教えてくださいよぉ~!」
くっ! 俺の好みを把握するための下着選びだったのか!
まあ、後輩ちゃんに似合えば何でもいいんだけど。
それに、選ぶのもいいけど、サプライズというか、自分が知らないほうがドキドキするんだよなぁ。
って、何を考えているんだ俺は!?
「ふむふむ。サプライズとか不意打ちに弱いんですか。知らないほうが興奮するんですか。なら、私が後で一人で選びます」
俺の顔をじーっと観察していた後輩ちゃんが、勝手に頷いて勝手に納得してしまった。
何故バレている!?
「顔に書いてありました!」
「………顔を読むのも心を読むのも止めてください」
「はーい!」
元気に返事をする後輩ちゃん。返事だけはいいんだから。
「あと必要な物は……ゴムですね!」
「髪留めか。確かに必要だな」
後輩ちゃんの髪はセミロングだ。ポニーテールがよく似合う。
最近は俺が後輩ちゃんの髪を結んでいるけど。
だから、俺の気分によって後輩ちゃんの髪型は変わる。
ちなみに今日は、三つ編みハーフアップだ。
「はいはい……って、ゴムはゴムでも避妊具じゃねーかっ!?」
ついつい投げ渡された箱を、キャリーケースに敷き詰められた洋服に叩きつけた。
何故箱ごとなんだ!? せめていくつか…いや、そもそも必要ないだろ!?
「何があるかわかりませんよ! カップルの必需品です!」
「まあ、そうだけどさ…………って、まだ俺たち付き合ってないんだけど」
「誰かさんのせいですけど」
「ごめんなさい」
じっとりと湿ったジト目を受けた俺は即座に正座して頭を下げた。
後輩ちゃんは呆れてため息をついている。
「まあ、いいです。それは念のため入れておいてください。先輩が女子部屋に突撃するかもしれませんし、もしかしたら混浴露天風呂があるかもしれません」
「いや、俺以外の男子もいるんだけど。混浴露天風呂があったら、絶対あいつら入ると思うんだけど」
「そこはまあ、みんなが寝静まった深夜に二人っきりで入ればいいじゃないですか。温泉に入りながら開放感あふれる月夜の下でって憧れません?」
「…………後輩ちゃんってそういう趣味が?」
「そういう趣味? 一体何のことですか?」
アブノーマルな趣味があるのかと思ったけど、後輩ちゃんはキョトンとしている。
「泉に入りながら開放感あふれる月夜の下で告白ってロマンティックだと思ったんですけど……」
「……あぁ! 告白! 告白ね! そっか、そっちか!」
変なことを考えてしまった俺は汚れている。
話の流れ的にそういうことだと思っちゃうよね! 仕方がない仕方がない。
純粋無垢な後輩ちゃんでよかった。
「そっちって、他に何を考えたんですか? まあ、その顔を見たら何となくわかりましたけど。先輩のえっち!」
頬を少し真っ赤にした後輩ちゃん。恥ずかしそうにもじもじとし始める。
「………も、もし、先輩が望むのなら、そういうことも吝かではありませんが。私、頑張りますね!」
「頑張らなくていい! しないから!」
まあ、俺もあとで避妊具の準備をしておこう。俺は密かに決心した。
ちょっと変な空気になった俺たちは、挙動不審になりながらも泊まりの準備を行う。
必要な物はほとんどすべて準備し終わり、ふぅ、と息を吐いたところで、バッターンと勢いよく部屋のドアが開いた。
「弟くん! 手伝って!」
勢いよく入ってきたのは桜先生。何か慌てている様子だ。
「いいけど。一体何の手伝い?」
「お泊りの準備を手伝って欲しいの!」
「お姉ちゃんもお泊り行くの?」
俺と後輩ちゃんは首をかしげる。
桜先生は嬉しそうに頷いた。そして、得意げに胸を張る。バインっと大きな胸が弾んだ。
「ふっふっふ! お姉ちゃんも二人のクラス会に同行することになりました!」
「えっ! なんで!?」
「二人のクラスの担任の先生も副担任の先生もご家庭の用事で行けなくなったらしくて、私に話が回ってきたのです! お姉ちゃんも二人と一緒に温泉旅行に行けます!」
「やったー!」
後輩ちゃんと桜先生がハイタッチして喜んでいる。本当に仲が良いなぁ。
「本当はサプライズにしたかったんだけど…」
「旅行の準備が一人で出来なかったんだな」
「そういうこと! 流石弟くん!」
ビシッと指さしてくる桜先生。
自慢げに言うの止めようよ。家事能力皆無なのは知ってるけどさ。
まあ、一人で準備しようとしなくて正解だな。
もし一人で準備していたら、最悪の場合、部屋が魔界と化すだろう。
掃除が大変になるからぜひ止めてもらいたい。
「よし! 後輩ちゃんと同じように、姉さんが必要な物を選んでくれ! 俺がキャリーケースとかバックに詰めていくから!」
「はーい!」
「先輩先輩! 私は何をしたらいいですか!」
「後輩ちゃんは姉さんのお手伝い! このジャージの魔王の洋服を選んでやってくれ!」
「イエッサー!」
「ジャージの魔王って…弟くんも妹ちゃんも酷い!」
こういうわけで、俺たちはわいわいがやがやしながら旅行の準備をするのであった。
クラス会が楽しみだ。
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