第141話 温泉旅館と後輩ちゃん

 

 バスに揺られること数時間。俺たちはバスの中で大いに騒いで疲れ果てた。


 そして、やっと目的地である温泉旅館に到着した。


 全員が運転手のおじさんにお礼を言って荷物を受け取る。


 荷物を持った俺たちは、旅館の敷地の入り口で全員立ち止まって呆然とする。


 誰もがポカーンと口を開けたまま固まり、ゴトリと荷物が地面に落ちる音がする。



「………でかくね?」


「………大きいですね」



 お隣の後輩ちゃんもポカーンとしている。


 入り口から見えるのは池のある風流な日本庭園。


 建物は超々高級旅館のような趣のある宿だ。


 すごい。とてもすごい。語彙力がなくなるほどすごい。それほどすごかった。


 俺は同じく固まっている桜先生に問いかけた。



「桜先生? 固まってていいんですか? ここは大人として、教師として、先陣を切って俺たちを導いてください」


「ふぇ? ふぇー!? わ、私が先頭なの!? でも、こ、ここは間違いなんじゃ…私たちが泊まるのは別のところじゃないの!?」



 思わずポンコツ教師になる桜先生。


 人前ですよ。後ろに保護者もいますよ。だから、俺の肩を掴んで揺さぶらないでください!


 皆が固まっていると、女子生徒の一人がクスクスと笑い始めた。



「ふふふっ。ここで合ってますよ~! 誰も行かないのなら私が行きます! みんなついて来てくださいね~」



 臆することもなくスタスタと旅館の敷地内に入っていく女子。


 覚悟を決めた桜先生が続き、我に返った俺たちもぞろぞろとその後をついて行った。


 長い庭園の間を抜けた後、ようやく建物の入り口に着いた。


 先頭を歩いていた女子生徒は慣れた様子でガラガラっとドアを開ける。



「やっほー! おばあちゃん来たよー!」


「あらあら。こんにちわ。皆様いらっしゃいませ。温泉旅館『ご都合主義』へようこそ。私がこの旅館の女将を務めさせていただいております」



 玄関で着物を着て凛とした面持ちの女性が俺たちを出迎えてくれた。


 後ろには仲居の女性たちが綺麗に並んで頭を下げている。


 この出迎えからして、ここは高級旅館の匂いがプンプンする。


 桜先生や俺たちも慌てて頭を下げた。



「こ、こちらこそ今日から二泊三日の間よろしくお願いいたします」


「「「よろしくお願いしまーす!」」」


「あらあら元気なお返事だこと。皆様、ここをご実家だと思ってゆっくりなさってくださいね。さて、まずは皆様お上がりください。大広間へとご案内いたします」



 俺たちは緊張しながらおずおずと旅館の中に入っていく。


 和やかな雰囲気の室内。心地良い花や調度品で彩られている。


 後輩ちゃんがスッと俺の手を握ってきた。後輩ちゃんも緊張しているようだ。



「先輩。すごいですね」


「ああ。すごいな。これほどとは思っていなかった」


「こんな旅館に泊まれるなんて、一生に一度あるかないかですよ! いい思い出作りましょうね!」


「そうだな。でも、後輩ちゃんが気に入ったのなら、俺はもう一回連れて来るぞ?」


「………もう! こういうのを素で言うんですから、先輩という人は! いつものヘタレはどこへ行ったんですか!? このばか!」


「ちょっ!? 酷くない!? ヘタレてないんだったらいいじゃん!」



 馬鹿と罵る割に、後輩ちゃんは嬉しそうに俺の腕に抱きついてくる。


 まあ、こういう事をしていたら、クラスメイト達から睨まれたり呆れられたりするよね。前後に沢山いるから。


 割合としては、殺意半分呆れ半分だな。前者が男子で後者が女子。



「はぁ…あんたらますますラブラブしてない? 夏休み中にヤッた?」


「あぁ~、なんか懐かしい。夏休み中に二人のイチャイチャを見てなかったから物足りなかったんだよねぇ」


「わかる~。甘ったるさを感じなくなっちゃって、おやつが増えて体重がヤバかったよ。今日のために頑張って痩せました!」



 女子からはほのぼのと見守られている。ちょっと恥ずかしい。


 男子は言葉を発せないほど血の涙を流しながら悔しがっている。


 あちこちキョロキョロしながら大広間に着いた俺たちは、荷物を置いて軽く整列して畳の上に座る。


 まだ新品の畳で、イ草のいい香りがして落ち着く。


 女将さんが優雅に一礼して挨拶を始める。



「改めてようこそ旅館『ご都合主義』へ。そして、ウチの孫がお世話になっております」



 旅館に慣れた様子で突入した女子が、照れたように頭を掻いている。


 あの女子がどうやら女将さんのお孫さんだったらしい。


 女将さんの説明は続いていく。


 まとめるとこうだ。


 ・男子と女子は別れてそれぞれ大広間で雑魚寝


 ・お風呂は24時間好きな時に利用可能


 ・夜に出かける場合はフロントに声をかけること


 ・貴重品の管理には気をつけること


 まあ、こんな内容だった。



「はーい! 質問でーす! 何故この旅館の名前は『ご都合主義』なんですかー?」


「皆様もここへ来る途中に見えたと思いますが、少し歩いたところにビーチがございます。そこの名前が『ご都合主義ヶ浜』なのです。それで、この旅館の名前も『ご都合主義』に」



 男子たちがヒソヒソと何か話し合っている。


 どうせ、女子の水着がどうだ、ご都合主義展開がどうだ、俺たちにも青春が、とか良からぬことを考えているのだろう。


 バカな男子は放っておこう。



「すみませーん! 温泉には露天風呂ってありますかー?」


「はい。もちろんございますよ。男女それぞれ一つずつあり、さらにその奥には混浴の露天風呂もございます」



 クラスメイト達にどよめきが走る。


 混浴露天風呂だと…、と戦慄と興奮が混じった声が聞こえてくる。主に男子からだけど。


 海に水着に露天風呂…俺たちの時代が来たー、と叫ぶ馬鹿な男子たち。


 女子からは冷たい蔑みの視線が向けられているが全く気付いていないらしい。


 俺がクラスメイト達を観察していると、袖がクイックイッと摘ままれた。


 後輩ちゃんが俺の耳元に囁いてくる。



「先輩? 一緒に露天風呂に入りますか?」



 揶揄う口調の後輩ちゃん。顔がニヤニヤと笑っている。



「別に一緒にお風呂に入るのは初めてじゃないですから……どうします?」


「………しばらく考えます」


「ふふっ。即答しないんですか? ヘタレ!」



 クスクスと笑う後輩ちゃん。でも、耳が赤くなっていますよ。


 恥ずかしいのなら俺を揶揄わなければいいのに。


 コテンと後輩ちゃんの頭が俺の肩に乗っかった。



「……楽しみにしてますね」


「……おう」



 こう言われたら、露天風呂に一緒に入るのは決定ですよね。


 俺は逆らえません。


 でもなぁ。男子たちが暴走するよなぁ。


 後輩ちゃんと一緒に入るのなら時間は……。



「なあ? 真夜中とかでもいいか?」


「ええ、いいですよ。夜空を眺めながら一緒にお風呂ですか。流石乙女先輩です!」


「誰が乙女か!?」



 後輩ちゃんと一緒に露天風呂かぁ。俺の理性大丈夫かなぁ?


 今のうちに覚悟をして理性の防壁を強固にしておかなければ!


 後輩ちゃんとの露天風呂を楽しみにしている俺でした。









 あの~だから女子の皆さん? キラキラした目で俺たちを見ないでくれないかな?


 ほらそこ! コソコソ話をするんじゃなーい!


 男子だけじゃなくて女子にも気をつけよう…。




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