第136話 ニマニマしている美緒ちゃん先生

 

 暗闇で気配を感じる。


 闇の中に二つの綺麗な瞳が浮かび、俺をじっと見つめていた。


 じっと、じーっと、じーーっと、じ~~~~~~~っと見つめてくる。


 綺麗な瞳がだんだん近づいてきて、超ドアップになって、俺にぶつかる……という所でハッと目が覚めた。



「あぁ…夢か」



 あまい香りがする抱き枕を抱きしめながら、ベッドの温もりを堪能する。


 でも、何故か視線を感じる。


 もしや、と思って腕の中を見た。


 温かい抱き枕、いや、後輩ちゃんが俺の腕の中でスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。


 透け透けの黒いベビードールを着た後輩ちゃん。いつもよりも肌の柔らかさが伝わってくる。


 可愛くて綺麗でちょっと興奮する。


 視線の原因は後輩ちゃんではなかった。でも、何故かまだ視線を感じる。


 この視線の方向は………足元?



「うおっ!?」



 思わず驚きの声を上げて飛び起きる。


 足元に視線をやると、ニマニマと楽しそうに笑っている二つの瞳があった。


 じーっと俺たちを覗き込み、上半分しか見えていなかった顔がニョキッと出てきた。


 その顔の正体は桜先生だ。とてもとてもニヤニヤニマニマしている。



「おはよう弟くん。昨夜はお楽しみでしたね!」


「ごふっ!? ち、違っ!? 俺と後輩ちゃんの間には何にもなかったから!」


「お姉ちゃんと弟くんの仲じゃない! 誤魔化さなくてもいいのよ! 精がつくドリンクも飲んでたみたいだし! それで、どうだったの? どうだったの!? お姉ちゃんに詳しく教えなさーい!」



 朝から徹夜明けのテンションのようにご機嫌な桜先生。目がキラッキラ輝き、興味津々に見つめてくる。



「お姉ちゃんは興味津々すぎて寝られなかったの! 夜も声が聞こえないかなぁって耳を澄ましていたけど何も聞こえなかったのよね。だから今すぐ教えて!」



 本当に徹夜明けだったらしい。


 まあ、何も聞こえないのは当然だよな。だって、何もしてないから。二人で気持ちよく寝ていました。


 桜先生に説明しようと思ったところで、お隣の後輩ちゃんから可愛らしい声が漏れ出た。



「うみゅ~………ふぇ? 朝?」



 寝ぼけ眼で、もぞもぞと動き出す後輩ちゃん。


 桜先生がニマニマ顔で後輩ちゃんに挨拶する。



「おはよう妹ちゃん! 昨夜はお楽しみでしたね!」


「おはようごじゃいましゅ……ふぇ? ゆうべ……?」



 眠そうにトロンとしている後輩ちゃんが、昨夜を思い出すようにボーっと考え込んだ。


 数秒考え込んでいた後輩ちゃんは、突然、カァっと目を見開き、ガバっと飛び起きた。



「あぁっ!? 先輩!? 昨夜…………昨夜!? 私、昨夜の記憶がないんですけど!? 記憶が飛ぶほどイッちゃってましたか!?」



 一気に覚醒した後輩ちゃんが俺に掴みかかって確認してくる。掴まれた腕がちょっと痛い。


 俺は咄嗟に答えることができずに、スッと目を逸らしてしまった。


 瞬時に理解した後輩ちゃん。顔が絶望に染まり、大きくて綺麗な瞳からポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。



「やっぱり寝ちゃいましたか!?」


「………………うん」


「うわ~ん! ごめんなさい、ごめんなさい、先輩ごめんなさい、ごめんなしゃ~い! うわ~ん!」



 大号泣し始めた後輩ちゃんは、何度も何度も謝りながら俺に縋りついてくる。


 昨夜自分が寝てしまったことでせっかくのチャンスを不意にし、俺に捨てられるんじゃないか、という焦りとか危機感とか切迫感とか恐怖を感じているらしい。


 非常に危ない傾向だ。後輩ちゃんの精神に負担がかかっている。


 俺は、大号泣しながら機械のように謝り続ける後輩ちゃんを、優しく抱きしめて慰め続ける。



「葉月…大丈夫だから。俺も疲れて眠っちゃったから」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「大丈夫。大丈夫だから」



 しばらくの間、後輩ちゃんをあやし続ける。


 桜先生は俺たちの様子から、昨夜は何もなかったことを理解したようだ。申し訳なさそうにしている。


 大号泣していた後輩ちゃんはゆっくりと落ち着いていき、時々しゃっくりを上げている。



「ヒック……先輩………ごめんなさい…ヒック…」


「それはもういいって。俺も疲れて眠っちゃったからお互い様だ」



 後輩ちゃんの頭を優しく撫でる。泣き腫らして真っ赤になった後輩ちゃんの瞳。俺のパジャマに顔を擦り付けて涙を拭っている。



「気にすることは無いわよ、妹ちゃん。昨夜は寝ちゃったのなら、今からすればいいじゃない! 弟くんも準備万端のようだし!」



 桜先生がじっと俺のとある一点を眺めながら言った。



「あの……これは朝の生理現象で…」



 何を言ってくれてんだこのポンコツ教師! 今は夜じゃなくて朝だろうが! それにこれは男なら仕方がないことなの!



「………っ!?」



 後輩ちゃんが泣き腫らした真っ赤な瞳で俺のある場所を確認し、ガバっと上目遣いに見つめてくる。


 その手があったか、という顔をぜひ止めて欲しいです。



「大丈夫よ! お姉ちゃんのことは気にしないで! ちゃんと目を塞いでいるから!」



 両手で目を隠す桜先生。


 目を隠さずに部屋から出て行って欲しいです。何もするつもりないけど!


 黒い透け透けのベビードールに身を包んだ、真っ赤な目の後輩ちゃんが妖艶に微笑む。



「ふふっ……遅くなりましたがしましょうか」


「あ、あの! い、今は朝ですし……姉さんもじっと見てるし」



 両手の指の間からバッチリと凝視している桜先生。見る気満々だ。ニマニマという擬音が見えるくらいニマニマしている。なんだか興奮して鼻息も荒い。


 俺は他の人に見せつける趣味はない。


 でも、後輩ちゃんは別の意味に捉えたようだ。



「じゃあ、見るだけじゃなくて一緒にしてもらいましょうか! お姉ちゃん、一緒にしよ!」



 ちょっとおかしくないかい、後輩ちゃん? 頭か精神は大丈夫? どっちも大丈夫? 大丈夫じゃないよね? その考えは絶対におかしいって!


 桜先生もちゃんと答えるはず……。



「えっ? いいの? じゃあ、一緒にする~!」



 まさかの肯定!? 桜先生は嬉々としてベッドに上がってきた。


 そうだった。桜先生も後輩ちゃんも姉弟に関する常識が崩壊していた…。


 処女だけど痴女の美女と美少女がベッドの上で迫ってくる。



「あ、あの、姉さんは今日仕事だし…」


「まだ時間があるから大丈夫! 一発くらいする時間ならある! あっ、弟くんは絶倫だったわね! 何発もする?」


「しねーよ! というか、朝ごはんも作らないといけないし!」


「「私たちが朝ごはんです!」」



 私を食べてー、ってやつか!? ふむ、ちょっと心がくすぐられる。


 でも、何故だか後輩ちゃんと桜先生が顔を見合わせ首をかしげている。何やら納得いかない部分があったらしい。


 二人は頷き合うと、仲良く同時に口を開いた。



「「むしろ、先輩 (弟くん)が朝ごはん! じゅるり」」


「ちょっと待て! 何故訂正した!? 食べられるのは俺なのか!? 俺が朝ごはんなのか!? 普通逆だろ!? ち、近寄るなぁ!」



 草食動物を狙う二頭の肉食動物が迫ってくる。もう既に、一頭の肉食動物には捕まっている。がっちりと腕を掴まれている。離れない。


 ど、どうしよう!? このままだと俺は喰われてしまう!


 貞操の危機! 絶体絶命!



「「いっただっきまーす♡」」


「うわぁぁああああああああああああああ!」



 俺の絶叫が早朝の寝室に響き渡った。
































 えっ? その後どうなったかって?


 結論から言うと、俺の貞操は守られました。


 はいそこ! ヘタレって言わない!


 いや、だって、抵抗するために本気を出したら、何もしてないのに後輩ちゃんが目を回して気絶しちゃって…。


 桜先生も同様に気絶してて…。


 一体どうしたんだろうね? 急にビックンビックンし始めてびっくりした。


 顔がイケナイくらい蕩けてたから大丈夫だろうとは思ったけど…。


 まあ、朝食を作り終えたと同時に起きてきた二人に何故かお説教されました。


 しばらくの間、本気を出すのは禁止らしい。


 一体何故だ!?


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