第116話 市民プールと後輩ちゃん 最後にお風呂

 

「温かいなぁ~」


「ふへ~癒されますぅ~」


「やっぱりお風呂はいいわねぇ~」


 気持ちよさそうな声が思わず出る。後輩ちゃんも桜先生も蕩けた表情をしている。俺も似たような表情をしているに違いない。あぁ…お湯って気持ちいいなぁ。

 体力の限界まで遊んだ俺たちは、現在、お風呂に入っている。もちろん水着を着て。

 ここは市民プールにある名目上は温水プール。実際はお風呂。ここでプールの水で冷え切った身体を温めて帰ることができるのだ。俺たちの他にも大勢のお客さんがお風呂に浸かってのんびりしている。まあ、男性たちは俺を射殺しそうな瞳で睨んでいるけど。


「ふへ~」


「ほへ~」


 コテンと左右から頭を肩に乗せられる。俺の左右に後輩ちゃんと桜先生がくっついている。二人から、肩に手を回せ、とのご命令付きで。だから、傍から見ると左右に美女と美少女を侍らせているのだ。あぁ…胃が痛い。胃に穴が開きそうだ。


「後輩ちゃん? 姉さん? 俺から離れるつもりは…」


「「ありません!」」


「ですよねー! うん、知ってた!」


 何を言っても俺から離れるつもりはないようだ。二人は俺から離れないように、むぎゅッと抱きしめてくる。二人の胸の感触が気持ちいい。そして、男性たちの殺意が気持ち悪い。

 近くで同様にお風呂に入っている楓と裕也のバカップル、母さんと父さんのラブラブ夫婦がニヤニヤと笑っている。


「どうにかしてくれ!」


「お兄ちゃん…」


「颯…」


「颯くん…」


「息子よ…」


「「「「ガンバ!」」」」


「ガンバじゃねーよ!」


 仲良く一斉にサムズアップした俺の家族に殺意が湧く。ニヤッと笑った笑顔から覗く輝く白い歯が憎い。リア充ども爆発しろー!

 俺が四人を睨みつけると、やれやれ、と呆れた様子で近づいてきた。


「お兄ちゃんってヘタレだねぇ。一緒にお風呂入っているんでしょ?」


「入ってない! 一緒のベッドで寝てるだけだ!」


「寝るって言ってもただの睡眠なんだよねぇ」


「「「「「「はぁ…ヘタレ…」」」」」」


 うっさい! ヘタレで申し訳ございませんでした! って、今何気に後輩ちゃんと桜先生もため息をついてヘタレって呟いた気がするんだけど、気のせいかな? いや、この顔は気のせいじゃないな。


「葉月ちゃん、今度水着を着てお兄ちゃんのお風呂に突撃したら? 水着着てるなら大丈夫でしょ?」


「ふむ。私も丁度考えていたところ。今、絶賛一緒に入浴中のようなものだから、頑張ろうかなぁ。でも、恥ずかしいなぁ」


 後輩ちゃんが途轍もなく真剣に考えている。


「後輩ちゃん止めようね? 楓も変なこと言わないで!」


「じゃあ、美緒お姉ちゃんと一緒に突撃したら?」


 楓よ、変な提案をするな!


「それナイスアイデア! それなら私もできる! お風呂に突撃、お姉ちゃんと一緒なら怖くない!」


「ナイスアイデアじゃないから! ”赤信号、みんなで渡れば怖くない!”みたいなこと言ってるの!? ダメだからね! 俺は怖いからね!」


「お姉ちゃんは妹ちゃんのためなら何でもするわ! それに、姉として弟と一緒にお風呂に入るのは普通のことだわ! 妹ちゃん! ぜひ一緒に入りましょう! ぐへへ!」


 桜先生が後輩ちゃんに手を差し出す。


「ちょっと聞いてる!? 姉さんもダメだからね! 年齢考えようよ! 俺は高校生で、姉さんは大人でしょ! 姉弟でお風呂に入って許されるのは小さい頃だけだから!」


 後輩ちゃんも桜先生の手をがっちりと握った。姉妹の団結力は固い。


「お姉ちゃん頑張ろう! ぐへへ!」


「だから俺を無視しないで! 欲にまみれた笑い声が洩れてるから!」


「先輩!」


「弟くん!」


「「さっきからうるさい!」」


「………………ごめんなさい」


 二人に左右から同時に怒られた、うぅ…俺は真っ当な意見を述べただけなのに。俺は悪くないのに。俺は悪くないのに!


「「「「くふふ…!」」」」


 バカップルとラブラブ夫婦が声を必死で我慢しながら笑っている。声を殺しきれていない。ちゃんと俺に聞こえているぞ。本当にイラッとする。プリンを無しにしようかな。


「でも、こうしてお風呂でのんびりするのもいいですよね」


 二人の肩に回していた手をお湯の中に浸ける。そして、俺は後輩ちゃんとお湯の中で恋人つなぎをする。幸い、ここはジャグジーがついており、泡で水の中が見えない。俺たちだけの秘密の逢瀬だ。


「そうね。ゆっくりと語らえるなんて素晴らしいわ」


 桜先生もぎゅっと手を握ってきた。まあ、特別に指を絡めて握る。

 左右に後輩ちゃんと桜先生。この場所が俺たち三人ならもっと良かったかなぁ。


「まあ、偶にはいいかなぁ」


 つい、ボソッと呟いてしまった。あまりにも二人の心地とお湯加減がよくて思わず口に出してしまった。俺の言葉をちゃんと聞いていた左右の美女と美少女が目を輝かせる。


「お姉ちゃん聞いた!?」


「聞いた聞いた! 弟くんは偶にはいいって言った!」


「えっ!? えぇっ!?」


「「言質取りました!」」


 左右からの美女と美少女のウィンク。俺はもう何も言うことができなかった。思わず口走ってしまった自分を呪う。俺のバカ!


「目指せ!」


「既成事実!」


「「いえーい!」」


 ハイタッチする仲の良い姉妹。とても楽しそうだ。


「いえーい、じゃねえよ! 既成事実って何!? まあ、後輩ちゃんは許すとして、姉さんは既成事実作っちゃダメだろ!」


「「えぇー! ブーブー!」」


「何故そこで二人とも不満そうにブーイングするんだ!?」


「「「「ぐふっ…ぐふふ…」」」」


「おいコラ! そこの四人! 笑うな! いい加減にしろ!」


 もう、ツッコミに疲れました。俺の体力も精神も限界です。

 こうして、俺たちのプールは終わった。いろいろと楽しかった。けど、とても疲れた。




 後日、後輩ちゃんと桜先生がお風呂に突撃してくるようになりました。

 三日に一回突撃される俺。二人にとって、三日間というのは、偶に、という分類になるそうです。知らなかったぁ。

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