第107話 添い寝と先輩

 

『ごわかっだよぉ~!』


『………帰っちゃダメ! ダメったらダメなの!』


『一緒に寝よ?』


 私のスマホから幼児退行した先輩の声が流れる。そして、私の隣からある程度復活した先輩が、ベッドの上で悶え苦しんでいる。


「うおぉぉぉおおおおおおお! 止めろぉぉぉおおおおおおおお! 止めてくれぇぇええええええええええ! 後輩ちゃん! その動画を消してくれぇぇえええええ!」


 バタバタと暴れる先輩。恥ずかしさで顔は真っ赤。両手で顔を覆い、ドタバタと脚をばたつかせ、身体もゴロンゴロンさせている。

 私はそんな先輩を愛でながら、簡潔に一言述べる。


「嫌です♪」


 今の私はとてもとても輝いた良い笑顔に違いない。


「うがぁぁあああああ! あれは俺じゃない! 違うんだ! 違うったら違うんだ! うぁぁああああああ!」


「うるさいですよ、先輩! 電気消して真っ暗にしましょうか?」


 私がちょこっと脅すと、即座に動きが止まり、ベッドの上で綺麗な土下座をする。


「それだけは勘弁してください。怖くて眠れません」


「よろしい!」


 先輩がいそいそとベッドに横になり、私はその先輩に抱きつく。私のお気に入りの抱き枕。やっぱりこれがないと眠れない。あぁ~温かくていい香り。落ち着く。

 お昼過ぎにホラー映画を観た私たち。先輩が恐怖で幼児退行をして、私を離してくれなかった。ぎゅ~と抱きしめ、家に帰してくれず、結局私は先輩のお家にお泊りすることになった。

 全て私の計画通り! ホラー映画を計画した時点でこうなることも予想し、お泊りの準備をしてきたのだ! ふふふ、私って天才!


「は~い、せんぱぁ~い! おねんねしますよ~」


「………俺は子供じゃない」


 と言いながらも、夜が怖くて私をぎゅっと抱きしめてくれる。わーい! 嬉しいな! それに先輩が可愛い!

 そんな可愛い先輩を愛でていたら部屋のドアがノックもせずに開いた。入ってきたのはパジャマ姿のお姉ちゃん。パジャマが薄い。お姉ちゃんのボンキュッボンの豊満な我儘ボディが曝け出されている。


「姉さんどうしたんだ?」


 ノックもせずに寝室に入って来るのが普通になっているため、先輩は気にする様子もない。

 お姉ちゃんは申し訳なさそうな顔をして答えた。


「妹ちゃん…楓ちゃんから部屋を追い出されたの」


「なんで?」


 何故か先輩が私に疑問を投げかけてくる。私、楓ちゃんじゃないんだけど。


「いや、私に聞かれてもどうしようもないんですけど」


「それもそうか」


 私はドアの前で突っ立っているお姉ちゃんを誘う。


「じゃあ、お姉ちゃんも一緒に寝る?」


「寝る!」


 お姉ちゃんの顔がパァッと明るく輝く。そして、嬉しそうにベッドに潜り込んできた。

 絶対に楓ちゃんはこれを狙っていたな。ホラー映画を観た後の先輩は何もしてこないのを知っているから、楓ちゃんは私たち三人で寝るようお姉ちゃんを部屋から追い出したに違いない。先輩もお姉ちゃんとお喋りしたそうだったし。

 私とお姉ちゃんが先輩にむぎゅっと抱きつく。


「姉さん、ウチはどうだ?」


 しばらく私とお姉ちゃんの感触を楽しんでいた先輩が口を開いた。どこか不安げというか、心配した声だった。

 お姉ちゃんは嬉しそうに答える。


「とっても温かい家ね。みんなとても優しい人。特に風花さんとは会った瞬間仲良くなっちゃったわ」


「母さんは母親ポジションじゃないのか…?」


「あら? 私、弟くんや妹ちゃんよりも風花さんのほうが年齢が近いのだけど」


「なら、母さんの妹になるか? そしたら、俺からすると叔母さんになるが」


「ぐふっ! お、叔母さん……流石に叔母さんは勘弁してほしいなぁ。そりゃ、三十歳のおばさんだけどさ、私は弟くんと妹ちゃんのお姉ちゃんなの!」


 お姉ちゃんは見た目が二十代前半だからお姉ちゃんでいいと思う。先輩もただお姉ちゃんを揶揄っただけのようだ。悪戯っぽい笑顔を浮かべている。………………電気消そうかなぁ。先輩の笑顔を恐怖で染めたくなる。


「まあ、姉さんがウチに馴染んでくれてよかったよ。安心した」


 先輩がふぅっと安堵の息を吐く。やっぱり先輩って優しくてかっこいいなぁ。

 私は先輩に惚れなおしたので、むぎゅっと抱きつく。お姉ちゃんも感激したようで先輩にむぎゅっと抱きついている。


「先輩のご家族ですからねぇ」


「そうねぇ」


「おいコラ。それは一体どういう意味だ?」


 仏頂面している先輩の顔がおかしくて、私とお姉ちゃんはクスクス笑ってしまう。


「先輩は先輩だから、先輩のご家族もそうなんですよ」


「妹ちゃんの言う通り。弟くんは弟くん。その弟くんのご家族もそうなの。でも、それがいいのよね」


「「ねー!」」


「…………全く、二人とも仲いいな」


 そりゃもちろん、仲いいですよ! 私とお姉ちゃんは姉妹で、先輩のことが大好きですから。私は恋愛、お姉ちゃんは家族愛だけど、愛は愛なのだ! 先輩を愛する姉妹なのだ!

 心配事がなくなって、安心しきった先輩の瞼が徐々に閉じ始める。先輩が可愛らしく欠伸をした。


「……眠い。今日は誰かさんのせいで精神が疲れたからな」


「誰ですか、その最低な人は!?」


「後輩ちゃんだ後輩ちゃん!」


 まあ、わかってたけど。おかげで可愛い先輩を見ることができました。


「弟くん可愛かったわねぇ。また、ホラー映画を観ましょう!」


「………本当に……かんべん……して……ください……すぅ~」


 先輩が寝てしまった。余程疲れてしまったのだろう。珍しく先輩が先に寝た。先輩の寝顔が可愛い。私とお姉ちゃんに抱きしめられて幸せそうだ。

 私は眠ってしまった先輩の顔に自分の顔を近づけると、優しくキスをした。おやすみのキスだ。


「先輩、おやすみなさい。大好きですよ」


 私の囁き声は寝ている先輩には届かない。まだ起きている先輩には言えない言葉。早く私からも言わせてください。待ってますので。

 最後に先輩の寝顔を眺めると、私も先輩の横で目を瞑った。

 おやすみなさい。先輩とイチャイチャするいい夢が見られますように!









<おまけ>


「わぁおっ! みーっちゃった! みーちゃった! 妹ちゃんやるわね!」


「お姉ちゃん!?」


 お姉ちゃんが顔を覆った手の指の隙間からバッチリと覗いていた。

 しまった。お姉ちゃんの存在を忘れていた。でも、お姉ちゃんだから許す!


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