第98話 気まずい朝食と後輩ちゃん

 

 朝食の時間。みんな揃ってご飯を食べる。

 ズズズッとお味噌汁を啜る。うん、いつも以上に美味しくできた。


「………………」


「やっぱり弟くんの作ったお味噌汁は美味しいわぁ!」


「だよねだよね! お味噌汁と卵焼き、そして白いご飯! これを食べて”朝が来た”って思うよね! 最近朝食がお兄ちゃんのご飯じゃないからちょっと不満です」


 桜先生と楓が美味しそうに食べてくれる。見ていて嬉しい。裕也は黙って一心不乱にご飯を食べている。良い食べっぷりだ。だから、おかわりは勝手にしろ。


「………………」


「弟くん! 今日は最高に美味しいわ! まあ、いつも美味しいのだけど」


「だねだね! お兄ちゃん良いことでもあった?」


 ニヤニヤ笑う楓。お願いだから止めてくれ。後輩ちゃんは俺と目を合わせてくれないし、顔は真っ赤だし、一言も喋らないから! 滅茶苦茶気まずいから!

 俺は今朝、後輩ちゃんの裸を見てしまった。裸と言っても上半身だけだけど。ミロのヴィーナスよりもバランスのとれた美しい裸体。とても綺麗だった。あっ、ヤバい。鼻血が…。ティッシュを換えないと。


 じーーーーっ! ………………ぷいっ!


 両方の鼻に詰めているティッシュを交換していたら、後輩ちゃんから視線を向けられた気がしたけど、俺が後輩ちゃんを見た時には、顔を逸らしたままだった。


「「………………」」


 俺と後輩ちゃんの間に気まずい沈黙が訪れる。

 こういう時は現実逃避だ。お味噌汁を食べて落ち着こう。ズズズッ! あぁ…美味しい。


「……なぁ? 颯と義姉ねえさんの間に何かあった?」


「「ぶふぅっ! ゲホッゲホ! ゴホッ! ゲホッ! ゴホッ!」」


 俺と後輩ちゃんが同時にお味噌汁を噴き出した。そして盛大に咳き込む。

 おのれ裕也め! 空気を読め! 後でお仕置きしてやる。


「裕也!」


「いや、だってさ。お互いに顔を真っ赤にして、無言でチラチラと視線を向けて、朝からいちゃラブオーラ全開なんだぜ? ピンクのハートマークを幻視してるんだけど。これ、可視化してるよな? 絶対ハートマーク見えてるよな? お味噌汁も卵焼きも甘ったるいんだけど。間違えて砂糖入れてないよな?」


 ズズズッ。至って普通のお味噌汁と卵焼きですが何か? はいそこのポンコツ教師と残念な愚妹! 深く頷いて肯定しない!


「そんでもってお前は鼻血を出して、時々両方の鼻に詰めてるティッシュを換えてるし、血が足りなくて顔面蒼白だし、絶対何かあったよな? なぁなぁ教えてくれよ!」


 ニヤニヤしている裕也。それでもイケメンなのがムカつく。

 一瞬だけ後輩ちゃんと視線が合った。後輩ちゃんの顔が更に真っ赤になって、ぷいっと視線を逸らされる。とても気まずい。でも、後輩ちゃんの身体は綺麗だったなぁ。肌もきめ細かったし。おっとまた鼻血が。


「ぐへへ。お兄ちゃんと葉月ちゃんはまた一歩前進したのだ! 初々しいのぅ」


「何やったんだ?」


「えーっとねぇ……」


「おいコラ楓! 言うんじゃない! 俺は後輩ちゃんの裸なんて見てないからな! ………………あっ!」


 盛大に暴露してしまう俺。桜先生と楓はニマニマと笑っているし、後輩ちゃんは椅子の上でビクンと飛び跳ね、裕也は大爆笑している。何故に大爆笑? ムカつくから後で殴っておこう。


「ヒューヒュー! おめでとう颯! そのまま襲っちゃえばよかったのに」


 いろいろあったんだよ。後輩ちゃんが気絶するとか、隣で楓が寝ているとか。

 卵焼きを口に含んだ桜先生が不満そうな顔になる。


「でもでも弟くんって酷いのよ。私の裸も見たのに、ほとんど無反応なの! すっごいところまで見られたのに………」


 何故ここでそんな話をする? あれは驚いて固まっていただけであって、別にじっくりと凝視していたわけではありませんから! まあ、桜先生のすっごいところも記憶に保存してありますが。


「それは姉さんが隠さず堂々と見せてきたからだろ! 俺は驚いて固まっていただけだ!」


 俺は一応反論しておく。あっ、裕也が楓に殴られた。良からぬことを考えていたらしい。自業自得だ。


「………先輩?」


 あの事件の後、後輩ちゃんが初めて喋った。地獄の底から響くようなとても低くて冷たい声。キッと俺を睨んでいる。俺は無意識に背筋が伸びた。


「………………後でお話があります」


「了解したであります!」


 思わず敬礼をしてしまった。後輩ちゃんはまた、ぷいっと視線を逸らして、何事もなかったかのようにご飯を食べ始める。俺は冷や汗が止まらなかった。ついでに鼻血も止まらない。


「修羅場!? 修羅場が起きるの!?」


「……楓。目を輝かせて期待するな」


「ほ~い」


 楓の素直な返事。まあ、返事だけだ。目はキランキラン輝いている。愚妹には困ったものだ。


「ねえ妹ちゃん? 妹ちゃんは怒ってる? 私が弟くんに裸を見せたこと」


 桜先生が恐る恐る後輩ちゃんへと問いかけた。先生勇気あるな。尊敬する。いつもはダメダメなポンコツなのに。


「えっ? 全然怒ってないけど」


 キョトンとした後輩ちゃんの声はいつも通りの声だった。チラッと俺と視線が合い、ぷいっと逸らされる。少し、いや結構ショックだ。俺泣きそう。


「お姉ちゃんはお姉ちゃんだから、先輩と一緒に寝るのもお風呂に入るのも裸を見せるのも性処理も子供を作るのも普通だから全く怒ってないよ。でも、その、あの、えーっと…今、恥ずかしさとか嬉しさとか、いろんな感情が入り乱れて、感情を押し殺さないと先輩と喋れないというか……その……はい…怒ってはいませんです…」


 後輩ちゃんが可愛い。ヤバい。今すぐ抱きしめたいくらい可愛い。下を向いてもじもじしながら恥ずかしがる後輩ちゃん。可愛すぎる。

 でも、桜先生と一緒に寝るのはまあ許すとして、あとは全部普通じゃないからね。普通なら怒るところだからね。何故ここだけ常識がないのだろう?

 楓と桜先生が後輩ちゃんの可愛さに悶えている。


「きゃー! 妹ちゃん可愛いー!」


「きゃー! 葉月ちゃん可愛いー! ねえねえお兄ちゃん! 葉月ちゃんマジで可愛いんだけど! 持って帰っていい? 私がお持ち帰りしていい? お兄ちゃん、葉月ちゃんを私にちょうだい?」


「やらん! 後輩ちゃんは俺のだ!」


 言ってしまってから気づく。俺が何を口走ったのかを。まあ、似たようなことは言ったことあるけど、勢いって怖いな。

 後輩ちゃんはますます真っ赤になって、俯いたままプルプルと震えている。


「「きゃー!」」


 楓と桜先生は黄色い悲鳴を上げて大盛り上がり。朝からテンションが高いですね。

 裕也はお茶を飲んだのに顔をしかめている。口の中がもやもやしているようだ。苦いお茶だと思ったら、コップの中に入っていたのがタウマチンだった、みたいな顔をしている。タウマチンは飲み物じゃなくて甘味料だけど。

 周りのことなんか放っておいてご飯食べよう。ズズズッ。あぁ…お味噌汁が美味しい。

 今日の朝食は、楓と桜先生は大盛り上がりで、裕也は終始口の中が甘ったるそうで、俺と後輩ちゃんはお互い恥ずかしくて気まずかった。

 この後も、俺と後輩ちゃんは喋ることがなかった。







<おまけ>


「お兄ちゃんお兄ちゃん! 葉月ちゃんのおっぱい!」


「ぶほっ!」


 ブシャーーーーーーーーーーーーッ!


「きゃー! 弟くんの鼻血がすごいことに! ティッシュ! ティッシュ!」


「よし成功。お兄ちゃんったら想像したね? お兄ちゃんのえっち。変態!」


 鼻血が落ち着いた俺は楓の頭に拳骨を落とした。

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