第94話 花火大会と後輩ちゃん その8
パシャパシャパシャパシャ!(写真を撮る音)
「おぉぉ~~~~~~~! 先輩かっこいい! もっと私を見てくださ~い!」
パシャパシャパシャパシャ!(写真を撮る音)
「弟くん! お姉ちゃんにニコッと笑ってぇ~! キャァ~~~~~~~~!」
シャシシシシシシシシシシシッ!(高速連写)
「うほぉ~~~~~~~! お兄ちゃんコッチコッチ! ウィンクして!」
パチリ!(ウィンク)
「「「キャァ~~~~~~~~♡」」」
女性陣が興奮して黄色い歓声を上げる。カメラで写真を撮り、『♡先輩♡』、『弟くん♡大好き』、『L♡O♡V♡E♡お兄ちゃん♡』と書かれた団扇を振り回している。
一体いつの間に作ったのだろう。
俺は今、熱狂的なファンに囲まれる男性アイドルの気分を経験していた。
夕食を食べ、片付けまで終わった俺は浴衣に着替えたのだ。
準備された紺色の浴衣に着替えて部屋から出たら女性陣が黄色い悲鳴を上げて大興奮。すでに15分以上経過しているが、興奮は冷めない。むしろ更に興奮しているかも。
裕也に助けを求めようとしたが、全く女性陣から見向きもされておらず、部屋の端っこで落ち込んでいる。彼女の楓さえ俺に夢中だから仕方がないのかもしれない。
どんよりと哀愁漂う背中に一言述べたい。ドンマイと。
「みなさ~ん? 盛り上がっているところ悪いんですが、そろそろ花火が打ち上がりますよ」
「えぇ~! もう花火よりもお兄ちゃんを眺めてる方がいいと思うんだけど」
「「賛成!」」
「いや、楓。そこで落ち込んでいる彼氏のことを放っておいていいのか? 寂しそうだぞ。プルプル震えて泣きそうだし」
「う~ん。滅多に見れないお兄ちゃんだからなぁ。ユウくんとはコスプレセッ……よくコスプレして浴衣とか見たしなぁ」
楓よ。今何を言いかけた? とても気になったけど聞き返すことはない。聞いちゃいけないと直感が叫んでいる。
「よしっ! ツーショットを撮ったらユウくんに構ってあげますか! というわけで、お兄ちゃん撮るぞー!」
こうしてツーショットを撮ることになった。最初は妹の楓。次に後輩ちゃん。最後に桜先生と写真を撮った。
楓の時は普通に撮ったけど、後輩ちゃんと桜先生の時は楓がカメラマンになって、ポーズを要求してきた。ハグとかハグとかキスとかハグとか……。
流石にキスはしなかったけど、二人とはハグをすることになりました。二人とも柔らかくて良い香りがして頭がボーっとした。変な顔で写っていないといいけど。
「先輩! ありがとうございます! 宝物にしますね!」
「お、おぅ」
「弟くん! お姉ちゃんも大事にするから! ねえ、写真を部屋に飾らない?」
「お姉ちゃんナイスアイデア! どの写真を飾ろうかなぁ」
「可愛い写真立ても買わないと!」
後輩ちゃんと桜先生が盛り上がっている。こういうのは二人が得意だからお任せする。
家事能力皆無だけど、小物を選ぶのはセンスがいいんだよね。流石現役JKと大人の女性教師。頼りにしてます。
楓は裕也といちゃラブチュッチュを繰り広げているから視界にはいれない。俺たちがいるのにキスをしていちゃつかないでくれ。
………………あれ? 俺も後輩ちゃんとキスしてた気が……よし、考えないようにしよう。
そうこうしているうちに、花火の時間になった。
「おーい! そろそろだぞ!」
「「はーい」」
部屋を真っ暗にして外を眺める。雲一つない夜空。今日は綺麗に見れそうだ。
俺たちは座って準備万端。隣に座った後輩ちゃんと自然と腕を組んで手を繋ぐ。後輩ちゃんの甘い香りが漂ってくる。
時間とともに空に打ち上げられる大輪の花。少し遅れて胸を突き抜ける轟音が響き渡ってきた。
次々に打ち上げられる花火。時々ハートや星型の花火も打ち上がる。
俺は後輩ちゃんの手をギュッと握りしめた。
「………………綺麗だな」
「………………綺麗ですね」
チラッと後輩ちゃんのほうを見てみると、丁度後輩ちゃんも俺のほうを見たところだった。至近距離でじっと見つめ合う。
そして、お互い何となく恥ずかしくなって目を逸らした。
またチラッと見つめると後輩ちゃんと目が合って、再び目を逸らす。
何故か恥ずかしい。
「どうしたんですか先輩?」
「いや、あの、可愛いなって」
「そうですね。花火って可愛いですよね。特にハートとか可愛いです。三尺玉もシュワーってなるやつもシュワッパチパチってする花火も」
「いや、後輩ちゃんが可愛いんだけど」
「………………」
暗いからよくわからないけど、顔を真っ赤にしたであろう後輩ちゃんがポコポコと俺を叩いてくる。地味に力が入っていて痛い。
「どうして、軽々と、そういう、ことを、言うんですか! このヘタレ野郎!」
「痛い! 痛いよ後輩ちゃん!」
「どうして、そういうことは、言えて、告白は、出来ないんですか! このヘタレ野郎!」
「ごめん! ごめんって! 痛い!」
ようやく暴力を止めてくれた。後輩ちゃんの息が上がっている。
何かごめんなさい。ヘタレでごめんなさい。
「もういいです。私はずっと待ってるので」
「頑張ります」
「はぁ…いちゃラブしている楓ちゃんが羨ましいです………………でも待てよ。別に交際してなくてもイチャイチャラブラブをしていいよね? もう先輩とキスしちゃってるし……………襲うか?」
何やら後輩ちゃんが物騒なことを口走っている。俺後輩ちゃんに襲われるかも。
楓の名前が出たので、本人に視線を向けてみると、花火を一切見ないで裕也と抱きしめ合いキスしている楓がいた。
俺の目の前で妹と親友がキスしている。正直見たくなかった。見ないようにしよう。
「おぉ……花より団子、ではなく、花火よりも彼氏、ですね。先輩、私たちもします?」
「いや、止めておきます」
ヘタレ、と小さく呟かれたが、後輩ちゃんは他には何も言わずに俺の身体に頬を擦り付けてきた。そのまま俺の肩に頭を乗せる。
後輩ちゃんの甘い香りと重さが心地良かった。
後輩ちゃんがいる反対側から、花火と花火の間の静寂に、とてもとても小さな声が聞こえた。
「…………昔、お父さんお母さんと花火を見に行ったなぁ」
儚くて悲しげで、今にも壊れそうなとても小さな声。声に出ているのを気づいていない。
「姉さ……」
そう言いかけて俺の言葉が止まった。
後輩ちゃんとは反対の隣りに座っている桜先生。桜が描かれた黒の浴衣を着た桜先生が、外の花火を見ながらゆっくりと団扇を扇いでいる。頭の簪がキラリと光る。
花火の光に照らされる桜先生の姿は絵画のような美しさがあった。思わず息をのむほど綺麗だった。
桜先生に見惚れた俺に気づいた後輩ちゃんが不機嫌になる気配があった。
「むぅ! せんぱ……」
後輩ちゃんも桜先生を見て固まった。同性でさえ桜先生の美しさに見惚れてしまったのだろう。息をのむ気配がした。
俺たちの視線に気づいたのだろう。桜先生がゆっくりと振り向く。そして、頬に光る涙の跡。
「あれ? 弟くん、妹ちゃん、どうしたの?」
「姉さん……泣いてるのか?」
「えっ? あれっ? えっ? なんでだろう? 私、泣いてるの?」
目や頬を拭って涙が出ていることに気づいた桜先生。自分では泣いていることに気づいていなかったのだろう。ゴシゴシと涙を拭う。
「あはは~。お姉ちゃんどうしちゃったのかな~? でも、もう大丈夫! ってあれっ? 弟くん妹ちゃん?」
俺と後輩ちゃんは同時に立ちあがると桜先生を真ん中にして左右に座った。そして、桜先生の手を握った。
ほっそりと綺麗な手。ここ十年くらい一人でずっと頑張ってきた手だ。でも、今は何故か冷たかった。
「お姉ちゃん。私たちはずっと一緒に居るよ」
「………妹ちゃん」
「姉さんはポンコツだけど、もう俺たちの姉さんだから。後輩ちゃんと時々、いやよく、いやほぼ毎日暴走してるけど、ポンコツ姉さんは俺たちの家族だよ。姉さんはポンコツだけど」
「弟くん酷い! ポンコツって三回も言ったぁ!」
いや、実際の桜先生はポンコツだし。どうして学校ではキリッとしてるのに、家ではポンコツのダメ人間になるんだろう? 不思議だ。実に不思議だ。
「弟くん妹ちゃん! お姉ちゃんは二人のことが大好きだぞぉー!」
「うおっ!」
「きゃぁっ!」
俺と後輩ちゃんがグイっと引き寄せられて、桜先生に抱きしめられ、頬ずりされ、好き勝手にされる。
散々こねくり回されて、ようやく解放されたときには桜先生の顔には涙が一粒もなかった。絶世の美女が俺と後輩ちゃんに微笑む。
「ありがとね」
「おう」
「んっ!」
俺たち三人は打ち上がる花火を眺める。大きな花火が夜空を飾る。
時間的にそろそろフィナーレだ。大量の花火が次々に打ち上がる。
俺たち三人は寄り添って、この花火を心と記憶に刻みつける。
大きな大きな花火が上がる。
俺と後輩ちゃんの握る桜先生の手はとても温かかった。
「グスッ……グスッ……何故か感動するねぇ…あの三人しか伝わらない何かがあるんだねぇ…うぅ……私もあの中に加わりたかった……」
「グスッ……事情はよくわからんが、家族っていいなぁ……グスッ」
何故か号泣しているバカップルがいたが、俺は無視することにした。
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