第95話 義理の弟と俺

 

 夜。花火大会も終わり、女性陣はお隣の後輩ちゃんの部屋へと移った。これから女子会&パジャマパーティらしい。


 俺は寝る準備を整え、リビングでゆっくりしている。


 あれだけ騒がしかった部屋がとても静かで、寂しく感じる。



「なあ颯! 恋バナしよーぜ!」



 訂正。約一名、とてもニヤニヤしてうざいやつがいる。


 パジャマ姿の裕也が女子のように目を輝かせている。イケメンなのがムカつく。



「恋バナする必要ないだろ? 裕也は楓と付き合ってるし、俺は後輩ちゃんが好きだし」


「いや、なんで俺の前だと好きって言えるの? 義姉ねえさんに言ってやれよ! このヘタレ野郎が!」



 はい、すいません。ヘタレでごめんなさい。



「なーんでキスするのに告白できないの? なんで? ねえなんで? 最低だぞ」


「だって……」


「だって何だ?」


「恥ずかしいんだもん!」


「うわキモッ!」



 うん、今自分でもキモッて思った。『だもん』はないわぁー。自分で言ったのにないわぁー。


 言ったこと後悔してるから、そのドン引きした顔を止めてください。


 裕也が呆れてため息をついた。



「はぁ……。馬鹿だなお前」


「うぐっ! でもでも、せっかく告白するなら記憶に残るほうがいいじゃん? 場所とか雰囲気とか」


「乙女だなぁ。なんで恋愛観だけヒロインなの?」


「知らん! って乙女ってなんだ!? ヒロインってなんだ!? 俺は男だ!」



 はいはい、と裕也はいい加減な対応をしている。手をヒラヒラと振って、それが絵になるくらいかっこいいのがムカつく。イケメン死すべし!



「で、お前ら実際どこまでやってるの? キスは初々しかったけど、慣れた雰囲気あったし。というか、普通に義姉さんからキスしてたよな? あれ、普通に驚いたんだけど。あの義姉さんからキスするなんて」


「ノーコメント!」



 実際は、あんなことやこんなことまでしています。


 キスについては……後輩ちゃんが可愛すぎたからつい。


 まあ、人前なのに後輩ちゃんがキスしてきたのは正直俺も驚きました。


 後輩ちゃん、成長したなぁ。



「はぁ…出ました颯の秘密主義。ちなみに俺と楓ちゃんはやることやってるぞ! 俺は先輩だからな! いろいろとテクを教えてあげるぞ、義兄にいさん」


「義兄さん言うな! そして、裕也と楓の性事情なんて聞きたくない! 興味ない!」



 身内と親友の内容なんか、げんなりするだけだ。聞きたくない。


 裕也はさっきから呆れ顔だ。呆れ顔もイケメンなのがムカッとする。


 滅べイケメン!



「お前本当に男子高校生か? 枯れてない? 性欲ちゃんとある?」


「普通にあるわ! いつもいつも後輩ちゃん相手に性欲湧き上がって大変だわ! 俺がどんだけ頑張っていると思う? 後輩ちゃんって無自覚エロを発動することが多くて毎日毎日大変なんだぞ! それに加え、最近は姉さんもこの家に入り浸ってるから、マジでヤバいぞ! 二人とも俺に抱きついて寝るし、性犯罪者になりそうで自分自身が怖いんだけど!」


「………いや、普通に義姉さんは喜ぶと思うけど。義姉さんはお前を待ってるから、普通に愛し合えば?」


「いや、それはちゃんとお付き合いしてからじゃないと、その…不健全だと思います」


「超面倒くせーな!」


「まあ冗談はさておき、まだまだ後輩ちゃんは初心だから、愛し合おうと思ったら気絶すると思うんだよなぁ」



 多分、後輩ちゃんは下着姿で気絶すると思う。今はそれくらいが限界。


 後輩ちゃんもだいぶ成長しました。



「なんかお前らの関係は超面倒くさいからどうでもよくなった。何かあったら報告よろしく!」



 裕也から聞いてきたのに、どうでもよくなったとか失礼な奴だな。まあ、逆の立場なら俺も面倒くさいと思う。


 全て俺のせいだよな。後輩ちゃんごめん。俺のせいで本当にごめん。ヘタレでごめんなさい。



「よし! 俺決めた! 夏休み中に後輩ちゃんに告白する! ………………たぶん」


「おぉーがんばれー。最後のたぶんがなかったらもっと良かったぞ」



 棒読み口調で裕也が適当にパチパチと手を打っている。何度もその言葉を聞いて聞き飽きた、といった表情だ。


 実際、俺も何回か宣言した記憶がある。未だに告白してないけど。



「はぁ…次々! 次の話題に行こうぜ! ズバリ! 美緒ちゃん先生! 学校ではキリッとして、でもちょっと抜けてて可愛くて、超美人の美緒ちゃん先生はどうよ? 何かここでは全然印象違うけど」


「だよなぁ。オンとオフの差が激しすぎるよな。大抵家ではポンコツの姉さんだけど。手のかかる妹みたいで、俺としてはお世話のし甲斐があるけど」


「オカン属性が刺激されるのか。そしてシスコン! お前ってダメダメな異性をとことん甘やかして甘やかすタイプだよな。義姉さんも美緒ちゃん先生も家事能力皆無らしいし」



 オカン属性ってなんだよ! シスコンじゃねーし、とツッコミを入れたいところだけど、よく考えればそうかもしれない。


 家事能力皆無の後輩ちゃんをお世話して甘やかしたいのは事実だ。そして、後輩ちゃんと同じ桜先生を見捨てることもできないと思っている。もう家族だし。


 まあ、後輩ちゃんへ向けているのは恋愛で、桜先生へは家族愛だが。



「俺は後輩ちゃんは恋愛で、姉さんには家族愛を向けてるよ」


「まあ見ててわかるけどな。でも、ちゃんと線引きしてないとマジで刺されるぞ、義姉さんに」


「知ってるさ。後輩ちゃんって意外と嫉妬深くて寂しがり屋で甘えん坊のかまってちゃんだからな。そこが可愛いよなぁ」


「はいはいごちそうさま。惚気るぐらいなら告れ馬鹿! まあ美緒ちゃん先生も颯を恋愛対象とは見てないみたいだからな。大丈夫か」



 大丈夫、なのか? 家族愛を向けられているけど、その家族愛が異常なんだよなぁ。後輩ちゃんもちょっとおかしいし。


 というか、姉弟なら子作りも普通って全然普通じゃないだろ!



「なあ颯」



 突如、裕也が真剣な顔になる。何やら大事な話があるのだろう。俺もちょっと気を引き締めて姿勢を正した。



「………………………………ぶっちゃけ美緒ちゃん先生の胸はどうだ?」


「………………はぁ?」



 質問が理解できなかった。桜先生の胸って聞こえた気がするんだが。


 真剣な顔で裕也が再び口を開く。



「………………美緒ちゃん先生の胸はどうなんだ? あの母性溢れるはちきれんばかりの巨乳。バインバインと弾む胸。男の夢、男の浪漫、男の憧れが詰まった美緒ちゃん先生の巨乳はどうなんだぁー!」



 まあ、気持ちはわからんでもない。確かに桜先生も胸はすごい。柔らかくて形も良くて柔らかくて良い香りがして柔らかい。


 胸で呼吸ができなくなるなんて思わなかったな。素晴らしいと思います。


 はっ!? お隣の部屋から猛烈な殺気が! でも、お、俺のタイプは後輩ちゃんの胸だから。後輩ちゃんの胸しか興味ないからー!


 ………………ふぅ、殺気が消えた。危ない危ない。



「なあなあ? 教えてくれよ? 美緒ちゃん先生の下着はどうなんだ?」


「………………裕也。先に言っておく。南無阿弥陀仏」


「はぁ? 何言ってんだ?」



 裕也が不思議がっていると、ピロリン!、とスマホの軽快な音が聞こえた。裕也のスマホに何やらメッセージが送られてきたらしい。


 スマホを確認した裕也の顔が青を通り越して白くなる。



「………………『殺す♡』…………楓ちゃぁ~ん! マジごめんなさい!」



 裕也がガタガタと震えながらお隣の部屋に向かって土下座している。


 ピロリン!、再び音が鳴った。次は俺のスマホだ。お相手は後輩ちゃん。



『先輩は私のおっぱいをどう思ってます?』



 やはり女子は勘が鋭い。こちらの話題を的確に把握しているようだ。


 盗聴器とか仕掛けてないよね?



「『超好みだけど』っと。返信! ポチっとな」



 ピロリン!、と即座に返信が来る。返信早っ!?



「おっ? 後輩ちゃんからじゃない。今度は姉さんからか。『じゃあお姉ちゃんのおっぱいは?』だと……。何とも答えにくい質問を!? 『素晴らしいものをお持ちだと思います。姉さん、よく肩がこってるのを見るから、いつでも言ってくれ。マッサージするから。弟より』っと。返信! ポチっとな」



 今度は返信が来ないな。殺気も感じられないから返信内容は良かったみたいだ。安心安心。


 まったく、答えにくい質問で焦ったぞ。ちょっとでも回答を間違えれば後輩ちゃんの機嫌を損ねる。まあ、不機嫌になって甘えてくる後輩ちゃんは、それはそれで可愛いけど。



「それで? 裕也はいつまで土下座しているつもりか?」


「楓ちゃんが許してくれるまで」


「普通にメールとか送って言い訳したほうがいいんじゃないか?」


「それもそうだな! ごめんね楓ちゃん!」



 猛烈な勢いで反省文を送っている裕也。楓もわかっているだろうから、怒ってはいないと思うけど。裕也はドМだから、楓は怒ったフリをするだろうな。


 案の定、怒りのメールを送られて、必死でご機嫌を取る裕也の姿が数分後に見られた。


 泣きそうになって、俺に縋りついてくるイケメンは正直とてもうざかったです。


 まあ、そんなこんなで夜が更けていった。

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