第92話 花火大会と後輩ちゃん その6

 

 ジュワ~っとホットプレートで焼ける音がする。ソースの良い香りも部屋中に充満している。そして、今にも涎が垂れそうな人物が四人。


 あっ、後輩ちゃん、涎が垂れてる垂れてる。乙女なんだからしっかりしなさい。


 俺は現在焼きそばを調理中。四人の目が焼きそばに釘付けだ。


 そんなに食いしん坊キャラだったっけ?



「なあ颯。焼きそば少なくないか?」



 目を片時も離さず、ホットプレートの上の焼きそばを凝視している裕也が問いかけてきた。



「そりゃそうだろ。だって三人分だし」


「はあっ!? なんで三人分なの!? ここには四人いるよ!」



 おいおい妹よ。この部屋には五人いるぞ。作っている俺の存在を消さないでくれませんかね。食べさせてやらないぞ。



「いやいや。焼きそばの他にお好み焼きやたこ焼き、焼きトウモロコシも作る予定なんだけど……それでも一人一人分食べるか?」


「………………少なくていいです」



 体重を気にするお年頃の楓が焼きそばを凝視したまま答えた。全部食べたら太るからね。いろいろと考えている兄を褒め称えよ!


 だから少しくらいホットプレートの焼きそばから目を離して俺を見てくれない? 俺泣くよ? 誰も見てくれないから寂しくて泣いちゃうよ?


 最後にササッと混ぜて、焼きそば完成!



「よし完成! 各自取り分けて、お好みで青のりや紅ショウガをどうぞ」



 シュパパパッと目にもとまらぬ速さで、三人分の焼きそばが四人に取られた。出来立てアツアツの焼きそばに喰らいついている。



美味美味うまうまふぁふぁふぉふぃふぁんちゃん


「うめぇ~! 颯サイコー!」


「パクパク……」


「モグモグ……」



 どうもどうも。美味しいならよかったです。後輩ちゃんと桜先生は喋らずに黙々と焼きそばを食べている。顔は幸せそうに蕩けている。


 二人の美味しそうに食べている姿を見て、俺の分が残っていないことがどうでもよく思えてきた。焼きそばは諦めて、次のを作るか。


 俺はお好み焼きを作る傍らで焼きトウモロコシの準備を始める。あっという間に食べ終わった四人の目が再びホットプレートの上に集まった。



「うほぉ~~~~~~~! 早く早く!」


「楓ちょっとは落ち着け!」


「先輩! 早く早く!」


「後輩ちゃんも落ち着け!」


「弟くん!」


「姉さんも落ち着けって!」


「颯!」


「お前は黙れ!」


「俺だけ扱い酷くない!?」



 裕也の抗議の声は聞こえな~い。お前の扱いは雑でいいんだ。イケメンだし。彼女の楓も何も言わないだろ?


 おっと、先に焼きトウモロコシが完成だ。うん、いい香り。



「焼きトウモロコシできたから食べて……るね。君たち早すぎない?」



 俺の言葉の途中で四人がシュパッとトウモロコシを取ってガツガツと一心不乱に食べ始めた。


 女性陣はハムスターとかリスみたいでとても可愛い。密かに写真をパシャリ。


 うん、これくらいは許されるよね。しれっと俺の分まで誰か食べてるし。俺の分を盗った人は………後輩ちゃんか。なら許す。


 裕也? あいつは知らん。イケメンドМ野郎の食べてる姿なんて興味ない。


 おっと、そろそろお好み焼きをひっくり返して……ほいっと! よし、上手にひっくり返せた。後はしばらく待つだけ。



「お兄ちゃん上手だねぇ」



 トウモロコシを食べ終わった楓が綺麗にひっくり返ったのを見て感心している。楓はこういうのは苦手だ。必ずぐちゃっとなる。



「せっかくだし練習するか?」


「お断りしま~す! 折角お兄ちゃんの料理が食べれるのに、機会を逃したくありませ~ん!」


「………………私はやってみたいなぁ」



 後輩ちゃんがポツリと呟いた。俺と楓が即座に反応する。



「「ダメ絶対!」」



 後輩ちゃんのポイズンクッキングは洒落にならない。ちょっと触れただけで大惨事になるのだ。死人を出すわけにはいかない。俺も死にたくない!



「やってみたいけどしません! 私の料理の腕は自分がよくわかっています!」



 うんうん、と同じポイズンクッキングのスキルを持っている桜先生が頷いている。俺の目が黒いうちは絶対に後輩ちゃんと桜先生に料理をさせません!



「後輩ちゃんと姉さんは俺がずっと美味しい料理を作るので我慢してください」


「「は~い!」」



 うむ! よい返事だ。



「お兄ちゃんの料理を毎日食べられるなんていいなぁ」


「羨ましい」



 そんなにバカップルに見つめられてもどうしようもありません。諦めてください。でも、今日だけは楽しんでくださいな。



「五等分に切り分けてっと…ほい完成!」



 再びシュパパパッとホットプレートの上からお好み焼きが消え去る。そして、各々好みのトッピングをかけている。


 ホットプレートの上には何も残っていない。何故だ!?



「なあ? 俺は五等分に切り分けたよな? 何故残っていない? 何故俺の分がない? 何故姉さんのお皿に二切れあるんだ?」


「んみゅ? 美味しいわよ弟くん! もっと作って! お願い♡」



 くっ! 大人の女性の武器を使っておねだりするとは卑怯だぞ! だが、絶世の美女からのおねだりでも俺は屈しない! 今から作るのは俺の分だ! 決してみんなの分じゃないんだからね! 


 ………………今日の俺、疲れてるのかな?



「いやぁ~お兄ちゃんの料理は絶品だねぇ。愛という麻薬が入ってるからかな?」



 何かどこかで聞いたことがある気がするけど、気のせい……じゃないな。後輩ちゃんが言ってたな。それ流行ってるのか?



「へぇ~颯の愛って麻薬なのか。道理で止められないはずだ。この料理依存性強すぎ」


「なお、特定の人物には媚薬効果が発揮されます」



 だから何故後輩ちゃんと同じことを言うのかな? 楓が後輩ちゃんに言ったのか? お前が元凶か?


 後輩ちゃん? 桜先生? 熱っぽい瞳で俺を見つめないでください。



「なるほど。だから身体が火照ってるのか」



 おっと、誤解を招きそうな発言を止めてくれませんかね、裕也君? ホットプレートの熱と出来立てアツアツの料理を食べたからであって、断じて媚薬効果の影響ではないから! だから、愚妹よ、鼻血を拭きなさい。



「冷房の設定温度を下げたぞ」


「おう! サンキュー」



 裕也が青のりがついた白い歯をキランと輝かせて、イケメンスマイルで微笑む。


 ブホォッと鼻から血を噴き出すBL愛好家の楓。誰かどうにかしてくれ。


 誰かが俺の袖をクイクイッと引っ張った。その相手は口の周りにソースや青のりをつけた後輩ちゃん。物足りなさそうに俺を見つめてくる。



「先輩先輩。早く早く!」


「わかったよ。その前にじっとしてて………………よしオーケー。取れたぞ」



 大人しくじっとしている後輩ちゃんの口の周りを拭った。とても可愛い。


 口の周りを汚している後輩ちゃんは珍し…………くないか。休日の朝はこんな感じだな。



「んっ! ありがとうございます」


「どういたしまして。もしかして……………はーい、姉さんもじっとして……よし取れた!」


「ありがと弟くん!」



 三十歳で見た目は絶世の美女だけど、中身はポンコツの桜先生。やっぱり手のかかる妹みたいだ。



「フヒヒ……ニヤニヤ」


「ぐへへ……ニヤリニヤリ」



 両方の鼻にティッシュを詰め込んだ楓と、白い前歯に青のりがついている裕也が、と~~~~~ってもうざい顔でニヤニヤしている。と~~~~~ってもイラッとする。


 言い返そうとしたところで、両サイドから優しく抱きしめられる。後輩ちゃんと桜先生の甘い香りが漂ってきた。



「先輩………」


「弟くん……」


「「早く作って♡」」



 絶世の美女の姉と超絶可愛い愛しい人からおねだりされたら作るしかないな。全力で美味しいのを作ろう。


 ニヤリと笑みを強めたバカップルにはちょっと小さめに切ったお好み焼きをあげよう。


 その後、全力で作ったお好み焼きは全員に絶賛された。そして、即座に追加注文を受けた。


 俺がやっと夕食を食べられたのは更に四枚焼いた後だった。








「よぉ~しっみんなぁ~! タコ焼きロシアンルーレットやるぞぉー!」


「「「おぉ~!」」」


 ちょっと待って! 俺やっとお好み焼きを食べ始めたところだからぁ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る