第91話 花火大会と後輩ちゃん その5
「うふふ……せんぱぁい…うふふふふふ…」
お隣の後輩ちゃんから笑い声が絶えない。
後輩ちゃんの可愛い顔が幸せそうに緩みきっている。俺の腕に抱きつき、恋人つなぎをしながら、ずっと笑い声をあげている。
まあ、まだ恋人じゃないけど。
そして、俺たち…いや、俺を見つめる瞳が6個。
「ニヤニヤ……ニヤニヤ……ニヤニヤ……」
「じろりんちょ…じろじろじろじろじろりんちょ」
「じ~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
上から愚妹、ドМイケメン、ポンコツ教師の順番である。何やら擬音を口に出している。
全員ずっと俺をニヤニヤしながら見つめてくるのだ。いい加減鬱陶しい。
「おい。言いたいことがあるならはっきりと言え」
「ぐふふ………お兄ちゃん! 初々しい生キスごちそうさまでした!」
「「ごちそうさまでした!」」
「うるさい黙れ!」
ああもう恥ずかしい。なんで俺は皆の前で後輩ちゃんにキスをしてしまったのだろうか!? あの時の俺は理性が崩壊してどうにかなっていたんです!
まあ、後輩ちゃんと二人っきりだったらキスでは済まなかっただろうし、キスで止まってよかったような悪かったような……。
うん、俺ってヘタレだな。でも、後輩ちゃん、キス最高でした。ありがとう!
「お兄ちゃんがはっきりと言えって言ったから言ったのに。ブーブー!」
「「ブーブー!」」
ブーイングしてくる楓と裕也と桜先生。本当に仲いいな!
ああもう、そのニヤニヤ笑顔がムカッとする。よし、夕食のタコ焼きにハバネロを入れてやろう。これは決定事項だ。
「っ!? ゾワッとしたぁ! お兄ちゃん? 何か良からぬことを考えておりませんかな? 私の直感が警報を発しているんだけど」
チッ! 勘のいい妹だ。楓の分のハバネロタコ焼きは彼氏の裕也にあげるか。
「っ!? 何かが私からユウくんに移動した気がする! よかったぁ。安心安心!」
「えっ!? 俺は良くないんだけど! 颯が悪い顔してるし!」
なんのことかなー? 俺は悪いことなんか考えてないよー。ほんとだよー。嘘じゃないよー。信じて信じてー。
「さて、そろそろ裕也の罰ゲーム……じゃなかった、夕食の準備でもしようかなぁ」
「罰ゲーム! 今罰ゲームって言ったよなぁ!?」
「後輩ちゃん? そろそろ手を離してくれないかな?」
「おい! 無視するな!」
「やっ! 離しちゃダメです!」
何この可愛い生き物。小さな子供のように俺の手をギュッと握って離さない。そして、子猫のようにスリスリと縋りついている。
何この可愛い生き物。世界にはこんなに可愛い生き物が存在したのか。
「お姉ちゃんや? 初々しいですなぁ」
「妹ちゃんや? ラブラブですなぁ」
ぐへへ、と楓と桜先生がだらしなく笑っている。
本当に今日初めて会ったよな? 昔から知り合いじゃなかったよな? なんでそんなに仲が良いんだ!?
「葉月さん? 美味しい料理を作るので、少しの間だけ離してくれませんか?」
「むぅ! 仕方がありません。ちょっとだけですよ」
俺の腕から後輩ちゃんの温もりが消えた。ちょっと寂しい。物足りない。
俺はニヤニヤと笑っている楓と桜先生、大声を上げてアピールしているけど皆に
今日は野菜をたくさん切らないといけないのだ。美味しい料理のために頑張ろう。
四人と会話しながら野菜を切っていく。
楓がふと何かを思い出して話題を変えた。
「あっ、お兄ちゃん、葉月ちゃん、お姉ちゃん。私たち今日ここに泊まるからよろしく~」
「よろしく~!」
楓と裕也のバカップルがひらひらと手を振っている。
その話聞いてないんだけど! 何も準備してないんだけど!
後輩ちゃんも何も聞いていないようだ。純粋に驚いている。
「俺、聞いてないぞ」
「だって言ってないもん。今日は乱交パーティなのだ!」
「はぁっ!?」
おい妹よ。今、聞こえてはいけない言葉が聞こえた気がするんだけど。
後輩ちゃんが不思議そうに可愛く首をかしげる。
「らん…こう…パーティ?」
「葉月ちゃんわからない? 乱交っていうのはね……」
「おい愚妹! それ以上後輩ちゃんを汚さないでくれ!」
「えっ? 何言ってるのお兄ちゃん? 『嘘と真実が入り
うん、楓はこういうやつだったな。しばらく一緒に生活してなかったから忘れてた。
家では弄る相手がいないから、ここぞとばかりに俺を揶揄ってくるな。可愛い顔がちょっとムカつく。
「………裕也を殺さないといけないことを想像したかなぁ」
「おい颯! 俺たち親友だよな? 将来兄弟になるよな? だからその手に持っている包丁を下ろして! 据わった目で睨まないで! 光がなくて怖いんだけど!」
大丈夫。頭の中だけのことだから。想像する分には犯罪にならないんだよ?
「にゃはは~! やっぱりお兄ちゃんを揶揄うのって楽し~!」
「ねえねえ? らんこうってどういう意味?」
「えっとねぇ…ごにょごにょです」
止める間もなく楓が後輩ちゃんに囁いている。あぁ~終わった。また後輩ちゃんが楓に良からぬ知識を植え付けられた。
ハバネロタコ焼きの刑に処する……………裕也を。
後輩ちゃんの顔がポフンっと真っ赤になった。アワアワと慌てふためいたけど、覚悟を決めて俺を見つめてきた。
「だ、大丈夫です! 先輩以外の他の男性と関係を持つくらいなら舌を噛みきって死にますから!」
後輩ちゃんなら本当にしそうで怖いなぁ。うん、本気の顔だ。瞳も本気だ。嘘は言っていない。そういう状況になったら、後輩ちゃんならやるな…。俺が守らないと危ないな。
「ヤバッ…葉月ちゃんってお兄ちゃんに精神を依存してた……」
楓は忘れてたのか!? ハバネロタコ焼きの刑を追加だ………裕也に。
「でも、複数プレイを先輩がご所望なら、お姉ちゃんとなら許します! だってお姉ちゃんはお姉ちゃんなので! こういうことは姉妹丼って言うんですよね! それくらい私でも知ってます! ………楓ちゃんに教えてもらいましたが。お姉ちゃん頑張ろうね!」
「うん! 妹ちゃん、お姉ちゃんも頑張る!」
後輩ちゃんと桜先生が手を取り合っている。
その二人を楓がキョトンと見つめている。楓は後輩ちゃんと桜先生の異常な姉弟の価値観を知らないのだ。
面倒なことになったので、元凶の楓とその彼氏の裕也の頭に拳骨を落とす。ゴチンッといい音がした。
「あ痛ぁ~! ちょっと今のは洒落にならないくらい痛かったんだけど! で、お兄ちゃん? あの二人はどういうこと?」
「あの二人は一人っ子で、長年姉弟が欲しくていろいろと拗らせてるだよ。姉弟なら子供を作るのも普通なんだと」
「えっ? マジ? 前に葉月ちゃんに冗談で言ったんだけど、気にしちゃった? まさか本気にしちゃった?」
そう言えば後輩ちゃんも言ってたな。変な冗談を言った楓にもう一発拳骨を落とす。ついでに裕也にも追加だ。
「あの二人は何を言っても無駄だぞ。いろいろ言ってみたけど全部だめだった」
俺は遠くを見つめる。そう、二人に何を言っても価値観を変えることができなかったのだ。二人には常識が通用しなかったのだ。
楓が申し訳なさそうな顔になる。
「…………えーっと、お兄ちゃん、よかったね。ハーレムだよハーレム。姉妹丼だよ! あ痛っ!」
誰かの悲鳴? うん、聞こえなかった聞こえなかった。
「というわけで、女子は女子会をするので! 隣の葉月ちゃんの部屋は魔界じゃないよね?」
楓が頭を撫でながら聞いてきた。心なしか顔が青い。そして、小さく震えている。
「失礼な! 魔界じゃないよ! あんまり向こうの部屋を使っていないので綺麗です!」
「ほうほう? ということは、ずっとこの部屋に住んでいるのですかな? もう同棲ですな同棲」
楓が再びニヤニヤしている。ムカッとしたので四度目の拳骨を落とす………裕也に。「なんで俺だけっ!?」という声は聞こえなかった。断じて聞こえなかった。
「今日は女子たちはオールだぜっ! お兄ちゃんとユウくんはこの部屋で男子会ね」
「よっしゃー! ベッドの上で夜通し熱く語り合おうぜ! 親友!」
「ぐへへ…お兄ちゃんとユウくんがベッドの上で組んず解れつ熱い語り合い…ぐふふ…」
あっ、楓ってBL愛好家だった。今にも鼻血が噴き出そうだな。ちょっと引く。
「ぐへへ……って笑ってる場合じゃなかった! ダメだよユウくん! あのベッドはお兄ちゃんと葉月ちゃんの体液がたっぷりとしみこんだ愛の巣なんだよ! 触れるのも禁止なんだよ!」
「おい、誤解を招く言い方をするな! 体液じゃなくて汗な、汗! ………後輩ちゃん? 何故目を逸らす?」
あんなことやこんなことが思い浮かぶけど、堂々としてないと面倒なやつに気づかれるだろうが!
「あはは~何でもないですよ~。私は先輩のベッドで何もしていません。ってそんなことはどうでもいいんです! あのベッドは最近お姉ちゃんも一緒に寝てますし、さっき楓ちゃんは思いっきりダイブしてたよね?」
後輩ちゃんのジト目を楓が口笛を吹いて躱している。
へえ、浴衣に着替えるときにそんなことしてたのか。五度目の拳骨を落とす………裕也に。「だからなんで俺だけっ!?」という声は聞こえなかった。決して聞こえなかった。全ては風のささやきだ。
「えーコホン! というわけで、お兄ちゃんとユウくんは男子会を頑張ってください。女子は女子で盛り上がりますので」
「盛り上がるのはいいけど、姉さん忘れてないよな? 明日月曜日だから仕事だぞ。朝は容赦なく起こすのでよろしく!」
「あ~~~っ! そうだった! 私仕事だった!」
やっぱりすっかり忘れていたな。大人って大変だなぁ。
「仮病使おうかなぁ。有給あるし」
「姉さん?」
「ひぃっ!? ごめんなさい! 女子会はほどほどにして寝ます! ちゃんとお仕事行きます! だから許して弟く~ん!」
なんで桜先生は謝ってくるのかな? 俺はただニコッと笑ってるだけなんだけど。
でも、妹の楓が余計なことに気づいてしまった。
「あれっ? 去年ズル休みしすぎて留年した人がいるんだけど…お兄ちゃん知らない?」
「~~~♪」
俺は口笛を吹いて誤魔化す。一体誰のことだろうなぁ。知らないよぉ。
「………先輩、口笛の音が出てませんよ」
四人のジト目が俺を襲う。特に桜先生からのジト目がすごい。
「さぁて、料理の続きをしようかなぁ」
俺はキッチンへと逃げ出した。背後から四人分のため息が聞こえたのは気のせいである。絶対に気のせいだ。気のせいに違いないのだ。
俺はしばらくの間、桜先生に熱いまなざし……じゃなくて、梅雨のようなジメジメじっとりとしたまなざしで睨まれていたというのは言うまでもない。
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