第85話 久しぶりの買い物と美緒ちゃん先生

 

「えー、では前から予定していましたお買い物に行きたいと思います!」


「「えぇー!」」


「はいそこのインドア姉妹! 嫌そうな声を出さない!」


 顔に『超面倒くさい』と書かれた後輩ちゃんと美緒ちゃん先生。ちゃんと外行きの洋服を着て、準備して、先生はお化粧までバッチリしているのに行かないつもりか?


「姉さんの部屋着を買うという目的もありますが、明日の花火大会のための食材を買わなければなりません。焼きそばとかお好み焼きとか食べたくないのなら行かなくていいけど」


「「行きます行きます!」」


 あっさりと手のひら返しをする二人。見ていて清々しい。食欲には抗えない二人でした。

 桜先生が車のカギを指でクルクルさせながら、先に部屋を出て行く。


「じゃあ、お姉ちゃんは車のエンジンをかけてくるわね」


「俺は最後の戸締りの確認を」


 窓はちゃんと鍵が掛かっている。水道の蛇口も全部締まっている。エアコンの電源は……切っていいか。最後に玄関の鍵を閉めれば完璧。

 玄関には後輩ちゃんが靴を履いたままじっと立っていた。近寄った俺をギュッと抱きしめてくる。


「後輩ちゃん?」


「先輩成分の補充中です」


 俺の身体にスリスリと顔を擦り付け、何度も何度も大きく大きく深呼吸をしている。じゃあ俺も後輩ちゃん成分を補充するかな。後輩ちゃんの背中に腕をまわして優しく抱きしめた。甘い香りが心地良い。


「先輩……」


 後輩ちゃんが目を瞑って軽く顎を上げる。ピンク色の艶々した唇が綺麗だ。

 一瞬何をしたらいいのかわからなかったけれど、後輩ちゃんの唇を見てすぐにわかった。行ってきますのキスだ。恥ずかしかったけれど、俺は優しく唇を押し当てる。後輩ちゃんの柔らかな唇を感じる。脳が蕩けた。

 十秒ほどキスを続け、名残惜しいけど唇を離した。ダメだとわかっているのに押し倒したい衝動に駆られる。


「さて、行くか」


「………ダメです」


「えっ?」


 頬を朱で染めた後輩ちゃんが軽く口を尖らせ拗ねた声で言う。


「………もっとしてくれないと行きたくありません」


 後輩ちゃんは恥ずかしそうで俺と目を合わせない。それが可愛くてギュッと抱きしめた。一瞬驚いたけどすぐに安心して俺に身体を委ねてきた後輩ちゃんの耳元で優しく囁く。


「じゃあ、葉月が満足するまで止めないから」


「………はい」


 そう言えば最近後輩ちゃんと二人きりの時間が減ったなぁ、と思いながらキスを施す。でも、すぐに考えていたことも時間も忘れて、ただひたすらに後輩ちゃんを感じていた。

 長い長い超長い行ってきますのキスが終わった俺と後輩ちゃんは、桜先生に『二人とも顔が赤いよ。どうしたの?』という質問を曖昧に微笑んで誤魔化しながら車に乗り込んだ。そして、先生の運転する車でちょっと遠くにある大型ショッピングモールに行く。

 ショッピングモールは夏休みということもあり、人で混み合っていた。映画館もあるし、子供向けのイベントも行われているらしい。だから子供連れの家族も多いのだろう。

 余りの人の多さに後輩ちゃんはもうぐったりとしている。


「うへぇ……人が多すぎる…」


「うふふ。そうだねぇ」


 何故か超ご機嫌な桜先生。ショッピングモールに近づいていけばいくほどテンションが上がっていった。何故だそう? 何かあったのか?


「うふふ。よく考えれば、家族でお買い物なんて十年ぶりくらいかしら。今日はお姉ちゃん張り切っちゃうぞー!」


 そうだった。桜先生は十年くらい前に家族を全員亡くしているんだった。家族認定されている俺と後輩ちゃんとのお買い物ならテンション上がるよな。よし、ここは弟として頑張りますか。

 後輩ちゃんも俺と同じ気持ちらしい。ぐったりしていたのが嘘のように顔を輝かせて先生の腕に抱きついた。そして、仲良く本当の姉妹のように手を繋ぐ。


「お姉ちゃん、一緒にお買い物を楽しもうね! 行くぞー!」


「おー!」


 仲良く手を繋いでお店に向かう後輩ちゃんと桜先生。仲睦まじく微笑ましい光景だ。

 そして、一人寂しく取り残される俺。泣いていい?


「ちょっと待て! 俺を置いて行くな!」


 取り敢えず、泣くのは我慢して俺は二人を追いかけた。

 家族連れが多いけれど、学生同士やカップルで訪れている人も多いようだ。気をつけなければ人にぶつかりそう。

 その大勢の人の中で、ひときわ目立っているのが仲睦まじく手を繋いでいる二人の女性。圧倒的な可愛さを誇る後輩ちゃんと、大人の魅力あふれる綺麗な桜先生だ。男性女性関わらず見惚れている。

 特に男性の視線は凄まじく、立ち止まってボーっと後輩ちゃんと桜先生を眺めてしまい、恋人や奥さんからぶん殴られる事案が多数見受けられる。パートナーを忘れたらダメだろ。しっかりしなさい男性諸君。

 俺は時折二人の会話に混ざりながら後輩ちゃんの隣を歩いている。俺は荷物持ち兼ナンパ避けなのだ。男性たちから物凄い視線を感じるけれど、もう慣れた。毎日毎日学校の男子たちから睨まれたら慣れる。というわけで、俺はナンパ避けを頑張ります。


「お姉ちゃんはいつもどこで部屋着を買ってるの?」


 それは俺も知りたい。先生の部屋着はジャージだから。まあ、何となく予想できているけど。


「えーっとねぇ……あった! ここよここ!」


「ここは………スポーツ用品店?」


 桜先生が指さしたのは明らかにスポーツを専門とするお店だ。やっぱりジャージと言ったらスポーツ用品店だよな。確かに豊富な品揃えがあるよな。ジャージやスポーツ用のTシャツだったら。


「お姉ちゃんって学生時代に何かスポーツしてたの?」


「ううん。してないよ。学生時代はずっと運動部のマネージャーしてました」


 ほうほう。そうなのか。だからジャージなのか。確かにスポーツには向いていなさそうな身体だからな。激しく動くと大変そうだし。


「痛っ!?」


「………………先輩、お姉ちゃんのおっぱいをガン見しすぎです」


「ごめんなさい」


 素直に謝ったらわき腹にあった後輩ちゃんの手がすぐにいなくなった。あ~痛かった。後輩ちゃんって容赦なく俺の脇腹を抓ってきたよ。まあ、今のは俺が悪いです。


「お姉ちゃんは嬉しいけど? 弟くんにもっと見て欲しいです!」


「ダ、ダメ! 先輩! お姉ちゃんの前に私のおっぱいを見てください!」


 んっ? それなら後輩ちゃんの胸を見た後なら先生の胸を見てもいいのか? 相変わらずの謎理論。俺は考えるのを止めた。世の中には知らないほうが良いこともあるのだ。

 それと後輩ちゃん? 人が多いのにおっぱいって言うのは止めませんか? 恥ずかしくないの?


「よーし弟くん! 妹ちゃん! 部屋着ジャージを買いに行きましょう! 赤が良いかな? ピンクが良いかな? 青でもいいなぁ。二人ともレッツゴー!」


「ダメです!」  ガシッ!


「そうだぞ!」  ガシッ!


 ジャージを買う気満々の桜先生の両腕を、俺と後輩ちゃんががっちりと掴む。いつもジャージだったから普通の部屋着を買いに来たのだ。なのにジャージを買ってどうする! 意味ないだろ!


「先輩。お姉ちゃんの腕を離しちゃダメですよ」


「周りからの視線が痛いけど、わかってる。離すつもりはない」


 俺と後輩ちゃんは息の合った連係プレーで桜先生を引きずっていく。目指す場所は女性服を取り扱っているのお店だ。決してジャージを取り扱っているお店ではない。


「弟くん、妹ちゃん。は、離して! 腕を離して! 部屋着ジャージのお店はそこにあるじゃん。どうしてダメなの!? 二人とも恥ずかしいから! 周りの人の視線が痛いからぁ!」


 俺と後輩ちゃんに引きずられる桜先生。注目の的になって真っ赤になっているけれど、その口元は嬉しさと楽しさで緩んでいた。


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