第81話 夏休みの予定と後輩ちゃん

 

 俺は現在、リビングの床に仰向けになって横になっている。夜のまったりした時間だ。俺も後輩ちゃんも桜先生も思い思いのことをして過ごしている。


 ちなみに、居候二人は俺の身体を枕にして、後輩ちゃんはスマホを弄り、先生は漫画を読んでいる。


 いや、なんで当たり前のように二人は俺を枕にしてるのかな!?


 まあ、いいけどね。いつも抱き枕にされてるし。



「そういえば二人は夏休みの予定なんかあるの?」



 ダランと脱力して漫画を読んでいた桜先生がボソッと問いかけてきた。


 俺と後輩ちゃんは夏休みだが、桜先生はお仕事で疲れきっているのだ。



「えーっと、クラス会で二泊三日の温泉旅行が……」


「何それ!? クラス会で温泉旅行!?」


 先生がびっくりして起き上がった。そして、いそいそと再び横たわって俺を枕にする。



「祖父母が温泉旅館を営んでいる女子がいたの。それで、改装したから意見を聞きたいってことで格安で泊まれることになりました! いいでしょう! どやぁ!」



 後輩ちゃん後輩ちゃん。何故君がドヤ顔をするのかね? 君は一切関係ないでしょ。



「うぅ…いいなぁ。温泉旅行いいなぁ………チラッチラッ」



 桜先生は俺の顔をチラッチラッと見てくる。


 上目遣いで瞳をウルウルさせているのが実にあざとい。途轍もない美人だからとても似合っている。とても30歳には見えない。



「チラチラ見ても姉さんはクラスの担任じゃないじゃん」


「うぅ…私も行きたかったなぁ。私、お盆は休みなんだけど」


「お姉ちゃん、私たちお盆は実家に帰るんだけど」


「ガーン! ………………いいもんいいもん。お姉ちゃんは一人で大人しくお留守番してるもん」



 気まずい。実に気まずい。


 だから俺と後輩ちゃんはショックを受けて、どよ~んと落ち込んでいる先生の頭をナデナデする。先生はすぐに復活した。嬉しそうに顔をほころばせている。


 実にチョロい。



「さっきの話の続きだけど、他に夏休みの予定は、先輩とデートくらいですかね?」


「そうだな。遊園地? 映画?」


「う~ん。両方で! お化け屋敷とホラー映画です!」


「………………わかった」



 うぅ…後輩ちゃんをデートに誘ったことを後悔している俺です。


 恐怖で心臓止まって死んだりしないだろうか? 怖いよぉ……行きたくないよぉ……。



「ほうほう。弟くんと妹ちゃんのデートですか。遊園地と映画ですか。お姉ちゃんストーカーしていい?」


「あんた先生だよな!? 教師だよな!?」


「教師である前に、恋愛大好きの乙女なのです!」


「…………辛くないか? 一人で俺たちを尾行して、一人で街中を歩いて、一人で遊園地と映画に行って、一人で帰宅するなんて、寂しくないか?」


「ぐはっ! うわ~ん! 弟くんが虐めるよ~! お姉ちゃん傷ついたよ~! 傷物にされちゃったよ~! 弟くん、弟として責任取って!」



 先生がわざとらしく後輩ちゃんに泣きついた。後輩ちゃんが桜先生の頭をナデナデしている。



「そうです! 私とお姉ちゃんの責任取ってください! お姉ちゃんを虐めたらダメです!」



 後輩ちゃんが先生の味方をしてしまった。このままだと俺は負ける。



「責任って…しれっと後輩ちゃんが加わってるし……………それよりも姉さん、だんだんポンコツになってない?」



 必殺! 話を逸らす攻撃。二人に効果はいまひとつのようだ。


 後輩ちゃんと先生からジト目の攻撃。俺に効果は抜群だ。


 俺の視線を逸らす攻撃。二人には効果がないようだ。


 二人同時のため息攻撃。俺に効果は抜群だ。



「ポンコツねぇ………私だって家の中では自由で居たいの! よそはよそ、家は家! 家の中で余所行きの態度を取ってたら疲れます!」



 それはわかるけど、落差激しすぎじゃない?



「あぁ~もうずっと家でゴロゴロして居たぁ~い!」


「っ!? 同志! 同志だよ、お姉ちゃん!」


「妹ちゃん!」



 何やら俺の身体の上で女の友情? 家族の愛情? が深まっている。


 桜先生も後輩ちゃんと同じで超インドア派なのか。まあ、わかってたけどね。家の中でジャージっていう所でわかってたけどね。


 桜先生ってお嫁に行けるのかな? 心配だ。先生を貰ってくれる人、誰か名乗り出てください! 30歳だけど男性経験皆無、そして家事能力皆無の途轍もないポンコツ美女です!



「………弟くん。変なこと考えてるでしょ?」



 おっと。美人のじっとりした冷たいまなざし。俺はサッと視線と話を逸らす。



「……夏休み中に姉さんの部屋着を買いに行くので、二人とも予定空けといてください」


「「はーい!」」



 うむ。とても良い返事だ。そして二人の輝く笑顔。話を逸らした甲斐があった。



「他には予定無いの? ちなみに、私は何もありません! ………………あはは。私って………私って………30歳のおばさんなの…行き遅れなの…男性も近寄らない魅力皆無の女なの……」



 自虐ネタで自分が傷つく桜先生。何とも言えない気まずい雰囲気。



「お、お姉ちゃんはスタイル抜群だし、綺麗すぎて男性が近寄ってこないだけだから! そうですよね先輩!?」


「お、おう。姉さんは魅力的だぞ。それに俺と後輩ちゃんがいるから!」


「弟くん、妹ちゃん……お姉ちゃんは二人のことが大好きだよぉ~!」



 桜先生に告白されてしまった。ついでに後輩ちゃんと一緒にむぎゅっと抱きしめられる。ふむ、先生の大きな胸の感触が気持ちいい。



「二人は八月の第一日曜にある花火大会には行かないの?」



 先生が俺と後輩ちゃんをむぎゅむぎゅしながら聞いてきた。


 花火大会。そう言えばそんなイベントがあったなぁ。去年は行かなかったからすっかり忘れていた。


 何故行かなかったって? そりゃあ、後輩ちゃんが受験勉強で忙しかったからだ。ただそれだけである!


 だって一人で行くのは寂しいし。裕也に誘われたけど、男同士で行くのは暑苦しかったから断った。


 今年の花火大会に行くのか行かないのか、答えはもう決まってる。



「えっ? 先輩と? もちろん行きませんよ」



 ですよね~。うん、わかってた。超インドアの後輩ちゃんは行く気皆無だよね。知ってた。



「えぇ!? なんでなんで!? 花火大会なんて恋人と行く定番イベントよ! なんで二人は行かないの!?」


「まあ、理由はいくつかありますね。まず一つ! お姉ちゃんがいるから! 私と先輩はお姉ちゃんと一緒に居ます!」


「妹ちゃん…弟くん…」



 桜先生が感動して俺と後輩ちゃんを更にむぎゅむぎゅしてくる。素晴らしい柔らかさだ。


 桜先生の巨大な胸でむぎゅむぎゅと揉まれながら、後輩ちゃんが得意げに言い放つ。



「二つ! 私は人混みが大っ嫌いです! 欲にまみれた男どもが近寄ってくるし、わざわざ私から近寄っていきたくないです!」



 だよね。後輩ちゃんが一人で外出すると、必ずナンパされるから外が嫌いになったらしいんだよね。


 これが後輩ちゃんが超インドアになった理由です。ナンパ避けという俺がいないと外に出たくないそうです。俺がいても極力家から出ません!



「三つ! 先輩の料理のほうが美味しい! 値段の高い屋台の料理より、先輩の料理が圧倒的に美味しいから、食べるなら全部先輩に作って欲しいです!」



 ありがと、後輩ちゃん。俺は後輩ちゃんに褒められてとても嬉しいです。


 よしっ! 後輩ちゃんのために何でも作るぞ!



「そして最後に四つ目! この先輩の部屋から花火がよく見えるそうです! だから、行かなくてもここからクーラーで涼みながら見ることができるのです!」



 そういうことだ。去年もここから一人寂しく花火を見ていたのです。受験勉強を頑張っている後輩ちゃんに、窓から見えた花火の写真を送ってあげました。



「おぉ! そうなの!? すごいわね。ここ特等席なのね!」


「なので、今年はここから五人●●で花火を見ましょう!」



 うん? 後輩ちゃんの言葉に違和感があったんですけど。人数を間違えていませんか? 俺と後輩ちゃんと先生で三人なんですけど。



「あの~後輩ちゃん? 俺たち三人だよね?」


「楓ちゃんと鈴木田先輩が来るそうですよ。『お兄ちゃん、焼きそばとかお好み焼きとか、屋台の料理よろしく~。たこ焼き器は持っていくから』だそうです。私からもお願いしますね」


「………………了解。楓のモノマネ上手いな」



 後輩ちゃんのドヤ顔。うむ、超絶可愛い。


 そうか。あいつらも来るのか。うるさくなりそうだなぁ。まあいいか。偶にはみんなで盛り上がろう。



「鈴木田? 二年の鈴木田裕也君のこと? 楓ちゃんって誰?」



 桜先生が可愛らしく首をかしげている。そう言えば言ったことなかったっけ。



「その鈴木田裕也で間違いないよ。裕也の彼女で俺の実の妹の名前が楓。後輩ちゃんは一人っ子だけど、俺は妹の楓と二人兄妹です」


「弟くんの妹ちゃん……私にもう一人妹ちゃんができるんだね!」



 桜先生が目をキラキラと輝かせている。


 あぁ~楓と一瞬で仲良くなりそうだなぁ。というか、ウチの両親や妹に『俺の姉です』って言って紹介しても違和感なく受け入れられそうだなぁ。


 ウチの家っていろいろと特殊だから。母親は小学生のような幼女だし。



「楓が妹だったら、裕也のこともいずれ弟になるけど。あいつらラブラブだし」


「何言ってるの、弟くん!? 私の弟は弟くん一人だよ! 弟くん以外弟って認めないんだから!」


「出た! 姉弟に関することだけ常識が通用しない姉さんの謎理論! 何で妹は増えてもいいけど弟は増えないんだ?」


「さあ? 生理的な問題?」


「……裕也よ。残念だったな。超絶人気の桜美緒先生はお前のことを生理的に受け付けないってさ。強く生きろよ…」



 俺は遠くにいるであろう裕也に向かって呟く。


 まあ、裕也が桜先生にデレデレしてたら楓から物理的な制裁が行われるからなぁ。でも、裕也はドМだったか。


 ………ドSドМカップルのことなんか頭から消し去ろう。



「というわけで、花火大会の日は、この部屋からみんなで眺めましょう!」


「「おー!」」



 こうして、花火大会の予定が決まりました。


 今年の夏は後輩ちゃんもいるし、桜先生もいるから楽しくなりそうです。


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