第69話 クラスマッチのご褒美と後輩ちゃん その4

 

「ふんふふーん♪ ふんふふーん♪」



 俺の耳元で後輩ちゃんが嬉しそうに鼻歌を歌っている。


 学校から帰ってきた後輩ちゃんは、俺に抱きついてきてずっとこんな感じ。


 最初は不機嫌そうにしていたけど、すぐに機嫌がよくなったようだ。気持ちよさそうに肩に顔を擦り付けてくる。


 現在の体勢は、お互い対面で座り正面から抱きしめ合っている。後輩ちゃんは手や足を俺の身体に絡ませてぎゅっと離してくれない。


 正面から抱きつくのは恥ずかしい。でも、今日は正面から抱きしめたい気分なのだそうだ。俺は大人しく後輩ちゃんを可愛がっている。



「それで? みんなからキスされたご感想は?」


「うぐっ! もう勘弁してくれ。胃に穴が開きそうだ」


「ふふふ。そんな先輩も可愛いです。もうちょっとイジメたくなっちゃいます」



 超至近距離で見つめてくる後輩ちゃん。


 俺を虐めるのが楽しいらしい。ニヤニヤと笑って、サディスティックな雰囲気を感じる。大人っぽくてドキッとしてしまった。


 ドキドキしながらも胃のあたりがもやもやとする俺は、思い切って後輩ちゃんに聞いてみる。



「………後輩ちゃんは平気なのか?」


「平気じゃないですよ」



 俺の問いかけに、後輩ちゃんは綺麗な瞳のパッチリおめめをキョトンとさせている。



「嫉妬でうがーってなってますけど、先輩はどこかの超絶可愛い超美少女の後輩ちゃんが大好きじゃないですか。その子を可愛がって甘やかしてくれれば満足です!」


「………そういうもんか?」


「まあ、私はそうですね。普通の人と変わってるかもしれませんが」



 ケラケラと笑った後輩ちゃんは俺の肩に頭を乗せる。グリグリと押し付けて、ふぅっと耳に吐息を吹きかけてくる。俺の身体がぞわっとした。



「それにですね、先輩がモテるのは嬉しい部分もあります。優越感に浸れますからね」


「………………それって本当?」


「うふふ。さて、どうでしょうね? 本当かもしれませんし、嘘かもしれません。どっちでしょう?」



 耳元でクスクスと笑う後輩ちゃん。声だけでは判断がつかない。顔を見ようとしても、後輩ちゃんは絶対に見せてくれない。


 何とも言えない気持ちになったから、後輩ちゃんの弱点をくすぐって紛らわすことにした。反撃として耳に息を吹きかけられたけど。



「ふぅー。落ち着きます」


「そうだな」



 俺は後輩ちゃんの甘い香りを嗅ぎながら、伝わってくる柔らかさと温もりを堪能する。


 クラスマッチで動いたから癒される。このまま寝たい。まだご飯も食べてないしお風呂も入っていないけど。


 しばらく抱き合ったまま穏やかな時間を過ごした。


 俺の身体に顔を埋めて深く深く深呼吸をしていた後輩ちゃんが、頭を動かし俺と超至近距離で目を合わせてくる。後輩ちゃんの吐息が顔にかかる。



「そういえば先輩。私へのご褒美は何ですか? 私、頑張りましたよ!」


「そうだな。頑張ってたな。じゃあご褒美だ」



 俺はほんの数センチ先にある後輩ちゃんの唇に自分の唇を重ねた。


 触れていた時間はほんのわずか。だけど、後輩ちゃんの唇はプルプルでとても柔らかかった。


 初めての唇へのキス。本当はもっと良い雰囲気があるときにしたかったけど、もう我慢ができなかった。


 キスされた後輩ちゃんはというと、目を瞑って何やら考え込んでいる。


 何も喋らないし、超不安になってきた。


 俺ってキス下手だった? 口臭い?


 うわぁ、どうしよう。確認してなかった。俺の馬鹿!



「………………今、何が起こりました? 先輩の唇が私の唇に触れてキスした気がするんですが………」


「したな」


「………………………………………………ぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」



 しばらく無言で考えて、状況を理解した後輩ちゃんが目をカッと見開いて大声で叫んだ。


 う、うるさい。超至近距離で叫ばないでくれ。耳がキーンとなるほどの大声だったぞ。



「えっ? はっ? あっ? へっ? えっ? えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」



 後輩ちゃんって肺活量があるな。結構長い時間叫ぶことができるんだなぁ。なんか『え』がゲシュタルト崩壊してきた。



「あ、あのヘタレ先輩がキス!? ヘタレ先輩が!? あのヘタレがっ!?」


「あの~葉月さん? そんなにヘタレヘタレ言わないでくれませんかね? 地味に傷つくんですが」


「事実なんだからしょうがないです! でも、どうしてキスしちゃったんですかぁ~!」



 俺の胸ぐらを掴んでグワングワン揺さぶってくる。


 あ~、うん。今の言葉は心にグサッときちゃったなぁ。キス、嫌だったのか。



「あっ、別に先輩とキスするのは嫌じゃなかったですよ。むしろ超嬉しいし、長く待たせやがってこのヘタレ野郎とも思っていますが!」



 顔に出てしまったのだろう。後輩ちゃんが焦った様子で付け加える。そして、爆発的に顔を真っ赤にしている。



「でも! でも! 初めて唇にキスするとき、超緊張してドキドキしながら長い時間ヘタレる可愛い先輩を愛でるという私の夢がぁ~!」



 本気で悔しがる後輩ちゃん。俺は思わず呆れ果ててしまった。



「………………何だそれは」


「私の密かな夢です!」



 顔を真っ赤にしながらもドヤ顔をする後輩ちゃん。平均より大きな胸をポヨンと張っている。そして、何かに気づいた。



「はっ!? そうです! まだチャンスは沢山あります! 初めてじゃなくてもヘタレる先輩を愛でればいいんです! さあ先輩! カモーン!」



 目を爛々と輝かせ、期待顔でキスしやすいように唇を突き出す後輩ちゃん。瞬き一つせず俺の顔を観察している。


 俺は拗ねてキスしないでおこうと思ったが考え直す。


 後輩ちゃんは俺がヘタレることを期待しているのだ。ならば、ここは頑張って余裕な表情でキスすればいいではないか!


 ………………それにもっと後輩ちゃんとキスしたいし。


 俺は平気なふりをして後輩ちゃんの唇に優しくキスをする。後輩ちゃんの顔が驚愕に染まる。俺は気にせず何度も何度もキスをする。


 夢中になってキスをする。柔らかな感触が癖になる。


 後輩ちゃんもぎこちなくキスを返してくれた。


 俺たちは何度も何度も何度も何度もキスをする。


 そして、時間も回数も忘れてキスをしていると、唐突に塩味を感じた。


 驚いて唇を離すと、後輩ちゃんの目からポロポロと大粒の涙が零れ落ちていた。



「後輩ちゃん!?」


「うぅ~見ないでください! 先輩見ちゃダメです!」



 泣きだした後輩ちゃんが俺の身体に顔を埋め、服で涙を拭い始める。



「どうしたんだ?」


「うぅ~! さっきは混乱していましたが、今さらいろんな感情が襲ってきたんです! 嬉しさとか安堵とか幸せとか………怒りとか。私が一体何年待ってたと思うんですか! このヘタレ野郎! ヘタレすぎです! このヘタレ! ヘタレヘタレヘタレ! このヘタレ馬鹿先輩!」


「うぐっ! 申し訳ございませんでした」


「もう! まだまだ足りません! 今までの分とこれからの分、たっくさんしてください!」


「かしこまりました。俺の可愛い葉月お嬢様」



 俺は瞳を涙で潤ませている後輩ちゃんに微笑みかけると、そっと優しく唇にキスを施した。


 俺と後輩ちゃんは時間を忘れるほど何度も何度も何度も何度も何度も何度もキスをしていた。

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