第70話 キス後の俺

 

 プルルルルルルル…プルルルルルルル…ガチャリ


『もーしもーし! 颯? どうしたんだ? 電話なんて珍しい。あっ義姉ねえさんと喧嘩した?』


 裕也の声がとてもうざい。電話をかけたのはいいものの、即座に切りたくなってきた。


「………………違う」


『うわっ! なにその感情が抜け落ちた平坦な声は! なになに? とうとうお前のヘタレに呆れ果てて、義姉さんが実家に帰っちゃった? それとも襲われたか?』


 裕也のニヤニヤとした声がスマホのスピーカーから聞こえてくる。絶対電話の向こうで笑っている。


「………………違う」


『じゃあなんだよ! 絶対義姉さんと何かあっただろ?』


「………………した」


『はっ? 何だって? 悪い。聞こえなかった』


「………………した」


『もう一回!』


「キス………した」


『………』


 電話の向こうが無言になる。しばらく無言の時間が過ぎ、電波が繋がっているのか不安になる。

 そして、突然大きな奇声が上がった。


『イヤッフ~~~~~~~~~~~~~! やったか! とうとうやったか! イエェエエ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!』


「うるさっ!」


 耳がキーンとなるほどの大声。裕也が奇声を上げながら、ドタバタと暴れまわる音が電話越しに聞こえてくる。


『ねえねえ! どうだったどうだった!? ファーストキッスの感想は!? 柔らかかった? 柔らかかっただろ? 柔らかかったよな!? ねえねえ! 味は!? 味はどうだった!? 甘かったか? どうだったどうだった!? キスは一回だけだったのか? それとも何回も? 優しく触れるだけか? それともじっくりねっとりと? キスしながら抱きしめたのか? キスしたときの状況を心情を交えながら具体的に詳細に明確に詳しく原稿用紙5枚以上で述べよ!』


「述べるか! そしてうるせえ!」


『舌は入れた?』


「入れてない! ああもう! やっぱり言うんじゃなかった! 今滅茶苦茶後悔してる!」


『キスしたことをか?』


「んなわけねーだろ! キスしたことは後悔なんかしてない! むしろしてよかったわ! ………………ヤバい。幸せすぎて俺死にそう…」


『うわー。颯が惚気てる。爆発して死ねばいいのに』


「お前が言うなお前が!」


 裕也は俺の妹の楓と付き合っている。それはもうラブラブイチャイチャ年中ピンク色のオーラをまき散らしながら。むしろ爆発して死ねばいいのは裕也だ! このリア充バカップル!

 くっくっく、と裕也が楽しそうに笑っている。絶対俺を揶揄って楽しんでるな。声が明らかに楽しそう。ニヤニヤ笑っているのが簡単に想像できる。


『それにしてもやっとか。両想いになって何年経った? 3年? 長かったなぁ。ヘタレすぎて呆れたわ。んで? 義姉さんは怒らなかったか? いつまでもヘタレてたから』


「………………めっちゃ怒られた。お詫びにキスをたくさんしろって」


『かぁー! お熱いですなぁ。聞いててこっちが恥ずかしくなるぜ』


 言わなければよかった。滅茶苦茶恥ずかしい。でも、誰かに言わないとおかしくなりそう。言いたいけど言いたくない。言いたくないけど言いたい。どうすればいいんだ!


『で、やっとカップル成立か! それとも一足飛びにプロポーズしたか? なあなあ! 何て言って告白したんだ!?』


「………………あっ」


 俺はあることを思い出す。何度も何度も考えるが、記憶にない。言った覚えがないのだ。


『んっ? どうした?』


「………………………………告白してない」


『はっ?』


「………………………………告白してない。どうしよう」


 数秒電話の向こうが無言になった。そして、怒声が耳を貫く。


『馬鹿野郎! 何してんだ!』


「何ってキス」


『そういう事じゃなくて! なんで告白しなかった! 馬鹿か? 馬鹿かお前は? ああ、馬鹿だったなお前は! またヘタレたのか!? このヘタレ野郎!』


「………………キスするので精一杯で、告白のことをすっかり忘れていました」


『馬鹿! アホ! 間抜け! ヘタレ! 筋肉馬鹿! 巨根! ヘタレ!』


「ちょっと待て! 今、変な言葉があったぞ!」


『うるせえ! 今すぐ告白しやがれ!』


「でも、そんな雰囲気じゃないし。というか今、久しぶりに後輩ちゃんは部屋に戻っちゃったし」


『はぁ。このヘタレ乙女! 呆れた。俺はもう知らん! 勝手にしろ!』


「えー。何か教えてくださいよー先輩」


『うわー。キモッ。引くわー』


 ドン引きした裕也の声。余裕がない俺は裕也に縋りつくしかない。他に方法がないのだ。どうすればいいのかわからない。ここは恋愛の先輩である裕也に聞くしかないのだ。


「何でもいいから教えろ!」


『俺と楓ちゃんの惚気話を聞くか?』


「………………マジごめん。それだけは勘弁して。俺、どうかしてたわ。聞きたくない。絶対に聞きたくない」


 俺はどうかしてたな。裕也に縋りつくなんて馬鹿だったな。うん、本当にない。ないわー。よしっ! 切り替えていこう!


「裕也、ありがとな。目が覚めた。まあ、告白はこっちで何とかするよ」


『えっ? ちょっと! もっとキスの感想聞かせて欲しいんだけど!』


「お断りします。じゃあな!」


 ブチ! ツー! ツー! ツー!


 裕也の返事が聞こえる前に電話を切る。再度電話がかかってきたけど即座に切った。一時的に着信拒否にする。そしたら、SNSやメールで通知がきたけど全部無視。面倒くさい相手に電話をしてしまった。俺のミスだな。まあ、電話をして正気に戻れたから良しとするか。

 告白は、まだしない。たぶん後輩ちゃんも今はして欲しくないだろう。何となくそんな気がする。

 だから俺は今できることをする。

 まずは、夕食作りだな。今日はいつもよりも気合を入れて作りますか!

 俺は後輩ちゃんの美味しそうに食べる顔を思い浮かべながら夕食を作っていった。

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