第68話 クラスマッチのご褒美と美緒ちゃん先生 その3

 

 教室で女子たちから頬にキスというご褒美をもらい、後輩ちゃんに首筋を吸われてキスマークをつけられるというご褒美をもらった俺は、靴箱で雨降る外をボーっと眺めていた。


 後輩ちゃんと一緒に帰るために待ち合わせ中だ。何でも、帰る前に女同士のお話しをしてくるらしい。後輩ちゃんのこめかみに青筋が浮かんでいた。


 現在進行形で教室のほうから女子の悲鳴が聞こえるのは絶対に気のせいだ。うん、気のせいに違いない。ガクガクブルブル…。


 帰宅する生徒たちが目の前を通りすぎていく。


 みんな俺を一度見て、首筋にキスマークを発見し、見事な二度見をしてコソコソ噂話をしている。


 素晴らしいほどの二度見だ。見ていて気持ちがいい。


 噂話をしている生徒たちを気にせずボーっとしていると、疲れた様子の桜先生が通りかかって俺に気づいた。



「あれ? 宅島君? 今帰り?」


「はい。後輩ちゃんを待っています。クラスの女子たちとお話があるそうで。それにしても先生、疲れてますね」



 あはは、と桜先生が自嘲気味に笑う。


 化粧で誤魔化しているけど目の下に薄っすらと隈が見える。相当疲れているようだ。



「今、職員会議が終わったところなの。いやー何年たっても慣れないねぇ。それに最近寝ても疲れが取れなくて。おばさんだからねぇ」


「桜先生はおばさんというほどの年齢じゃないと思いますが」


「そう? 宅島君たちから見たらダブルスコアよ! 立派なおばさんだと思うけど」


「美緒お姉さんじゃなかったんですか?」



 俺がニヤリと揶揄ってみたら、桜先生は顔を真っ赤にさせて慌てている。



「そ、それは女子会の時の勢いというか…」


「部屋を掃除した日にも言ってましたよ」


「うぐっ! 忘れてくださ~い!」


「無理です」



 俺が即答すると桜先生は瞳をウルウルとさせている。


 うん、やっぱり桜先生はダメダメな妹って感じがする。揶揄って遊ぶのが楽しい。



「あっ! 先生。これあげます」



 俺はバッグをゴソゴソと探って袋詰めされたクッキーを渡す。


 先生はキョトンとした顔で受け取った。



「これは?」


「クラスメイトのために作ったクッキーです。残ったのであげますね」



 桜先生は受け取ったのはいいものの、ジットリとした瞳で恨みがましく睨みつけてきた。



「こういう時は、お世辞でもいいから『貴女のために作りました。受け取ってください』とかいう所じゃない?」


「いやいや! 言いませんから! 『残り物には福がある』ですよ! ………………あっ、先生が言ったセリフ、先生が持ってた18禁漫画にあった気が…」


「わー! わー! あー! そんなセリフ無いから! そんな漫画もないから!」



 桜先生が顔を真っ赤にして、柔らかくて綺麗な手で俺の口を塞いでくる。


 誤解を生みそうな体勢だ。幸い近くには人がいない。助かった。



「もう! デリカシーがないよ! 弟くん●●●!」


「……弟………くん…?」



 確かに先生は俺のことを弟くんと言ったよな? 絶対言った。


 だって先生は今度は自分の口を押えているから。顔を真っ青にしているし。


 赤かった顔が一瞬で青になった。見ていて驚くくらいの顔色の変化だった。



「あっ……その…こ、これは宅島君みたいな弟が欲しかったなぁというわけではなくてですね、家で妄想してたわけじゃなくて、心の中で弟くんって呼んでるわけでもなくてですね……その、あの、えーっと……」



 わかりやすく動揺して、視線をあちこちに彷徨わせ、しどろもどろになっている桜先生。


 へぇー、俺のような弟が欲しかったのか。妄想してたのか。心の中で弟くんって呼んでたのか。よし! ここはその設定に乗ってあげよう。


 アタフタと可愛らしく慌てている桜先生にニコッと微笑む。



「そんなに慌てなくてもわかってるよ、姉さん●●●


「はぅっ!」



 桜先生が胸を撃ち抜かれたかのように押さえて悶えている。青かった顔が一瞬で火照って、瞳を潤ませている。そして、何とか声を絞り出す。



「も、もう一回言って?」


「そんなに慌てなくてもわかってるよ」


「そ、そうじゃなくて、その後……」


「姉さん」


「はぅっ!」


「お姉ちゃん」


「あぅっ!」


「美緒姉」


「うぅっ!」



 何か楽しい。全てクリティカルヒットしたみたい。


 桜先生が胸を押さえて膝から崩れ落ちた。


 今、周りに誰もいなくてよかったぁ。今見られたら絶対に誤解を受ける。そして、男子から殺されるだろう。



「桜先生、ちょっと揶揄いすぎました。お詫びにクッキーのをもう二袋差し上げます」


「あ、ありがと」



 鼻息荒く頬を上気させた色っぽい桜先生が、立ちあがって俺からクッキーの袋を受け取った。そして、涙目でキッと睨みつけてきた。



「あまり私を揶揄わないで!」


「善処します」


「今回はクッキーをもらったので許します! 宅島君の作った料理は美味しいからね。食べすぎないように気をつけなきゃ!」


「太りますもんね」


「宅島君!?」



 瞳に怒りの炎を燃やして、静かに赤いオーラをまき散らす桜先生。


 桜先生にも体重の話は禁句らしい。怒った先生を初めて見た。まあ、怖くないけど。



「揶揄っただけです。俺の作った料理はちゃんとそこら辺まで考えて作ってるので、余程食べ過ぎない限りは大丈夫ですよ。いろいろ計算して作ってます」


「えっ? そうなの?」



 一気に怒りがしぼんでいく桜先生。クッキーと俺を交互に見ている。


 このクッキーも考えて作っている。豆腐って便利だよね。結構何でも使える。



「だからコンビニ弁当よりも安心ですよ」


「………………今晩お邪魔させてもらうわ」


「わかりました。美味しい料理作って待ってますね」



 俺がニッコリと微笑んだら、顔を真っ赤にした桜先生がキョロキョロと辺りを見渡し、誰もいないことを確認すると、キュッと目を瞑って何やら覚悟を決めた表情になる。そして、一瞬で俺の頬にキスをしてきた。



「なぁっ!?」


「ク、クッキーをくれたお礼と私を揶揄った罰だから! そ、それにその首筋のキスマーク! 出来るだけ隠しなさい! 山田さんとの不純異性交遊を疑われるわよ!」



 今まさに疑われることを先生がしたんですけど。それにキスマークのことは後輩ちゃんだと決めつけられるんですね。当たってますけど。


 それに俺は今日何人にキスされたんだろうか。ざっくり20人近く? 


 ………………考えるの止めよう。世の中の男に殺されそうだ。



「じゃあまた後で!」



 真っ赤な顔でビシッと指さしてきた桜先生が、背を向けて体育館横の体育の先生たちの部屋に戻っていく。


 やられっぱなしが気に食わない俺は、耳まで真っ赤になった桜先生に声をかけた。



「いつでも肩もみくらいはしますからね、姉さん!」



 うっ、と胸を押さえ、一瞬だけ立ち止まった桜先生が一瞬だけ振り向いて、恨みがましく睨みつけると、何やら口パクして何事もなかったかのように歩き去っていった。


 俺は一人残されて土砂降りの雨を眺める。



「『ありがと、弟くん』か。やっぱり先生は俺の中では姉じゃなくて妹なんだよなぁ」


「何が妹なんですか?」



 俺の真横から可愛らしい声が聞こえた。気配もなく立っていたのは後輩ちゃん。


 ニコニコ笑顔だが、何故かそれが恐ろしい。



「後輩ちゃん!? いつからそこに!?」


「今ですけど」



 そう言った後輩ちゃんは、クンクンと俺の周囲の匂いを嗅いでいる。



「クンクン……女の匂い……この香りは…美緒ちゃん先生? クンクン……口の周りに匂いが強いですね」



 後輩ちゃんは犬か! なぜそこまで詳細にわかるんだ!


 汗が背中を伝って落ちていく。


 ニコッと笑った後輩ちゃん。誰もが見惚れるほど美しい笑顔だが、目は一切笑っていない。冷たく鋭い。俺の身体が恐怖で震え始める。



「先輩? 家に帰ったらたくさんマーキングをしてあげます! 覚悟してください!」


「イエスマム!」



 俺が敬礼すると後輩ちゃんが俺の腕をとって歩き出す。そして、振り向いたときの後輩ちゃんの顔は、いつも通りのドキッとするほど可愛らしい笑顔だった。



「では、早く相合傘で帰りましょうか!」


「了解」



 俺と後輩ちゃんは靴を履き替えて一緒に雨の中を歩き出す。腕を組んで相合傘をしながら、チラリとお隣の嬉しそうな後輩ちゃんに視線を向けた。



『あぁ、俺は後輩ちゃんには一生逆らえないんだろうなぁ』



 土砂降りの雨の中、ふと俺はそんなことを思った。















<おまけ>


「先輩? 今日は沢山の女の子にキスされましたね? ご感想は?」


「えっ……?」


「ご感想は?」


「えっと………」


「ご感想は?」


「あっ………」


「ご感想は?」


「うっ……」


「ご感想は?」


「………」


「ご感想は?」


 マジで勘弁してください!

 俺は顔に笑顔を貼り付けた後輩ちゃんに全力で土下座した。

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