第67話 クラスマッチのご褒美と後輩ちゃん その2

 

 女子たちにクッキーを渡すたび、ホストのような気障なセリフを耳元で囁くということを強要された俺は、精神的な疲れを癒すために後輩ちゃんの頭を撫でていた。


 本人は怒っていますアピールをしている後輩ちゃんだが、ポワポワと幸せオーラをまき散らし、ニコニコ笑顔で俺はとても癒される。



「もう! こんなので私の機嫌が治まると思わないでください! えへへ!」


「わかった。じゃあもっと可愛がらないとな」


「そうです! もっと私を可愛がるのです!」



 後輩ちゃんが偉そうに胸を張って断言する。こんな後輩ちゃんも可愛い。


 もっと可愛がるか。いや、ここはまだ学校だ。家に帰ったらしよう。



「うわー。甘ったるい。グラブジャムンより甘いわー」


「んぐっ! ヤバい。口の中が甘すぎてジュースの味がわかない」


「私は一週間くらい甘いもの食べたくないかも。胸焼けしてきた」


「じゃあクッキーもーらいっ!」


「ちょっと返して!」



 女子たちが胸を押さえてムカムカしたかのように気分が悪そうだ。でも、瞳には羨望の色が見える。後輩ちゃんのことが羨ましそう。



「羨ましいなぁ…でも、私は颯に耳元でかっこよく囁かれて大満足!」


「だねー。颯くんに耳元で囁くだけでも良かったのに、頭を撫でてくれるなんて! ちょっと抱きつくこともできたし! よく葉月ちゃんが許可したねぇ。私たちに宣戦布告するくらい颯くんのこと大好きなのに………………あれ? ちょっと待って? 私たちに許可したのはいいけれど、やっぱり不機嫌になった葉月ちゃんのことを颯くんが慰める。真面目な颯くんなら罪悪感もあるだろうからいつも以上に可愛がるよね………………ま、まさかっ!? このことが計算済みっ!?」



 驚愕したまなざしで後輩ちゃんのことを見つめる女子たち。後輩ちゃんのことを畏怖している。それに対して、後輩ちゃんは、ふふん、と得意げに胸を張った。


 はいはい。頭は撫で続けるのね。わかりました。なでなでなでなで。



「全て計算済みです! みんなの頭を撫でた日の後はたっぷりと可愛がってくれるのです! 今もみんなの前なのに私のことを可愛がってくれるでしょう? みんな! ありがと!」



 輝く笑顔で女子たちに微笑みかける後輩ちゃん。何か大人の女性の余裕というか貫録を感じる。


 絶対母親たちが関わっているな。後輩ちゃんに変なことを教え込まないでくれ。まあ、ドキッとするほど色気があるけど!


 ほら、男子がノックアウトされた。



「くっ! 私たちは当て馬ってことだね。やられた!」


「この悪女め!」


「オーホッホッホ! 何とでも言ってくださいな! 先輩を振り向かせるには手段を選んでいられないの!」



 高笑いする後輩ちゃん。キャラがブレている。本当に悪女みたい。



「「「「「振り向くどころか、あんたをガン見してるだろ! 全く視線を逸らすことなく!」」」」」



 女子たちの突っ込みが入る。


 だよねぇ。心配しなくても俺は後輩ちゃんしか見てないんだけど。


 俺はまだ高笑いを続ける後輩ちゃんの頭にチョップする。あうっ、と可愛らしい声を上げて涙目で抗議してくる。



「何するんですか!? 折角滅多に出来ない高笑いを楽しんでいたのに! こういうシチュエーションの時しかできないじゃないですか!」


「遊ぶな」


「高笑いは遊んでいましたが、私だって必死なんですから! これは女の戦争です! 先輩にはすぐに女が群がるので、全て蹴散らさないといけないのです!」



 がるるるる、と女子たちが睨みつける後輩ちゃん。後輩ちゃんや女子たちの間にバチバチと火花が散っている気がする。


 怖っ! 女の戦い怖っ! 冷や汗が止まらない。



「そっかぁ。葉月ちゃんの言う通り、これは戦争だよね。勝てる確率0%だけど」



 一人の女子が女子の輪から抜け出して俺の近くに寄ってきた。がるるるる、と後輩ちゃんが威嚇する中、身体が触れるくらいの距離で立ち止まると、いきなり俺の頬にキスしてきた。



「なぁっ!?」


「せ、せせせせせせせせせせせせ先輩に何を!?」


「んっ? クラスマッチのご褒美。私たちからもご褒美をするって言ってたでしょ? クッキーのお礼も兼ねてほっぺにキスしてみました。欧米では挨拶だよ。私、帰国子女だし」



 ペロッと舌を出して可愛くウィンクしてくる。


 俺は混乱して頭が働かないし、後輩ちゃんは口をパクパクさせている。



「みんな! 当て馬にされた仕返しをしよう! これは挨拶だし、颯くんのご褒美にはちょうどいいと思わない? 葉月ちゃんは私が押さえておくから、みんなどんどんやっちゃって! ただし! 唇は絶対なしね! それは絶対に厳守すること! 私、葉月ちゃんに殺されたくないから…」



 固まっている後輩ちゃんを押さえながら、頬にキスしてきた女子が顔を真っ青にしている。誰か俺の唇にキスして来たら……後輩ちゃんは本当に包丁を手にしそうだな。


 現実逃避していたら、パパっと俺の頬にキスした最初の数人が俺の身体を押さえつけて動けなくする。そして、あっという間に俺は女子全員から頬にキスされた。


 男としては嬉しい状況だが、後輩ちゃんから冷たい殺気を感じる。


 やばい。俺殺されそう。


 俺と後輩ちゃんを拘束していた女子たちがスッと離れて女子たちの輪に戻る。


 残されたのは絶望する俺と、涙目で瞳に怒りの炎を燃やしている後輩ちゃん。


 後は修羅場を期待した輝く笑顔の女子たちだけ。男子はさっき後輩ちゃんにノックアウトされたまま倒れている。


 冷たい怒りに燃えた後輩ちゃんが女子たちを睨みつける。



「へぇ……みんな私の先輩に手を出すとは良い度胸じゃない。今日のところは許してあげましょう。クラスマッチの優勝で浮かれてたってことにしといてあげる……ただし! もう容赦しないから! 全身全霊で叩き潰す! 覚悟しなさい!」


「あーはいはい。あたしたちとしては二人の仲を取り持ったつもりだぞ、お姉さま! さっさとくっつけバカップル! いつも付き合ってないのにイチャイチャしやがって! まだ唇にキスしたこともないんだろ? こうでもしないとヘタレの二人は進展しないだろうが!」



 女子たちは俺たちの仲がなかなか進展しないから、後輩ちゃんを煽って、無理やりこういう状況を作り出したらしい。


 まあ、そうだよな。普通は後輩ちゃんに立ち向かおうだなんて考えないよな。


 それにしても女子の皆さん? 多少の好意は感じておりましたが、俺と後輩ちゃんのために身を削りすぎじゃない? 明らかに今ここで俺と後輩ちゃんのキスを待ち望んだ顔をしているけど、もうちょっと自分たちの身体を大切にしてほしいんですが!



「ちょっと! ヘタレは先輩だけだよ! 私はヘタレの先輩を待ってるの!」



 女子に反論する後輩ちゃん。


 俺の心にグサッと突き刺さる。ヘタレで申し訳ありませんでした!



「わかったわかった。さっさとキスしろ! 何のためにみんなで相談してこういう状況を作り出したと思ってる!」


「あはは。まあ、ウチらもいろいろな思惑があったけどねー。目の前で二人のキスを見てみたいとか、颯くんにキスしたいとか! というわけで、私たちは颯くんにご褒美としてほっぺにチューしたよ? 葉月ちゃんは颯くんにご褒美として唇にキスするしかないよね? ぐへへ…特等席で見させて?」



 涎を垂らしそうな女子たち。それほど俺たちのイチャイチャが見たいのか?


 女子たちは俺と後輩ちゃんが逃げられないような状況を作り出した。このためだけにいろいろと策を張り巡らせたに違いない。やりすぎだろみんな……。


『キース! キース! キース!』って囃し立てるな!



「はぁ。最近なーんかおかしいと思ったらこういう事なのか……。まあ、私も先輩にご褒美をあげるつもりだったし丁度いいかな。先輩! 動かないでください!」


「えっ?」



 俺が考え込んでいたら、覚悟を決めた後輩ちゃんが顔を近づけてくる。


 女子たちが目を輝かせて、ゴクリと喉を鳴らした。


 えっ? 本当に? 本当にここでキスするの?


 後輩ちゃんの吐息が顔にかかり、唇と唇が触れ合う――――――――直前で方向を変えた。



「カプッ!」


「「「「「まさかの首筋っ!?」」」」」


「チュウ~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


「「「「「吸ったぁ!?」」」」」



 今まで可愛い小悪魔だった後輩ちゃんは、今度は可愛い吸血鬼になったそうです。


 俺の首筋に思いっきり吸い付いている。ちょっと痛い。



「ぷはっ! よしっ! これでよし! 私から先輩へのご褒美はこのキスマークです!」


「何がいいんですかね、葉月さん? キスマークって数日しても消えないよね? これって内出血なんだよ?」


「ふっふっふ! 私たちには私たちのペースがあるのです! なんでわざわざキスを見せつけないといけないのですか! それにキスマークを付けることで牽制にもなります! 数日我慢してください! 今度からキスマークを付けるときは真っ赤な口紅をつけてすることにします! ………………ってあれ? なんでみんな嬉しそうなの? 『これはこれであり』っていう顔止めてくれない?」


「ぐふふふ……だってこれはこれでありなんだもん。首筋にキスマーク……これは予想してなかった」


「良いもの見ました! ありがたやーありがたやー!」


「二人とも! 動画や写真撮ったけどいる?」


「いる! 私に送ってからみんな消去して!」



 嫌、と悪戯っぽい笑顔で拒否する女子たち。


 その女子たちに向かって青筋を浮かべた後輩ちゃんが飛び掛かっていった。


 きゃー、と悲鳴を上げて逃げ惑う女子たち。こらー、と怒りながら追いかける後輩ちゃん。


 みんな狭い教室の机を器用に避けながら追いかけっこを始めた。みんな楽しそう。


 女子たちは後輩ちゃんを揶揄って遊んでるのか。ウチのクラスの女子たちは仲が良いなぁ。


 という現実逃避をして、容赦なく踏まれていく哀れな男子たちには気づかないふりをする。一切気にせず女子たちは床に倒れている男子たちを踏みつけている。


 哀れな……。


 うわーんみんなが虐める、と泣きついてきた後輩ちゃんの頭を撫でて慰めながら、俺はちょっと覚悟を決める。全く考えていなかったご褒美を決めた。


 家に帰ったら後輩ちゃんにアレをするか。頑張ろう。


 後輩ちゃんが喜んでくれるといいなぁ。



 女子の皆さん? ヒューヒューって囃し立てるの止めてください!

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