第66話 クラスマッチのご褒美と後輩ちゃん その1

 

「男子と女子のクラスマッチ優勝にカンパーイ!」


「「「「「カンパーイ!」」」」」



 ジュースの入った紙コップで乾杯した。全員が嬉しそう。俺もオレンジジュースで乾杯する。


 まさか男女ともに優勝するとは思わなかった。クラスメイト達はご褒美に釣られて盛り上がっていたが、最後の最後まで圧勝するとは思わなかった。


 ウチのクラスは全戦全勝。他のクラスを完膚なきまでに叩き潰した。


 特に女子が怖かった。ラッキースケベの後、何故か異様な雰囲気で、怒気や羨望や嫉妬やその他いろいろの感情を身に纏って荒れ狂うウチのクラスの女子たちは目が血走っていた。背筋が凍るほど怖かった。


 後輩ちゃんは一人だけ頬が緩んで幸せオーラ全開だったけど。


 今は全員が笑顔でジュースを飲んでいる。



「いやーまさかウチら優勝するとは思わなかったなぁ。運動部少ないのに」


「だよねー! どっかの誰かさんたちがまき散らすラブラブオーラで悶々としていた私たちの良いストレス発散になったんじゃない?」


「「「「なった!」」」」



 声を合わせて頷いているスッキリとした表情の女子たち。


 何か申し訳ない。そして、何故か後輩ちゃんの目がキラキラしている。



「誰かさんたちって誰のこと? はっ!? ま、まさかっ!? 私の知らないところで誰か付き合ってるの!? 誰!? 誰誰!? 私に教えて!?」


「「「「あんただあんた!」」」」



 女子たち全員に怒鳴られた後輩ちゃん。訳がわからずキョトンとして首をかしげている。


 それに気づいた女子たちから「無自覚かぁ」と盛大なため息が出た。


 うん、何か申し訳ない。後輩ちゃんってこんな子なの。



「無自覚な葉月のことは置いといて、そこで自覚している颯くーん! ご褒美ちょーだい! 私たち頑張りました!」



 キラキラ輝く瞳で見つめてくる女子たち。


 くっ! 上目遣いだとっ!? それに全員が手を合わせておねだりポーズ。女の武器を使いこなしている!


 もしかして、みんなで練習した?



「わ、わかってる。ご褒美を用意したからちょっと待って」


「男子の分もありますからねー!」



 後輩ちゃんの付け加えに、そわそわしていた男子から大歓声が上がる。


 涙を流している男子もいるな。ちょっと引く。


 俺と後輩ちゃんは紙袋を持って教室の前でクッキーの入った袋を渡す準備を始める。



「これは俺が作ったクッキーです。後輩ちゃんには袋詰めだけ手伝ってもらったので、安心してください。食べられます。病院送りにはなりません。あの世にも行きません」


「ちょっと先輩! 私に失礼です!」



 お隣の後輩ちゃんが可愛らしく抗議してきたけど俺は無視する。


 痛い。足を踏まれた。



「女子のは全て俺が、男子のは全て後輩ちゃんが一つ一つ手作業で準備しました。全員分あるので並んでくださーい!」



 女子は行儀よく争わないでスッと一列に並んだけれど、男子たちは酷い。我先にと揉み合いになり、怒号が飛んでいる。「山田さんの素手で袋詰めされたクッキー」という言葉が飛び交っているな。


 残念。後輩ちゃんには手袋をつけてもらいました。



「出席番号順に並んでください。じゃないとあげません」



 不機嫌そうに引きつった笑顔で放たれた冷たい言葉に、男子たちが固まり、スッと大人しく出席番号順に並んだ。


 後輩ちゃんが貼り付けた余所行きの笑顔で微笑みながらクッキーを渡し始める。手は一切触れさせない。


 クッキーを貰った男子たちは涙を流しながら、何度も何度もお礼を言って席に戻る。ちょっと引く。


 おっと! お嬢様方が急かしてくる。俺も渡し始めるか。



「はい。頑張ったね。お疲れ様」



 クッキーを手渡すと、俺の手ごと綺麗で細い手に包まれる。そして、顔を真っ赤にしながら女子が言った。



「あ、ありがとう。でも、もうちょっとご褒美が欲しいなぁ。優勝したし」



 えっ? 俺に何をさせるつもり?



「『頑張ったね。お疲れ様』っていうさっきのセリフを耳元で囁かれたいなぁ」



 おっと。俺の隣にいる後輩ちゃんから冷たい冷気が放たれた。身体の芯まで凍えそう。


 振り向くと、完璧な笑顔で微笑んでいる後輩ちゃんがいた。非の打ち所がない可愛い笑顔なのに恐怖がこみ上げてくる。ガクガクブルブル。



「葉月おねがーい♪」



 後輩ちゃんの笑顔に恐れもしない女子全員による後輩ちゃんへのおねだりポーズ。後輩ちゃんは、はぁ、と息を吐き、冷気を霧散させた。



「今回だけですよ。それに頭なでなでも許してあげます」



 きゃーっと大歓声が上がる女子たち。興奮で頬が赤い。



「「「「お姉さま! ありがとうございます!」」」」


「私はお姉さまじゃない! はぁ…先輩。家に帰ったらたっぷりと私を甘やかしてください。私が満足するまで」



 ムスッとしている後輩ちゃんの耳元に口を寄せて囁いた。



「かしこまりました、俺のお姫様」



 顔を真っ赤にした後輩ちゃんにビシバシ叩かれたけど、恥ずかしそうな後輩ちゃんはとても可愛かったです。


 ………………女子の皆さん? ”また二人でイチャイチャやってるよ”みたいなまなざしで見つめないでくれるかな?


 コホンと咳払いして俺は女子の要望に応える。


 クッキーを手渡すときにさりげなく手を握られ、女子の頭を撫でながら耳元で『頑張ったね。お疲れ様』と囁く。


 ボーっと顔を上気させたり、軽く抱きしめられたり、匂いを嗅がれたけど全員喜んでくれたみたい。女子たちは席に戻った後も夢見心地で顔が蕩けていた。


 満足してくれたなら何より。でも、もう二度としたくない。恥ずかしいし、後輩ちゃんは頬を膨らませて怒っていたから。


 怒っている後輩ちゃんの頭をなでなでする。



「もう! こんなので誤魔化されませんからね!」



 そう言う後輩ちゃんの顔はとても嬉しそうだ。口元が緩んでいる。



「先輩! 家に帰ったら容赦しません! 覚悟しておいてください!」



 幸せそうに顔を蕩けさせながら、口では力強く宣言するという器用な芸当をする後輩ちゃん。


 俺はそんな後輩ちゃんが可愛くて、クラスメイト全員の前でずっと頭を撫で続けていた。





「「「「「リア充爆発しろ!」」」」」



 えっ? なんのことー?(棒読み口調)

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