第64話 クラスマッチと後輩ちゃん

 

 クラスマッチ当日。今日は授業がない日だ。


 やったーと叫びたいところだが、叫び声をあげたら不審者と思われるから叫ばない。


 朝から体育服に着替えて教室の席に座る。お隣に座る体育服姿の後輩ちゃんが楽しそうに話しかけてきた。



「先輩先輩! 今日は頑張りましょうね! ご褒美を期待してます!」


「俺も期待してる」


「ふふふ。何がいいですか?」


「後輩ちゃんのお任せで」


「了解です! では、私も先輩のお任せで!」



 はぁ…どうしよう。後輩ちゃんのご褒美を決めてないんだよなぁ。まあ、何とかするか。


 後輩ちゃんがニコッと笑った。



「頑張りましょうね! ドッジボール●●●●●●!」



 そう。クラスマッチはサッカーかバスケットボールの予定だった。しかし、外は大雨。大雨警報が出るくらいの土砂降りだ。


 ということで、俺たち一年生のクラスマッチは、室内で行われるドッチボールとなったのだ。


 クラスマッチが始まった。体育館で体育委員が開会式を行ってドッチボールが始まる。体育館だけでは場所が足りないから少し小さい第二体育館も利用する。


 俺たちのクラスの男女はともに体育館で行われるようだ。


 俺は出番までボーっと観戦する。


 おっ! クラスの女子が試合を行っている。観戦する男子が大盛り上がり。目当ては後輩ちゃんか。


 後輩ちゃんがボールを投げた。よしっ! 一人当った! ……あっ、反撃をした相手チームのボールが避けた後輩ちゃんのお尻にポヨンと当たっちゃった。


 観戦している男子は大盛り上がり。後輩ちゃんは残念そう。


 後輩ちゃんは当たってしまったけど、外野で活躍していた。


 異様な盛り上がりを見せるウチのクラスの女子たちが圧倒的な勝利を飾った。


 俺に気づいた後輩ちゃんが手を振ってくる。周りの女子も手を振ってくれた。俺も手を振り返す。


 おっと! 周りの男子の視線が痛い。他クラスの男子たちの殺意はきついからなぁ。


 逃げようとしたところで、俺たち男子の試合になった。大勢いる男子の中に紛れ込む。



「山田さんのご褒美山田さんのご褒美山田さんのご褒美……」



 クラスの男子たちが呟いている。


 うわこわっ! そんなに後輩ちゃんのご褒美が欲しいのか? ………俺も欲しいな。



「せんぱーい! 頑張ってくださーい!」


「颯頑張れー! ご褒美期待しててねー!」


「颯くーん! きゃー!」



 後輩ちゃんや女子たちの応援がすごい。


 嬉しいけど、嬉しいんだけど胃が痛い。同じチームの男子まで敵に回りそうだ。相手チームは本当に俺を殺しそう。指をボキボキ鳴らしてるし。肩を回して温めている運動部もいる。


 殺気溢れる試合が始まった。



「死ねっ!」



 剛速球が俺に迫る。投げたのは確か野球部の投手。当たりどころが悪ければ指を骨折するであろうボールが襲ってくる。


 俺は軽くかわす。だけど、相手の外野が剛速球をキャッチし、再び俺を狙ってくる。あいつは確かハンドボール部。



「殺す!」



 やれやれ面倒くさいな。


 ドゴンという鈍い音がして俺はボールを受け止める。


 きゃーっと巻き起こる黄色い歓声。



「きゃー! 先輩かっこいいー!」



 痛いけど、後輩ちゃんが応援しているから我慢する。相手のチームは悔しそうだ。


 俺は同じチームなのに悔し涙を流す隣の男子にボールを渡した。


 訳がわからず受け取る男子。同じ表情の男子たちに告げる。



「俺ができるだけボールを取る。みんなに渡すから相手を倒せ。女子にアピールするチャンスだぞ!」



 男子たちの目の色が変わる。黄色い歓声を上げている女子をチラリと見て、体中がやる気に満ち溢れる。良い顔つきだ。



「任せろ女誑し! 野郎ども! いくぞ!」


「「「「おう!」」」」



 勢いよく相手を当てていく俺のクラスの男子たち。


 俺は取る専門。だって狙われるから。それに剛速球を受け止めるのは物凄く痛い。それに疲れるし目立つから投げたくない。


 他の男子にやる気を出させたので、俺たちのチームは瞬く間に相手チームを倒した。ウチのクラスの女子の黄色い歓声。男子たちは得意げだ。


 そして女子が集まる…………俺の周りに。


 うん、ごめん。なんかごめん。謝るから俺を殺そうとしないでくれる? 最近ちらほらと犯行計画が聞こえてきてるから。



「先輩! かっこよかったですよ! あんな速いボールをキャッチできるなんてすごいです!」



 後輩ちゃんが頬を赤くしてキラキラした瞳で見つめてくる。他の女子たちも、うんうん、と頷いている。


 嬉しいけど、男子たちの舌打ちがすごい。



「ほ、ほら! 俺はキャッチしただけで、他の男子が頑張ってくれたから勝ったんだよ? 俺だけじゃなくて他の男子も労ってあげたら?」



 男子たちの舌打ちが止まり、得意げにアピールし始める。


 女子たちの反応は………無表情で冷たい。



「あーはいはい。がんばったねー」


「すごーい」


「次もがんばれー」



 驚くほどの棒読み口調。女子の俺と他の男子に対する差が激しすぎる!


 男子たちは女子の棒読み口調を聞いて落ち込むかと思いきや、とても嬉しそうだ。棒読み口調でも褒められたことが嬉しいらしい。もしかしたら棒読み口調と気づかないほど馬鹿なのかもしれないが。………男子は馬鹿だったな。


 他の男子には棒読み口調ですら褒めなかった後輩ちゃんが、嬉しそうに俺の頭を撫でてくる。



「先輩が頑張っていたので撫でてあげます! なでなで~」


「では俺も。後輩ちゃんが頑張っていたから撫でてあげます。なでなで~」



 俺と後輩ちゃんはお互いの頭をなでなでする。後輩ちゃんは頭を撫でられて嬉しそうだ。


 周囲の大勢の人間からの物凄い視線が突き刺さる俺と後輩ちゃん。


 男子たちは血の涙を流しながら殺意と嫉妬を俺に向け、女子たちは羨望の眼差しを後輩ちゃんに向けている。特に女子は子犬や子猫を連想させる。


 俺は、はぁ、とため息をついた。後輩ちゃんに視線を向けると、しょうがないですね、と言っている。


 後輩ちゃんのお許しが出たので、俺は左手でクイクイっと女子たちに合図した。


 彼女たちは目を輝かせて一列に並ぶ。俺は右手で後輩ちゃん、左手で他の女子の頭を撫でた。何やら時間が決められているようで、女子たちは大人しく順番を交代していく。


 他のクラスの女子や数人の男子も混ざっていた気がするんだけど、気のせいだろうか? 少なくとも男子は気のせいではない。


 次の試合が始まるまで、俺はずっと後輩ちゃんと女子たちの頭を撫で続けていた。

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