第58話 温かい食事と美緒ちゃん先生
下の階の桜先生の掃除を始めて午前中が瞬く間に過ぎていった。
洋服を床から拾い上げ、洗濯籠にぶち込む。俺の家や後輩ちゃんの家の洗濯機も使い、フル稼働させ、全て洗っていく。
その間に床のゴミを分別してゴミ袋にぶち込む。全てゴミを片付けたら床を拭いたりして綺麗にする。後はシンクの食器を洗った。
緑色の物体はカビか苔か判断がつかなかった。何かスライムみたいにプルプルしてたし。謎の物体Xということにした。
これで午前中は終わった。とても頑張ったと思う。魔界が半分浄化された。
俺にはまだ仕事がある。シャワーを浴びて埃を落とした後、簡単な昼食を作る。今日はおにぎりとお味噌汁だ。俺と後輩ちゃんと桜先生の三人分。
「ご飯ができたよ」
「はーい!」
後輩ちゃんが元気よく返事をして、読んでいた漫画を放置して駆け寄ってくる
桜先生も自分の家のようにリラックスしているな。やはり読んでいた本を放置してテーブルにつく。
二人がいたリビングは大量の漫画や本が放置されている。…………ご飯を食べ終わったら片付けよう。
「ごめんね。私の分まで」
「気にしないでください。料理できないんでしょ?」
「うぐっ! お姉さんの心に容赦なく突きささる」
桜先生がその豊満な胸を押さえる仕草をした。胸がぽよんと跳ねる。
俺は視線を逸らした。
三人そろったので手を合わせて食べ始めた。
後輩ちゃんの目が輝く。幸せそうだ。
本当に後輩ちゃんは美味しそうに食べてくれるから作った甲斐がある。それに対して、桜先生はお味噌汁を一口飲んで固まっている。
顔の前で手を振ってみるが反応はない。
「先生? 桜先生?」
「………うぅ………うぅっ………ぐすっ」
「先生! なんで泣いているんですか!?」
固まっていた桜先生の瞳から涙が溢れ出す。すぐに嗚咽を漏らしながら泣き始める。
「うっ………だって……久しぶりの手料理なんだもん………ぐすっ……美味しい……温かいよ……ぐすっ」
久しぶりの手料理が美味しかったようだ。
そう言えば、桜先生はコンビニ弁当で食事を済ませているらしい。先生も三十歳だ。何年もこうして食べることはなかったのだろう?
俺と後輩ちゃんは何とも言えない空気になり、一緒に桜先生の頭を撫でて慰め始めた。
「ぐすっ………二人ともありがと。ごめんね。みっともない姿見せちゃって。先生なのに」
「気にしないでください、美緒ちゃん先生! 泣きたいときに泣けばいいんです!」
「食べないと冷えちゃいますよ」
「そうだよね。よし! たくさん食べるぞ!」
元気になった桜先生がご飯を食べ始めた。美味しそうに食べてくれる。作った甲斐があった。
簡単なものだったけど、あっという間になくなってしまった。
二人は満腹になるまで食べたそうです。とても幸せそうだけど、体重とか気にしないのか? まあ、黙っておこう。おにぎりとお味噌汁だったし大丈夫か。
「美味しかったぁ! 手料理を食べたのは何年ぶりだろう?」
「美緒ちゃん先生、そんなに長い間食べてなかったんですか?」
「うん。大学生の時からずっと一人暮らしだったからね」
「実家に帰ったりはしなかったんですか?」
「実家かぁ……実は大学生の時に両親が事故で死んじゃったんだよね。祖父母もいないし兄弟もいない。私一人なの」
桜先生が寂しそうに言った。いつもは明るく元気な先生なのに、こんなに寂しそうな先生は初めて見た。
地雷を踏んでしまった後輩ちゃんがオロオロする。ウルウルとした目で俺に助けを求めてくる。
しょうがない。後輩ちゃんのために頑張りますか。
「先生。ここに俺たちと先生が住んでいる限り一人じゃないですからね。定期的に掃除に行きますし、なんならここでご飯を食べて行ってください。食費は出してもらいますけどね」
「えっ!? いいの!? 私邪魔じゃない?」
桜先生の顔が輝く。そして、最後の言葉は後輩ちゃんに問いかけた。
後輩ちゃんも目を輝かせている。
「大丈夫です! 大歓迎ですよ! それに私たちは夜にイチャイチャしますので!」
「ふぇえっ!?」
桜先生の顔が真っ赤になる。俺と後輩ちゃんの顔を行ったり来たりする。
男性経験皆無の先生の顔から湯気が出ている。
意外と初心なのか? 体育の先生なのに? 保健の授業もするのに?
俺は無表情で後輩ちゃんの頭にチョップを落とした。
「こらっ!」
「あうっ!」
「後輩ちゃんの言うことは気にしなくていいので」
「わ、わかったわ。二人がイチャイチャする前に帰るから」
何かあんまりわかっていない気がするんだけど。まあ、いいか。
先生と後輩ちゃんが仲良く喋り出したので、俺はお皿を洗ったり、読み捨てられた本を片付けたりして、再び掃除に戻ることにする。
何かダメダメな妹が増えたような感じだ。年上の大人のお姉さんなのに。
こうして、俺の家に出入りする人物が一人増えた。
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