第57話 魔界の住人の美緒ちゃん先生
俺と後輩ちゃんは同じアパートの103号室の前にいた。
必要な物は全て持ってきた。戦闘準備は整っている。
顔を見合わせ、ごくりと喉を鳴らす。
覚悟を決めてインターホンのチャイムを押した。
ピンポーン!
部屋の中からドタバタと足音が聞こえた。そして、ゆっくりと玄関のドアが開かれる。
それと同時に溢れ出す黒と紫色の瘴気。ドアを開けるたびに濃ゆくなっていく。
俺は顔をひきつらせた。
瘴気と共に出迎えてくれたのは赤いジャージ姿の巨乳美人。桜美緒先生だ。今日はメガネをかけている。化粧もしていないようだ。
すっぴんでもとても綺麗だ。むしろ、しないほうが可愛らしいかもしれない。
「おはよう! 宅島君と山田さん! ようこそ! 上がってゆっくりして………というのは無理か。今日はお願いします」
桜先生がニッコリと微笑んだ。
昨日女子会があって、桜先生が同じアパートだと発覚した俺たちは、今日先生の部屋を掃除することになったのだ。
いざ来てみたが、予想以上かもしれない。瘴気がすごいことになっている。
「取り敢えず、中を一度見させていただきます」
「どうぞどうぞ!」
「お邪魔しまーす! おぉ! この感じ、懐かしいです!」
後輩ちゃん。懐かしいって……まあ、懐かしいけど。
部屋の中に入ると、足の踏み場もない。服や雑誌や食べ物の袋やペットボトルなどなどが散乱している。ゴミ箱も溢れてゴミ捨てもしていないらしい。シンクにはお皿やコップが積み重なっていて、何やら緑色になっている。これはカビか? それとも苔?
寝室も同じ状態。こっちは洋服や下着が中心だ。タンスの引き出しも開け放たれ、中にはほとんど入っていない。タンスに入っていたであろう洋服は全て床に散らばっているのだ。
トイレやお風呂は………先生の名誉のために黙っておこう。一番マシだったとは言っておく。
アパートの部屋中にどんよりとした空気が漂い、とても暗い。黒と紫の瘴気が漂っている。
ここは現実の世界じゃない。ここは魔界だ。人間が住んではいけない魔の世界だ。
「うぅ……恥ずかしい。生徒にこの汚部屋を見られた……」
「大丈夫です美緒ちゃん先生! 私の実家の部屋も少し前までこんな感じでしたから! とても懐かしいです!」
「後輩ちゃん? それは俺が掃除したから綺麗になったんだからね?」
「感謝してますよ先輩! 両親でさえ匙を投げたと言うのに!」
後輩ちゃんは笑顔だ。反省している様子はない。
まあ、反省しても後輩ちゃんは片付けることは出来ないけど。
桜先生が期待で目を輝かせている。
「先生? 引っ越してきてからまだ三カ月でしたよね?」
「そうね。四月に入居して今は七月だから三か月かな」
「三カ月でこれですか」
三カ月で魔界が出来上がるのか。恐ろしい。
「普通にこれくらいなりますよね? 一カ月でなりますよ」
「うん! なるよね!」
おいそこの家事能力皆無の女子二人! 意気投合して手を握り合うな!
「ちょっと酷いので丸一日かかりそうですね」
「えっ? 逆に一日で綺麗になるの!?」
「なりますよ。聞いておきますが、下着なども散乱しています。どうしますか? 先生が自分で集めますか?」
床に散乱する服の間から、大人っぽい下着がちらほら確認できる。下着のサイズが後輩ちゃんよりも明らかに大きい。上も下も。Tバック的な下着も見えるんだけど。
桜先生が顔を赤らめ、もじもじとしている。やはり異性で生徒である俺に下着を見られるのはとても恥ずかしいのだろう。
「その、集めようとはしたんだけどね。無理だったの。全部お願いしようかなぁって。お駄賃として見ていいし、そ、その、す、少しくらいエッチなことに使ってもいいから!」
「あー、はいはい」
「えっ!? 何その棒読み口調!」
「美緒ちゃん先生……先輩はこんな人ですよ。誠実というか真面目というか頑固というか…ちゃんと性欲は持っているんですけど、理性が物凄いんですよ」
「山田さんも苦労してるのね……」
「………そうなんです」
そして二人は俺をチラリと見て、同時にため息をついた。
えっ? なにっ? なんでため息つかれてるの? 俺、悪いことしてないよね? 先生の下着でエロいことしたらそれこそ悪いことだよね? 俺は間違ってないのに!
「と、取り敢えず、掃除を始めますから! 洗濯してあるものはわかりますか?」
「わかんない!」
「はい?」
「だからわかんない!」
自棄になって述べる桜先生。恥ずかしそうに顔を背け、少し大きな声だった。
俺は全てを洗濯することに決めた。そして、普段の先生の生活を想像しようとして止めた。
あの超絶人気の先生が下着を使い回しているのかもしれないということを考えたくなかった。
「では、すべて洗濯しますね」
「あの、私にできることある? 何でもするよ!」
桜先生がジャージの腕をまくってやる気に満ち溢れている。
今日は掃除をするためにジャージを着ているのだろう。やる気満々なのはいいことだ。
俺はにっこりと笑ってお願いする。
「先生に願いしたいことがあったんです」
「なになに!」
「俺の部屋で後輩ちゃんと大人しくしててくださいね。後輩ちゃんの部屋でもいいですが」
「あ、あれっ? もしかして、戦力外通告?」
「もしかしなくても戦力外通告です! 後輩ちゃん! 桜先生を連れ出して!」
「Yes,sir! さあ美緒ちゃん先生行きましょう!」
「え、えぇ~!」
後輩ちゃんに腕を掴まれ引きずられていく美緒ちゃん先生。すぐにこの部屋から二人の姿が見えなくなった。
俺は一人でゴミ屋敷に取り残される。
静かになった部屋で俺は腕まくりをする。
これは気合を入れて掃除をしないと今日中には終わらない。
覚悟を決めて頑張りますか!
「よしっ! やるぞ!」
俺は早速この瘴気溢れる魔界の浄化を始めた。
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